† † 副理事長† †
副理事長の花頭キヨヒラは苛立っていた。
息子のキヨアキが負傷した。
花頭家で初めての適性者。
怪我をさせたのは山梁タケルという生徒。
ジョン・タイタン教授が地上から連れてきた生徒だ。
かつての地上観測隊の生き残りの間で生まれ、地上にいるモンスターたちに育てられたという。
ただの珍獣だ。
腹立たしいのは、そんな珍獣が有能として持て囃され、息子のキヨアキが問題児として扱われていることだ。
キヨアキが問題児であることは、その父である自身の教育者としての適性を問われることとなる。
聖ハイト学園の副理事長として相応しいのかと。
実際、そんな陰口を囁かれる場面を目撃してしまった。
職員室近くのトイレ。
どうせここには近づかないとでも思っていたのだろう。
キヨヒラも普段なら自分の執務室に併設されたトイレを使う。
ただ、その時はどうしようもなく腹が痛くて駆け込んでいたのだ。
「花頭さんは、次の理事長選挙は無理かなぁ」
「ああ、キヨアキ君のあれはなぁ。ダンジョンの罠を利用して味方であるはずのクラスメートに危害を及ぼすなんて、適性者として重大な欠陥がある。息子のしたこととはいえ、その子を育てた親として、教育者として、な」
「次はジョン教授がいいな」
「あの人は現場にも理解があるからな。研究と政治が一緒にできる人だ」
「まぁ、次の理事長選挙がいつになるか、でもあるか」
「順当にいけば二年後か? だが、理事長の体調もな」
声が遠退いていくのを、キヨヒラは個室で息を潜めて待つしかなかった。
苛立たしげに出ていくこともできたかもしれないが、腹具合がそれを許してくれなかった。
おのれ!
おのれ!
おのれ、山梁タケル!
必ず、目に物見せてくれる!
そしてジョン・タイタン!
貴様も学園から追放してやる!
† † † †
「君、もう授業を受けなくていいよ」
「え?」
いきなりとんでもないことを担任のアニマ先生に言われた。
「ど、どういうことですか?」
「あなたが十分に強いからよ」
アニマ先生の言い分はこうだ。
適性者への教育はダンジョンのいまだ人類の開拓の手が届いていない深層を調査するための技能を身に付けさせることが主である。
俺は武器を使った戦闘技術もここで教える基準を達成しているし、術理力も身に付けた。
属性も発現した。
その属性は『超』
すごいけれど、ここには使い方を知る者がいないので、それの扱い方を教えることはできない。
「午前の基礎教養、それといくつかの座学は出席しておいた方がいいでしょうけれど、強制はしません。寮もこのまま住んでもらってかまいません」
「あの、それじゃあ、俺はなにをすれば?」
「ダンジョンに潜ればいいと思います」
アニマ先生に冷たく言われて、さてどうしたものかと思っていると、スラーナに背中を叩かれた。
「スラーナ?」
「さあ、行きましょう」
「え?」
「私もダンジョンに行けることになったから」
アニマ先生が言っていた用件を思い出してみると、スラーナはたしかに弓が上手いし、属性も見つけている。
でも、風なら教師の人に教えてもらえることもあるのでは?
「ダンジョンに潜れるようになったなら、そっちの方が実力が育ちやすいのよ」
「へぇ、なんで?」
「実戦だから?」
スラーナも首を傾げている。
どうやらよくわかっていないらしい。
「まぁ、私たちはダンジョンに潜って、色々と集めないといけないからね」
「集める?」
「……ねぇ、もっとちゃんと基礎教養の授業を受けよ?」
「あはははは」
呆れられてしまった。
ダンジョンに向かう。
研修なんかで使うある程度の安全が確保された場所ではなく、本当に危険な場所。
そう考えると緊張してしまうけれど、よく考えると村の外に偵察に行く時も同じようなものかと思いついてしまった。
深層へと向かうダンジョンへの移動は、学園内にあるポータル受付で申請すれば、そこへと運ばれる。
またポータルリフトを使うのかと思ったけれど、そんなことはなかった。
あれ、好きなんだけどな。
残念。
「はい、ではダンジョンへの挑戦は初めてなので深度Eから始めてください」
「深度?」
「攻略の完了具合を示す単位です。Eから始まりAに近づくほどモンスターなどが強く危険な場所を示しています。Sが最高ですが、これは攻略未着手を意味しています」
受付の人が親切に教えてくれた。
「こちら、腕に装備してくださいね」
そう言って、金属製の腕輪を渡された。
タッチセンサー部分がある。
「これは?」
「帰還ポータル発生装置です。ディアナにアクセスしてそちらの座標を特定して出現させます」
「おお!」
地上でジョン教授が使っていた奴だ。
「出現には時間が必要となりますので、余裕を持って使用してください」
「はい」
「それと、魔石は売却していただきますが、それ以外のドロップ品の扱いに関しては基本的に獲得者の自由となります。帰ってきた時に魔石はちゃんと提出してくださいね」
という風に受付の人に注意事項を説明された後で、俺たちはダンジョンに入った。
入った場所は古戦場と呼ばれている。
ゆるい坂の続く丘という雰囲気で、そこら中に黒く汚れた石の壁がある。
それらは建物の名残だったようで、丘の上には半壊した白っぽいものがあったりもするし、石の壁の影には鎧を着た骨があったり、地面に錆びた剣や槍が刺さっていたりする。
「戦場というけれど、こんなところで戦争をした記録はないのよ」
「へぇ、じゃあこれは、どこの戦場なんだろう?」
「私たちの知らない世界、なのかもね」
知らない景色を眺めるのは好きだ。
それがなにかの戦いの後だったとしても、そこでなにがあったのかと想像するのが楽しい。
あと、絵に残しておきたい景色がないものかとも思う。
地上に戻った時に村のみんなやクトラやタレアに見せてやりたい。
† † ????† †
古戦場のフィールドを初々しく眺めている二人組がいる。
こちらにとっては昔よく見た光景だ。
懐かしくはあるが、珍しくもない。
「で、あの二人がそうか?」
「そうだな」
「やだねぇ、若い才能を摘む仕事は、自分がくだらない人間になった気がする」
「だが、仕事だ」
「まぁな」
そんなことを仕事にしてしまった自分たちは、ずいぶんとつまらない存在なのだろう。
だが、どんなにつまらなくとも、生きている以上は生きるための活動をしなくてはならない。
「前金はたっぷりもらっている。やるぞ」
「ああ。青春を潰すのは気が重いね」
そんなことを呟きながら、足は止まらない。
そして、奴らの命が今日で終わりだということも、変わらない。