「そういえば、名前は?」
「わたし、ローナ」
「そっか。それで、友達はどこに」
「ええと……」
ローナはあちこちを見回して、「たぶん、あっち」と言った。
すごく頼りない。
「どうする?」
「とりあえず行ってみましょう。私の風でなるべく探ってみる」
「わかった」
先にローナをポータルに送って手助けを呼ぶということも頭に浮かんだけれど、その間にローナと同じぐらいの子供が死んでしまったらと考えると、それもできなかった。
スラーナの属性『風』が広い範囲で音を拾う。
「あっちからバーンドマンの大群」
「避けよう」
「こっちからファイアウルフの集団。もう見つかってるわ」
「わかった、迎撃する」
バーンドマンは大群は脆いのにしぶといけれど、動きが鈍いので離れていれば逃げるのは容易い。
ファイアウルフは火を放つ毛皮を持つ狼だ。
足も早いし、体当たりされたら熱そうだし、長い牙で噛まれればすぐに血管が裂けてしまうだろう。
【流水斬り】
だとしたら、襲われる前に倒しきる!
群れの中を素早く駆け抜け、切り捨てていく。
「さあ、行こう」
落ちた魔石がもったいないけれど、人命優先だ。
俺たちはローナの示す方向に進んでいった。
† † ???† †
なんなんだこいつ?
新人適性者の始末なんて変な仕事だとは思ったけれど、まさか、こんな奴だとは。
隙があればいつでもと思うのだけれど、その時が来たと思った瞬間には奴と目が合っている。
気が付かれた?
かと思うと「大丈夫だよ」と笑いかけてくるのだ。
本心から心配している様子で。
純粋な善人のような顔で。
だが、わかる。
長年の経験でわかるのだ。
その時がくれば、こいつはなんの躊躇もなく斬るだろう。
そして、斬った後でどうしてこんなことにと慌てるのだ。
戦いと感情がまるで別となっている戦闘兵器のような人間は、存在する。
こいつは、絶対にそうだ。
どんなに好機に見えても、自分の手で、なんて考えない方がいい。
必ず、失敗する。
焦る必要はない。
この先に、ちゃんと罠を用意してある。
† † † †
ローナの示す先に進んでいくと、焼け残った建物のようなものがあった。
そこから泣き声が聞こえてくる。
「あそこ!」
半壊した二階建ての家。
その二階部分で子供の影らしきものが見えた。
周囲にはバーンドマンが溢れかえっている。
「まかせろ!」
群がるバーンドマンの群れを【流水斬り】で薙ぎ払い、ある程度片付けてから二階へと跳ぶ。
「大丈夫かい?」
柱にしがみ付いて震える男の子に声をかける。
だけど、答えない。
「うわぁ、たすけてぇぇーー」と、泣き声とも悲鳴ともつかない声を上げ続けている。
「たすけに来たよ」
もう一度、声をかけながら、周囲を伺う。
バーンドマンも、他のモンスターもここまでは来ていない。
この子は混乱しているのかな?
「ねぇ、少し落ち着こうか」
と、柱に手をかけようとして、震えた。
熱い。
この柱、周りが炭になっているけれど、もしかして芯には火が残っている?
そんなものを、どうしてこの男の子はずっとしがみ付いていられ……。
瞬間、男の子が光った。
あっ。
† † ローナ† †
爆発が建物の内部から溢れ、そこにあったものを崩壊させ、押しのけ、吹き飛ばす。
轟音が鼓膜を痛いほどに叩く。
やった!
衝撃波で突き飛ばされる中、ローナは内心で快哉を上げた。
実際の顔は、痛みに呻き、起き上がり、土台だけを残した火災現場を呆然と見つめる芝居を続けている。
「なに?」
なんて言ってみる。
友人と恩人が一度になくなったことを、受け入れられない顔。
これでいい。
視界にいれていないが、もう一人の女に疑われてはいけない。
わたしは、直接の戦闘能力はないのだから。
この演技力と独特な属性だけでやっていくしかないのだ。
ローナの属性は『幻』
見えるだけの幻覚ではない。
触れば本物のような感触があるし、音もある。熱もある。
飲食物として提供すれば、満足感を与えることができる。
実際には栄養がないので、それだけを与え続けることができれば、餓死させることだってできる。
爆発物をそうだとわからないようにすることだって、できる。
さあ、後はおまけのこの女を片付けて戻るだけ……。
「はっ、あぐっ!」
なに?
いきなり、息が、できない。
「なにかおかしいと思ったけど、やっぱりそうだったわね」
「あっ、うっ」
「風で触れたあなたの形と、目の前にある形が合わなかったのよね」
風?
風で触れた?
この女の属性は『風』?
その風で触れた?
風に幻が通じなかった?
では、いま、なにをされている?
息が、できない。
「風の流れを制御して、あなたの口や鼻から大気が入らないようにしているのよ。適性者同士の戦いならあまり意味がないことだけど、どうやらあなた、身体能力には自信がないようね」
「ぐっ……」
意味がない?
それなら、この場から離れれば無効になるという。
「がっ!」
「正体を見せたあなたを撃つのに、躊躇うと思った?」
足に、矢が。
くそっ、息が。
「相棒……心配」
「え? ああ、タケルのこと?」
「大丈夫だよ」
その声が背後から聞こえて来た。
「まさか、爆発するとは思わなかった」
「油断よ」
「うん、ごめん。でも、なんとか逃げ切れた」
「そん……」
そんな。
爆発した状態から逃げたというの?
そんなこと、ただの新米適性者ができることじゃない。
こんな、こんな……
† † † †
「あっ」
ローナが倒れた。
すると、女の子に見えていた姿が消えて、本当の姿が現れた。
年上の女性だ。
アニマ先生よりも上かな?
「この人、どうしようか?」
「とりあえず、縛って連れて帰るしかないんじゃないかな?」
「なら、ダンジョンは?」
「また今度よ」
「ええ」
ここまで来て戻らないといけないなんて。
ついてないなぁ。