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30 連携



 スラーナたちが攫われた。

 もしかしてこれは、ダンジョンで襲ってきたローネとなにか関係があるのだろうか?

 それぐらいしか思いつかない。


「……どうしようか?」


 自問はするが、立ち止まってはいない。

 とりあえず会場から外に出て、人の流れに乗って歩き出す。

 封筒を渡してきた男がどこからか監視しているかもしれない。

 従っていないと思われるのは、得策ではない。


「まずは……」


 従った振りをして、指示された場所には向かわないといけないだろう。

 そのためには……。


「すいません、ここってどういけばいいかわかりますか?」


 通りがかりの人に、写真の裏側の殴り書きみたいな地図を見せる。

 表を見られないようにしたし、どんな場所かとか聞いてしまったから、ちょっと、いやけっこう不審がられてしまった。

 でも、必要な情報だ。


 さて、考えろ。

 誘拐犯の気分になって考えろ。

 目的は、俺を殺すこと?

 もしかしたらスラーナも含まれているかもしれないけど、囮に使われているからすぐに殺されることはないはずだ。

 まずはスラーナたちの生存確認。

 それから救出方法を考える。

 四人とも無事が絶対条件。

 そのためには。


 指示された場所はと、ある建物と建物の間の隙間みたいな場所だった。

 こんな場所のことを質問されたのだから、あの人が不審そうな顔をしたのも納得だ。


「あ? あいつどこ行った⁉︎」


 壁に張り付いて待っていると、さっきの男がやってきて慌てている。

 その後ろに降りて、振り返るよりも先に人差し指を首に突き立てた。

 待っている間に、壁で爪を削っていたのでよく刺さる。


「ぐっ」

「首にある太い血管に引っ掛けた。どういう意味かわかるな?」

「お、お前……」

「スラーナたちは無事か?」

「オレからの連絡がなかったら、ただじゃ済まないぞ」

「そうかもしれない。なにが目的だ?」

「知るか。オレはただの雇われだ。お前を連れていく以外は知らない」

「本当か? 他には?」


 黙って血管を引っ張ると、男は悲鳴をあげた。


「本当だ! あと、お前にこれを付けさせろって」


 見せたのは革製の短いベルト? と手錠だ。


「これは?」

「術理力を抑えるって言っていた」

「なるほど」


 警察がローネに使っていたのと同じものか。


「どうしろって?」

「これは首輪だから、首に付けて、それから手錠だ」

「わかった」


 首から指を抜いて首輪を嵌める。

 手錠は男が背中に回って掛けた。

 そうしてから、男が俺を殴る。


「クソガキがっ!」


 あんまり痛くない。

 こいつは適正者ではないみたいだ。


「来いっ!」


 引っ張られて入ったのは、片方の建物の裏口だった。

 中は形だけで家具のようなものはなにもない。

 その中をさらに引っ張られ、階段を下に向かった行き止まりでようやく人の気配に囲まれた。


 薄暗かった中に照明が灯される。

 なんとなくそれを予期していたので、目が眩むことはなかった。

 奥にスラーナたち四人がいて、その前に大男が立ちはだかっている。

 他にも俺を囲むように十人前後の男女がいた。


「よう」


 大男が鷹揚な態度で声をかけてくる。


「あんたは?」

「ダイスだ」

「なんで俺たちを狙う?」

「それをお前にしゃべると思うか?」

「俺が来たんだから、スラーナたちを放せ」

「お前に従う理由もない」

「陰でこそこそする卑怯者の親分らしい言葉だ」

「……はっ! そこの女と同じことを言うなぁ」


 ダイスが笑う。

 女というのはスラーナのことか?

 他の子たちは怯え切っている中、彼女だけは意思を保った強い目をしている。


「このままお前らをなぶり殺しにするのでもいいんだが、それじゃあこっちの気が収まらん。ガキに負ける組織って思われたままではな。今後の活動に支障が出るんだよ」


 ダイスは側にいた男から大剣を受け取ると、俺の前にやってくる。


「俺に勝てたら、あの女たちを解放してやってもいいぜ」

「乗った」


 あからさまな嘘だ。

 その証拠に、体面がどうのみたいなことを言っているのに、俺の手錠も首輪を外そうとしない。

 だけど、選択肢も活路もここにしかない。


「はっ、いい度胸だ」


 ダイスは嘲り笑みで接近してきて、その大剣を振るう。

 術理力が乗った動き早く、大剣の勢いには衝撃波が伴われていた。

 避けるために動けば風の流れが動きを阻害する。

 後ろに跳ぶと、風圧だけで吹き飛ばされた。

 体を丸めて回転し、壁を蹴る。

 そのついでで手錠で後ろに回されていた腕を、足を下を潜らせて前に出した。


「よし」


 第一段階終了。

 次は。


「こざかしい!」


 ダイスはまだ気づかずに大剣を振り回す。

 その動きで手錠の鎖を切り、受ける振りをして左右の輪も壊してもらった。


「なんだテメェッ!」


 さすがにこっちの考えに気づいたか?


「俺様は深度Aにも挑戦したことがあるんだぞ! それを!」


 壊れた手錠を手裏剣代わりに投げる。


「それを! ナメるな!」


 投げた手錠の一つは払い、一つは無視した。

 よし、成功だ。




 その光景を見ながら、スラーナは兄との会話を思い出していた。


「山梁タケルが強い? はは、そんなことはとっくに知っているよ」


 ダンジョンでの彼を語ると、兄はそんな風に笑った。


「いいかい、スラーナ。地上観測隊の護衛部隊に入る条件は深度B攻略経験がある適性者だ。そんな俺たちがあのモンスターには手も足も出なかった。それなのに彼は、知り合いだったとはいえ、その動きに対応したんだ。それがどういうことか、わかるかい?」

「つまり、タケルは、術理力がなくても、強い?」

「そういうことだよ。少なくとも、あの時点で最低でも俺たちよりも、ね」


 そして、ただ強いだけではないのだ。

 こんな場面でも、タケルは冷静に状況を判断し、最適であろう行動を取る。

 彼を連れてきた男には首に怪我があった。

 情報を獲得し、その上で自分から拘束されて来たのだ。

 あのダイスという男が愚かなこともあるだろうけれど、そうでなかったとしてもタケルは冷静に、スラーナたちをたすけるための行動を選び続けたに違いない。


 その証拠に、これを使えば自分の首輪を壊すことだってできたはずなのに、まずはスラーナを優先した。

 タケルが投げた壊れた手錠。

 その断面は鋭く、そして彼が投げた勢いに乗って鋭さを増し、スラーナの首に巻かれていた術理力封じの首輪を切り裂いた。


「伏せてて!」


 友人たちに向かって叫び、スラーナは自らの属性を解き放つ。

 周囲にいた者たちの足を切り、口の周りの大気の流れを止める。

 さらに、風の刃を一つ、タケルに向かって放つ。

 スラーナの視線の意味を理解したタケルはその場から動かず、彼の首輪が切り裂けた。

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