村に行く事もなく街へと向かうことになってしまった。
いいのかなと思ったけど、そもそも帰っていないのだから心配されていないのか。
いや、この考えは帰ってからもっと怒られる前振りだなと思ったけど、クトラとタレアが止まるはずもなく、流れに任せるしかない。
つまりはいつも通りということなのかもしれない。
水と風の組み合わせによる謎の乗り物は山を下ったところで止まった。
そこから黒石の道を進んでいく。
ダンジョンの街で見た真っ黒な道を知っていると、あれが風化と劣化でボロボロになった末なんだなとわかる。
そんな黒石の道を歩いて進む先に、俺たちの言う街があるんだけど。
「クンクン」
「スンスン」
「あの、二人とも?」
クトラとタレアの二人が、なんか、すごくしつこく俺の匂いを嗅いでいるんだけど。
「なに? 臭い?」
「知らない臭いがある」
「ああ」
と二人が頷きあう。
「ああ、あっちのお風呂で石鹸を使ったから」
「そういう臭いとは別」
「ああ、人の臭いだ」
「それも、たくさんいたからね。本当にたくさん」
「それとも違う」
「ああ、メスの臭いだ」
「メスって……」
「「発情したメスの臭いがする」」
「なんて言い草。いや、そうじゃなくてしないよそんなの」
するはずがない。
したとしても全く関係のない他人の臭いがついたに違いないって。
「「怪しい」」
「なにもないって」
なんだかわからないけど、そんなに怪しいことが起きるわけもないし。
しつこい二人に揉まれるように進むせいで、ぜんぜん目的地に着かない。
それでもなんとか到着した。
粘り石……コンクリートの高い建物が多く並ぶ中、あちこちから煙の上がる一角がある。
建物の方は、もうほとんど使われていない。
中には使われているものもあるそうだけれど、今回用があるのはそこではない。
上がる煙を追いかけて進んでいくと、モンスターたちの行き来する姿が見えてくる。
大きな荷物を背負って進んでいく大角巨人たち。
真っ白なドレスを着込み、顔を隠すほどに鍔広の帽子を着た二メートルを超える長身の女性。
だが、その足を隠すスカートの下には無数の蜘蛛の足が隠れているアラクネ。
バッタの顔を持つ小さな種族ホーパリアン。
馬頭のメーズと牛頭のゴーズで組まれた戦士団が、屠った巨大熊のモンスターを運んでいる。
そして、そんなモンスターたちが進む先には建物の低い層を利用した店や屋台が出迎えるようになる。
煙はそこから上がっているのだ。
「相変わらず賑やかね」
「んだなぁ」
増えてきたモンスターたちを見て、二人がそんな感想を呟く。
たしかに村の普段と比べれば多いのだろうけど、ダンジョンで見た街に比べれば少ないし、寂しい。
あの圧倒的な数と広さを見たら、二人はどんな感想を口にするのだろうか?
そう思ったけど、口にするのはやめておいた。
なんだかそれは、とても維持が悪い行為のように思えた。
こっちはこっちで楽しい。
それが全てだ。
屋台に並ぶいろんな商品を眺める。
料理だったり、廃墟の中で拾ったものだったり、あるいは自分たちで作った道具や装飾品や武器だったりする。
そう言ったものを眺めながら、目当ての匂いを追いかけているとやがてそこに辿り着いた。
「あったあった」
そこにはたくさんの蒸し器を並べた屋台があった。
「おう、坊じゃねぇか」
屋台で店番をしているのは荒々しい鱗で全身を覆った竜人だ。
俺たちを見て、咥えた煙管を上下に振ってニヤリと笑った。
屋台の側にあるのぼりには「竜まんじゅう」の文字が達筆で書かれている。
「うげっ、今日の店番はルオガンかよ」
「最悪ね」
「お前ら、好き放題言いやがるな」
二人の反応にルオガンと呼ばれた竜人が渋い顔をする。
「今日はミコト様のお土産を買いに来ました」
「あんた、ちゃんとしたの作ってるのよね?」
「ざぁけんな! こちとらお前らがぴぃぴぃ鳴いてた頃からまんじゅう作ってんだ。下手こくかよ。それより、ちゃんとお代は持ってんだろうな?」
「ヒヒバンガの皮はどうかな?」
倒したヒヒバンガを、ちゃっかりと何体か持って来ていた。
それをここに来る途中で皮を剥いだのだ。
「ふん」
まだ乾いていないそれを見て、ルオガンは不満そうに鼻から煙を吹く。
「足りねぇな」
「はぁ? ふざけないで」
「丈夫なヒヒバンガの皮のなにが不満なわけ?」
「そんなことよりよう!」
ルオガンは勢いよく立ち上がると、屋台の裏に隠れていた朱鞘の大太刀を引っ掴んだ。
「坊、いいのを手に入れたみたいじゃねぇか。ちょっと、仕合ってみようぜ!」
俺の腰にある刀を見て、嬉しそうに笑う。
ああ、そうなったかぁ。
「また、そういうことを言う」
「弱いくせに」
「弱くねぇよ!」
呆れる二人に怒鳴り返し、ルオガンは俺を見る。
「俺に勝てたらお代はいらねぇ。しかも胡麻餡入りの特製特大の竜まんじゅうをやるぜ」
「んん……それならミコト様は確実に起きそうだ」
「ははぁ、決まりだな!」
「タダでおまんじゅうが手に入りますね」
「やったぁ。タケル、ぶっ飛ばせしちまえ!」
「勝つのは俺様だよ!」
そんなことをやっていると、騒ぎを聞きつけた周りに野次馬が集まってくる。
ただでまんじゅうが手に入る誘惑には勝てない。
やる気にはなっているんだけど、こんなに注目されるのもなぁ。
「さあて、それじゃあ」
タトラが俺たちの間に立ち、手を挙げる。
「はじ……」
声と共に手を下げようとしていたところで、街全体を揺るがす吠え声が響いた。
「ジャシンだ!」
吠え声が引いたところで誰かが叫び、顔をあげれば窓ガラスの落ちた高い肺ビルの一つに禍々しい存在が巻き付いていた。