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33 ヒヒバンガ



 なぜヒヒバンガとわかったかというと、あちこちに山積みにされた石があったからだ。

 それに気付けば、木の幹に石が埋まっているのも見えてくる。

 奴らは異様に投石がうまく、そして強力だ。

 そこまで理解できたところで、一斉に石が投げられた。

 空気の鳴る音が四方から聞こえてくる。

 すでに解き放った術理力によって、視界は危険な線だらけになっている。

 同士討ちを恐れない石の一斉射をするりするりと避け続けるけど、限界はある。

 刀で払って刃を欠けさせるのも嫌だ。

 手に術理力を強めに流し、それで払ったり掴んだり、投げ返したりする。


「ぎゃっ!」


 投げ返せばそんな声が聞こえてきたりもする。

 以前は見つかったら逃げるしかなかったけど、いまは属性のおかげでどう対処すればいいかがわかる。

 焦る必要はない。

 気持ちを落ち着かせ、確実に対処していく。

 回避と移動を混ぜ合わせながら、投げ返して数を減らしていく。

 全滅させるのは無理だが攻撃の圧を減らすことはできる。

 最初は藪に隠れていたヒヒバンガたちだが、手持ちの石がなくなれば石山を求めて姿を現す。

 現れたのヒヒバンガの姿は異様に手が長く、反して足が短い、毛だらけの猿だ。

 顔にだけ不思議と毛がない。

 そこにあるのは、皺だらけの老人のような顔だ。

 今まではなんとも思わなかったのだけど、その顔は人間の老人にそっくりなんだとわかってしまった。

 なんだかそう考えると、気持ち悪い。


 ビュンビュンと鳴りまくる風切り音の中を進んでいく。

 一石投げ返せば、十倍以上になって返ってきて、盾にした木が倒壊した。

 それでも一体ずつ倒しながら後退していくのだけど……。


「? なにか、流れが変だな」


 線の動きに戦いの流れが存在していることが分かり始めているのだけど、その動きが、いままでと明らかに違う。

 ヒヒバンガの投石の圧が、これから一気に減っていくことになる?

 どうして?

 俺の対処だけでは絶対に無理だ。

 奴らが攻撃を諦めた?

 まさか、縄張りへの侵入者に異様な敵意と執着を見せるのがヒヒバンガなのに?

 なにが……と考えたところで、爆音が響いた。


「水?」


 地面が爆発し、土砂と一緒にヒヒバンガが吹き飛んでいく。

 それらに混ざって落ちてくるのは、冷たい水だった。

 雨、ではない。

 凄まじい水流が発生して、それが地面を爆発させているのだ。

 そして、宙に飛んだヒヒバンガが不可視の刃に切り刻まれていく。


「お前らぁぁぁぁ‼︎」

「タケルになにしてるぅぅぅぅ‼︎」

「クトラ? タレア?」


 二人の怒鳴り声、そして二人の魔法がヒヒバンガを蹂躙していく。

 俺が知っている二人よりも魔法が強くなっている。

 なにがあったんだろう?

 怒髪天を衝くってこういうことだと言わんばかりの形相で二人が暴れる。

 正直、怖い。

 その恐怖はヒヒバンガにも通じたようで、信じられないことに奴らは石を投げることをやめて逃げていった。


「「タケル‼︎」」

「二人とも、久しぶり!」


 いつも通りに競争するかのように飛びついてきた二人を受け止め……その勢いのまま後ろに吹っ飛ばされた。

 勢いが、強すぎる。

 そのまま山の斜面を滑っていくのだけれど、背中は地面に当たっていない。

 クトラの水が俺たちの周りを守り、さらにタレアの風が水の形が崩れないようにしている……のだと思う。

 いつもは仲悪そうにしているのに、こういうところの咄嗟の連携はできるのだから、この二人は不思議だ。


「ええと? どういう状況?」

「タケルの気配を「感じたから迎えにきた‼︎」」

「ええ?」


 ここ、うちの村からけっこう遠いと思うんだけど。


「二人とも、どこにいたのさ?」

「家よ」

「もちろん家だ」


 うちの村より遠いじゃないか。


「なんでわかるわけ?」

「「愛‼︎」」


 愛って怖い。


「それで、もう人間の里はいいの?」

「どうせつまんない奴らばっかりだったろ?」

「このまま私の家に行って祝言をあげましょう」

「っざけんな、夫婦になるのはアタシとだ」

「あんな獣臭い家で一緒に暮らせるのかしら?」

「そもそも、お前んちは水の中じゃねぇか。タケルは息もできねぇよ」

「いや、俺はまたダンジョンに戻るよ?」

「「なんで⁉︎」」


 息ぴったりだなぁ。


「いや、ちょっとお願い事ができたから、ミコト様に会いにきたんだけど」

「ミコト様はまだ寝ているわ」

「起こすのかよ。ムリムリ」

「いやでも、起こさないと困るんだよね」


 俺の頼み事ができるのはミコト様だけだから。

 なんとかして起きてもらわないと。


「いま起こしたら、絶対にご機嫌を損ないますね」

「機嫌が悪くなるから、お土産がいるな」

「だよねぇ。となると、まっすぐ村には戻れないか」

「それなら街ですね」

「街だな」

「「デートですね‼︎」」

「デートなのかなぁ?」


 急に楽しそうにする二人に俺の疑問は届かない。

 水と風でできた不思議な乗り物は、俺を仰向けに乗せたまま山を滑り降り、そしてさらに進んでいく。

 もしかして、このまま街に行くつもりだろうか?


「ええと、ちょっと姿勢を直したいんだけど?」

「だめ」

「無理」


 仰向け状態の俺に、クトラとタレアは折り重なるようにしがみついている。

 窮屈だし、しんどいんだけど。


「放さないわ」

「絶対な」


 そう言いながら、俺の視界の外で二人が蹴り合っているのだけど、それは見ないことにした。

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