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32 理事長選挙



 学校に戻ってみると、理事長が倒れたと大騒ぎになっていた。

 詳しいことは俺たち生徒は教えてもらえていないけれど、病院で意識不明の重態となっているのだそうだ。

 そんな状態なので急遽、理助長選挙が行われることが決まった。


 理事長選挙と聞くとキヨアキのことが頭に浮かんだ。

 彼の父は副理事長とかいう立場で、次の理事長の立場を狙っている。

 そして、理事長はこの聖ハイト学園の実質的な長ということになる。

 実際になれるのかどうかということも、俺にはわからない。

 ダンジョンに行くことも許されていないし、スラーナは前回のことでまだ落ち込んでいるようで、口数も少ない。

 こういう時、頼るのはジョン教授しかいない。


「正直、困っているんだよ」


 ジョン教授の部屋に行ってみると、彼は困った顔をしていた。


「実は、他の先生方に理事長選挙に立候補するように促されていてね」

「それはすごいことなんじゃないですか?」

「ありがたいことではあるが、私はどちらかといえば研究がしたいのであってね。学園の運営を考えるのは荷が重いよ」

「では、立候補しない?」

「そうなると、前々から選挙工作をしていた副理事長が有利だ」


 聖ハイト学園の理事長選挙は、教師と出資者たちによる投票で決まるのだが、出資者の票の方が重いという仕組みになっている。


「教師全員が私に投票してくれたとしても、出資者のほとんどが副理事長に投票すれば彼の勝ちだ」

「どっちにしても副理事長が有利なんですね」

「そうなんだ。そして、おそらくだが、副理事長が勝利すると、私はクビになるかもしれない」

「え? なぜですか?」

「私が理事長側の人間だということもあるだろうし、それに……」


 と、俺を見た。


「俺がキヨアキに嫌われていることが関係してくる?」

「その可能性は高い。どうも彼は、適性者である息子に多大な期待をかけているようだ。その邪魔となっている君の存在は面白くないだろうし、君の後見人となっている私の存在も面白くない。どちらも排除するならば、クビにするのが一番だろう」

「なんとか、ならないんですか?」


 ここまで来て、そんな形で学園を去らないといけないというのは、俺だって面白くない。

 なにかできるなら、やるべきだ。


「……生徒にこれを教えるべきかどうかわからないんだが、理事長の倒れ方が不自然なんだ。副理事長の部屋のすぐ側だったし、症状がいまも不明なんだ」

「症状がわからない?」

「理事長は高齢だが、健康的には問題なかった。それなのに急に倒れ、原因は不明。科学的な治療も、術理力による治療も受け付けないという状態だ」

「ううん」


 理事長が倒れた原因が怪しい。

 副理事長であり、花頭キヨアキの父、花頭キヨヒラも怪しい。

 そして花頭キヨヒラが理事長となると、ジョン教授は不利な立場となり、ひいては俺が学園にいることも不可能になるかもしれない。

 ジョン教授は理事長になりたくない。


「最善の結果は、理事長が回復する、ということですよね?」

「そうだね。だが、そんな都合の良いことが起こるかどうか」

「……起こるかもしれないと言ったら?」

「なにか手があるのかい?」

「あるかもしれないですけど、でも、タダではないです」

「……君にそんな確信があるということは、地上での方法ということかい?」

「はい」

「なるほど。では、地上に戻らなければならないと」

「そうですね。それに、戻ったからといってうまくいくとも限りません」

「試してみないとわからないか。とはいえ他に方法もなし」


 しばらく考えて、というか悩んで、ジョン教授は頷いた。


「私も行きたい! だが、いまここを離れるのは得策ではない。わかった、君が戻れるように手を打とう」


 真剣に悔しそうな顔でそんなことを言う。


「選挙が実施されれば理事長が復帰したとしてもひっくり返せないかもしれない。そのため、期限は一ヶ月が限度だ。そして戻ってくるのに前回と同じような待機期間もあるから、実質的には二週間となる。ディアナの使い方はもう覚えたね? 頼むよ」

「わかりました」






 そういうわけで、俺は急遽里帰りすることとなった。

 ダンジョンに移動するのとは違って、前回と同じように地上観測班用の隔離施設というところに移動し、そこからディアナを使って地上に戻る。

 装備を付けろと言われたけれどそれは断った。

 今まで大丈夫だったのに、いまさらそんなものを着ていたら余所者になってしまった気分になるんじゃないかと思った。

 俺的にも。

 そして、そんな俺を見た村の人たちも、だ。


 現れたポータルに踏み込むと、一気に空気が変わる。


 あ、違う。

 とすぐにわかった。

 空気が澄んだとかそういうのじゃない。

 ダンジョンの中にはなかったものが肺に流れてきた、みたいな感じがする。

 たぶん、これが濃すぎると呼吸が難しくなるんだ。


「で、ここはどこかな?」


 木々が邪魔で視界がはっきりしない。

 帰還ポータル発生装置の座標を確認して覚えておく。

 そうしてから視界が開けた場所に移動して、周囲を見回す。


「ああ、ここかぁ」


 そう呟いた時には、すでに見つかっており、複数の気配が俺を囲もうと動いている。

 ヒヒバンガの縄張りだ。

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