スラーナたちが攫われた。
もしかしてこれは、ダンジョンで襲ってきたローネとなにか関係があるのだろうか?
それぐらいしか思いつかない。
「……どうしようか?」
自問はするが、立ち止まってはいない。
とりあえず会場から外に出て、人の流れに乗って歩き出す。
封筒を渡してきた男がどこからか監視しているかもしれない。
従っていないと思われるのは、得策ではない。
「まずは……」
従った振りをして、指示された場所には向かわないといけないだろう。
そのためには……。
「すいません、ここってどういけばいいかわかりますか?」
通りがかりの人に、写真の裏側の殴り書きみたいな地図を見せる。
表を見られないようにしたし、どんな場所かとか聞いてしまったから、ちょっと、いやけっこう不審がられてしまった。
でも、必要な情報だ。
さて、考えろ。
誘拐犯の気分になって考えろ。
目的は、俺を殺すこと?
もしかしたらスラーナも含まれているかもしれないけど、囮に使われているからすぐに殺されることはないはずだ。
まずはスラーナたちの生存確認。
それから救出方法を考える。
四人とも無事が絶対条件。
そのためには。
指示された場所はと、ある建物と建物の間の隙間みたいな場所だった。
こんな場所のことを質問されたのだから、あの人が不審そうな顔をしたのも納得だ。
「あ? あいつどこ行った⁉︎」
壁に張り付いて待っていると、さっきの男がやってきて慌てている。
その後ろに降りて、振り返るよりも先に人差し指を首に突き立てた。
待っている間に、壁で爪を削っていたのでよく刺さる。
「ぐっ」
「首にある太い血管に引っ掛けた。どういう意味かわかるな?」
「お、お前……」
「スラーナたちは無事か?」
「オレからの連絡がなかったら、ただじゃ済まないぞ」
「そうかもしれない。なにが目的だ?」
「知るか。オレはただの雇われだ。お前を連れていく以外は知らない」
「本当か? 他には?」
黙って血管を引っ張ると、男は悲鳴をあげた。
「本当だ! あと、お前にこれを付けさせろって」
見せたのは革製の短いベルト? と手錠だ。
「これは?」
「術理力を抑えるって言っていた」
「なるほど」
警察がローネに使っていたのと同じものか。
「どうしろって?」
「これは首輪だから、首に付けて、それから手錠だ」
「わかった」
首から指を抜いて首輪を嵌める。
手錠は男が背中に回って掛けた。
そうしてから、男が俺を殴る。
「クソガキがっ!」
あんまり痛くない。
こいつは適正者ではないみたいだ。
「来いっ!」
引っ張られて入ったのは、片方の建物の裏口だった。
中は形だけで家具のようなものはなにもない。
その中をさらに引っ張られ、階段を下に向かった行き止まりでようやく人の気配に囲まれた。
薄暗かった中に照明が灯される。
なんとなくそれを予期していたので、目が眩むことはなかった。
奥にスラーナたち四人がいて、その前に大男が立ちはだかっている。
他にも俺を囲むように十人前後の男女がいた。
「よう」
大男が鷹揚な態度で声をかけてくる。
「あんたは?」
「ダイスだ」
「なんで俺たちを狙う?」
「それをお前にしゃべると思うか?」
「俺が来たんだから、スラーナたちを放せ」
「お前に従う理由もない」
「陰でこそこそする卑怯者の親分らしい言葉だ」
「……はっ! そこの女と同じことを言うなぁ」
ダイスが笑う。
女というのはスラーナのことか?
他の子たちは怯え切っている中、彼女だけは意思を保った強い目をしている。
「このままお前らをなぶり殺しにするのでもいいんだが、それじゃあこっちの気が収まらん。ガキに負ける組織って思われたままではな。今後の活動に支障が出るんだよ」
ダイスは側にいた男から大剣を受け取ると、俺の前にやってくる。
「俺に勝てたら、あの女たちを解放してやってもいいぜ」
「乗った」
あからさまな嘘だ。
その証拠に、体面がどうのみたいなことを言っているのに、俺の手錠も首輪を外そうとしない。
だけど、選択肢も活路もここにしかない。
「はっ、いい度胸だ」
ダイスは嘲り笑みで接近してきて、その大剣を振るう。
術理力が乗った動き早く、大剣の勢いには衝撃波が伴われていた。
避けるために動けば風の流れが動きを阻害する。
後ろに跳ぶと、風圧だけで吹き飛ばされた。
体を丸めて回転し、壁を蹴る。
そのついでで手錠で後ろに回されていた腕を、足を下を潜らせて前に出した。
「よし」
第一段階終了。
次は。
「こざかしい!」
ダイスはまだ気づかずに大剣を振り回す。
その動きで手錠の鎖を切り、受ける振りをして左右の輪も壊してもらった。
「なんだテメェッ!」
さすがにこっちの考えに気づいたか?
「俺様は深度Aにも挑戦したことがあるんだぞ! それを!」
壊れた手錠を手裏剣代わりに投げる。
「それを! ナメるな!」
投げた手錠の一つは払い、一つは無視した。
よし、成功だ。
その光景を見ながら、スラーナは兄との会話を思い出していた。
「山梁タケルが強い? はは、そんなことはとっくに知っているよ」
ダンジョンでの彼を語ると、兄はそんな風に笑った。
「いいかい、スラーナ。地上観測隊の護衛部隊に入る条件は深度B攻略経験がある適性者だ。そんな俺たちがあのモンスターには手も足も出なかった。それなのに彼は、知り合いだったとはいえ、その動きに対応したんだ。それがどういうことか、わかるかい?」
「つまり、タケルは、術理力がなくても、強い?」
「そういうことだよ。少なくとも、あの時点で最低でも俺たちよりも、ね」
そして、ただ強いだけではないのだ。
こんな場面でも、タケルは冷静に状況を判断し、最適であろう行動を取る。
彼を連れてきた男には首に怪我があった。
情報を獲得し、その上で自分から拘束されて来たのだ。
あのダイスという男が愚かなこともあるだろうけれど、そうでなかったとしてもタケルは冷静に、スラーナたちをたすけるための行動を選び続けたに違いない。
その証拠に、これを使えば自分の首輪を壊すことだってできたはずなのに、まずはスラーナを優先した。
タケルが投げた壊れた手錠。
その断面は鋭く、そして彼が投げた勢いに乗って鋭さを増し、スラーナの首に巻かれていた術理力封じの首輪を切り裂いた。
「伏せてて!」
友人たちに向かって叫び、スラーナは自らの属性を解き放つ。
周囲にいた者たちの足を切り、口の周りの大気の流れを止める。
さらに、風の刃を一つ、タケルに向かって放つ。
スラーナの視線の意味を理解したタケルはその場から動かず、彼の首輪が切り裂けた。