† † 副理事長† †
なぜだ!
叫びたくても叫べない。
ここは副理事長室。
自身の聖域。
だが、防音効果はさほどではない。
怒鳴ろうものなら外に響くかもしれない。
ギリギリと拳を握り、その中にあるペンを軋ませるぐらいしかできない。
「生きて戻ってくるだと?」
山梁タケルが古戦場フィールドから戻ってきた。
無事に。
しかも、深度Eで異常モンスターと遭遇し生還したのだという。
現れた魔石はとても珍しい発色をしていたため、研究用として特別価格で買い上げたという。
実戦最初のダンジョンで惨めに死ぬという当初の予定はどうしたのか?
そのために腕利きを雇ったのではないか?
次の理事長選でライバルになるかもしれないジョン教授に恥をかかせ、その人気を失墜させるのではなかったのか?
「たかが、地上育ちの猿の分際で……」
歯の隙間から憎悪を滲み出し、吠えるのを耐える。
「父さん!」
そこに場をわきまえない大声を張り上げて、キヨアキが部屋に入ってきた。
「オレがまだダンジョンに行けないってどういうことだよ⁉︎」
「キヨアキ……」
「あのタケルの奴がダンジョンに潜れるのに、なんでオレはダメなんだよ!」
「キヨアキ、落ち着きなさい」
「怪我はもう治ってるんだ! なんで!」
「キヨアキ!」
興奮しているキヨアキを怒鳴りつけると、なんとか自制を取り戻したようだ。
とはいえ、かなり怪しい。
顔は赤いままで、いまにも再燃しそうな様子だ。
花頭家で初めての適性者とはいえ、甘やかしすぎたか。
しかし、若くして適性者として目覚めたために、小さな頃から力を持て余し、身内に負傷者が出ることも多かった。
だからこそ、恐れられ、そして期待もしているのだが。
「ごめん、父さん。でも、許せないんだ。調子良く尻尾を振っておきながら、裏切ったあいつが」
キヨアキにとって山梁タケルは、自らすり寄って来た小物でありながら、突然に掌を返して善人ぶった卑怯者でしかない。
他勢力の力関係を気にする必要のなかったキヨアキには、自分たちとは違う特異な環境で生きてきたタケルの考え方など、理解できるはずもない。
副理事長……花頭キヨヒラはそんな息子の無念の表情を見て、己の中の怒りを再燃させた。
「わかった。キヨアキ、お前はダンジョンに潜れ!」
「父さん」
「ただし、万全の態勢で望め、お前は普通の適性者ではない。ダンジョンで死ぬなど許されない。お前は花頭家の希望。私がこの学園の理事長となり、お前はさらに上へといくのだから」
「わかったよ! 父さん」
喜び勇んで出ていく息子を見ながらキヨヒラは考える。
「ダンジョンにでも潜っていれば、あいつの気は紛れるだろう。だが……」
キヨヒラの怒りは冷めない。
ジョンを殺し、理事長を殺す。
そうすればキヨヒラが次の理事長になるのは容易い。
だが、学園の中でそのような凶行に及べば、捜査の手が伸びる。
万が一を考えれば、そんなことはできない。
なんとか、ダンジョンで山梁タケルを殺め、脅威となるかもしれないジョン教授を失墜させなければ。
「奴らの尻を蹴り上げるしかないだろう」
裏社会にいるような連中など、金を積めばなんでもするような卑怯者どもだ。
何人潰れようとも、知ったことではない!
† † † †
次に入ったダンジョンも深度Eだった。
焼け森フィールド。
燃えた森の跡地だ。
しかも雨が降った後みたいで、濃い湿気と焦げた臭気が混ざり合って、いい空気じゃない。
「なんで深度Dに行くのはダメだったのさ?」
「一度や二度ダンジョンに入っただけで、経験を積んだと思われても困るんじゃないのかな?」
「慢心するなってこと?」
「わかっているならいいじゃない」
ムッとしていると笑われた。
でも、そうかもしれない。
スラーナの言っていることも間違いじゃない。
なぜだか強いモンスターと戦わされることが多いけれど、ダンジョンの経験そのものは多くない。
困ったことがあったらスラーナに聞くというのではダメなのかもしれない。
「自分で覚えろってこと?」
「あなたに座学は期待しない方がいいのかもしれないけど」
「ひどいなぁ」
「でも、そのために私がいるんでしょ?」
「たすかります。それなら、ここのことは知ってる?」
「焼け森と呼ばれている。見たままよ。出てくるのはアンデッドと呼ばれている種類」
アンデッド。
動く死体というモンスター。
多少の損壊はものともせずに襲いかかってくるので、注意が必要。
「しつこいそうだから気を付けましょう」
「わかった」
と、頷いたその時だった。
「きゃあああああっ!」
鋭い悲鳴が遠くから聞こえてきた。
二人で視線を交わして、声がした方向へ向かう。
「バーンドマン!」
真っ黒に焼けた人の形が蠢いている。
炭の肌の向こうにいまだ熱を孕んだいるような赤色がある。
「援護を!」
「待った、奥に一人いる」
「え?」
「俺一人で!」
複雑に絡み合う線の向こうに手応えの違う存在がいる。
それを残して刀を走らせる。
感触は脆いのだけれど、線が消えることがない。
線が消えないということは生きているということだ。
「しぶとい!」
全ての線を切る勢いで刀を振るうと、バーンドマンは崩れていった。
「大丈夫か?」
崩れたバーンドマンの向こうに、小さい女の子がいた。
こんな子が? と思ったけれど、それよりも心配の方が先に出た。
「あ、あ……」
「もう大丈夫よ。それより、どうしてここに?」
「わたし、ミウールの町に住んでるの。友達と遊んでいたら、急にポータルが出てきて、友達と一緒に……」
「ポータルが? そんなことがあるの?」
「聞いたことないけど、ないとも言い切れないわ」
「そうか」
そういうこともあるのかもしれない。
「あ、あの! 友達とはぐれて! お願い! たすけて!」
女の子にしがみつかれて、俺はスラーナを見た。