定期テストが終わった。
スラーナのおかげでなんとか追試は免れたものの、ダンジョン行くよりも疲れた。
本当に、疲れた。
「ああ、スラーナ。ありがとう」
「どういたしまして。でも、この点数はどうかと思うけど」
「ははは」
スラーナの点数はどれも満点に近かった。
「すごいね」
「優等生ですから」
と、得意げだ。
「そういえば……」
「なに?」
「あいつら、いないね」
「あいつら?」
「キヨアキたち」
「ああ」
思い出さされたのが嫌だったのか、スラーナが顔を顰める。
だけど、嫌なものほどよく探してしまうよね。
警戒心からなんだけど。
ただ、キヨアキならテストの点数を自慢してきそうって思っただけでもあるんだけど。
「ダンジョンに潜ってるんでしょ。潜っていればテスト免除だから」
「え? そうなの?」
羨ましい!
おかしいなと思ってたんだ。
テストの時にいなかったのはキヨアキたち以外にも何人かいた。
あれから何組かがダンジョンに潜れるようになっていたんだけど、そんな彼らと合致する。
「ずるい!」
俺たちはダンジョンに潜れなかったのに!
「どちらにしても、私はちゃんとテストを受けるつもりだったけど?」
「え?」
「優等生ですから」
「むむむ」
ふふ〜んと得意げな顔をしているスラーナを見て、「まぁいいか」と思った。
もう終わったんだし。
「それより、お世話になったからなにか……」
「スラーナ」
俺が言いかけたところで、別の声が彼女を呼んだ。
そちらを見ればクラスメートではない女の子が、こちらに近づいてくるところだった。
「ユウコ、どうしたの?」
スラーナの友達らしい。
「発表会、やっぱり出ない?」
「ああ〜、でも、もう発表会は来週でしょう? 間に合わないわよ」
「あなたなら、そんなことないでしょ?」
「いや、でも……ここまで練習に参加してないし」
「でも、暗譜できてるでしょ?」
「それは……」
「やれるんでしょ? やりましょ」
「なんの話?」
スラーナが困っているようなので、助け船のつもりで言ってみたのだけど。
「エレクトーンの発表会があるのよ。スラーナは進学してから、ダンジョンが忙しいからって断ってるんだけど」
「エレクトーンってなに?」
「楽器よ」
「楽器!」
なんと楽器。
「スラーナって楽器が弾けるんだ!」
「え? ええ、まぁ」
「へぇ、いいなぁ、すごいなぁ。見てみたいなぁ」
「ええ?」
「ほら、彼氏もこう言ってるし」
「彼氏じゃないし!」
カレシとはなんぞ?
スラーナからエレクトーンという楽器のことを説明してもらった。
よくわからなかった。
機械を使っていろんな楽器の音を再現する楽器?
うん、わからない。
聞けばわかるということらしいけれど、練習風景は見せてもらえなかった。
本番まで楽しみにしていろ、ということだそうだ。
うん、スラーナはエレクトーンの発表会に参加することになった。
「大丈夫。なんだかんだでやりたいんだから」
嫌々という態度だったから悪かったかなと思ったけど、ユウコがこっそり教えてくれた。
「練習時間が足りないって気にしてるけど、スラーナのことだからできる時には練習してるはずだしね」
そんなわけで、発表会の日がやってきた。
学園の外に出たのは初めてだ。
メモで指示された通りに二度目のポータルリフトに一人で乗り、駅で降り、言われた通りに進んでいく。
学園とダンジョン以外を歩くのは初めてだ。
道とか建物とかの作りは学園の中にあるものの延長として受け止めることができるけれど、それよりも雑多な雰囲気のある建物がどこまでも続いている。
そう、どこまでも続く。
すごいと思うのはここだった。
ここにある空間の全てが、ダンジョンからモンスターを追い払って手に入れたものというのもすごいけれど、そこにこれだけの人々が暮らしているというのがすごい。
この前のゴブリンの群れよりもはるかに多いし、それより前に体験した半魚呑の大繁殖だってここにいる人たちの数より少ないはずだ。
そんなにたくさんの人が同じ場所で暮らしている。
こういうものが、かつては地上にあったのだと考える。
以前にも想像したけれど、地上にある廃墟の光景が、目の前の光景にすり替わる時代があったのだと考えると……すごいとしか言えなくなる。
そんなことを考えながら歩いていると、メモに指示された場所がわからなくなってちょっと迷った。
「遅いっ!」
「ごめん、迷子になって。間に合った?」
「もうすぐ。すぐに入りなさいよ」
「わかった」
入り口で待っていたスラーナはいつもより華やかな格好をしていたけれど、そのことを話す暇もなく、彼女は奥へ行ってしまった。
とにかく受付でチケットを渡して中に入る。
『……学園に進学して別々の道を進むようになった。それでもアンサンブルだけは一緒にやりたい。そんな四人が集まって演奏します。曲は『甘い太陽』』
中に入ると薄暗かった。
階段のように下がっていく観客席の向こう側に舞台があって、あの華やかな姿をしたスラーナが横から現れた。同じ格好をしたユウコが他の二人と共に現れる。
舞台の中央には細長いテーブルのような形のものが上下に並んでおり、四人は中央に近いそれらに座った。
わずかな空白。
舞台の照明が強くなり、四人の姿がはっきりとなる。
音が始まった。
音楽が俺の全身を叩いていく。
スピーカーだと、まず思った。
放送で使われるあの機械を通しているから、こんなに大きな音になるんだ。
この場所の形も、舞台から観客席に音をちゃんと伝えるための形になっているんだ。
別に、ここにやってきてから一度も音楽を耳にしなかったわけではない。
休憩中の放送で聞こえることもあったし、学園や寮で誰かが楽器を弾いている場面に出会したことだってある。
だけど、誰かがこんな場所で本気で弾いている姿を見たのは初めてだった。
村のお祭りとかで聞くものとはまた違う。
なにをどう言えばいいのかわからないまま、スラーナたちの出番は終わってしまった。
「これから、どうしたらいいんだろ?」
そのままぼうっと三組ほどの演奏を聞いてから、ハッと気づいた。
スラーナと合流するにはどうすればいいのか聞いていない。
とりあえず出てみようかと、タイミングを見て立ち上がる。
「君」
「え?」
「これを」
受付近くまで来たところで、いきなり男に封筒を渡された。
「中を見ろ」
男はそう言い残すと、素早く人の群れの中に消えていく。
なんなんだと思いながら、封筒を開ける。
中には鮮明な絵の紙……たしか写真が一枚入っていた。
その写真に赤いペンで伝言が書かれている。
『一人でこの場所に来い』
裏には簡単な地図が書かれている。
表の写真には、あの華やかな姿のまま、後ろ手に手錠とかいう金具で拘束されたスラーナたち四人が写っていた。