扉を押し開けると、そこは広い空間となっていた。
それ以上のことをたしかめるより早く……。
「「っ!」」
入った瞬間に背筋が凍った。
空気が冷たい?
いや、ダンジョンに入ってから、気温そのものは暑くもなく寒くもない。
ちょうどいい状態で維持されていて、それはいまでも変わっていない。
そのはずなのに、寒いと思っている。
なにが原因か?
広い空間にはそれひとつしかなかった。
中央に置かれた像。
その周りに突き刺さった複数の剣。
像は歪な人の形をしていた。
うつ伏せのような姿勢で背中た大きく膨らんでいる。
さらにその背中から、複数の蜘蛛のような腕が長く伸びていた。
その腕の数は、床に刺さっている剣と同じだ。
そう気づくのを待っていたわけではないだろうが、タイミングは揃った。
像が動き出した。
石みたいな硬い素材でできていそうだったのに、普通の生き物のように動いて剣を掴んだかと思うと、顔を上げてこちらを見た。
ニタリと笑った顔を模した仮面のようだ。
「こいつがなにかわかる?」
「いいえ、こんなの聞いたことない」
「そっか。スラーナ、絶対に近づいたらダメだ」
「う、うん」
遠距離からの弓攻撃が主体の彼女に接近させたらダメだと、本能みたいなものが訴えている。
俺は剣を抜き、近づいていく。
仮面が動き、俺の動きを追いかけてくる。
像……名前がないのはやりにくい。
とりあえず、守護像とでも名付けよう。
守護像は俺が近づいてくると、曲がった背を伸ばして俺を見た。
ちゃんと肩から普通の長さの腕が伸びていて、そこにも剣を握っている。
背中の腕が八本。
普通の腕が二本。
合わせて十本。
睨み合いの時間はわずか。
背中の八本の剣が一斉に動き、包囲するように突かれた。
なんとか寸前で避けていると、守護像の本体が接近してきて二本の方で襲いかかって来た。
「ええい!」
そちらを剣で受けてしまい、すぐに失敗を悟った。
背後から八本が襲いかかってくる。
二本の方の腕を片手で掴み、腰を落として守護像の股を抜ける。
思わぬ展開で背後に回り込めたが、立ち上がるより先に振り返った守護像が十本の剣を振るってくる。
転がりながら逃げ回り、立ち上がる。
それからも守護像の猛攻が続く。
「くっ!」
まずい状況だった。
オーガたちよりもはるかに動きが速い。
目で追えないわけではないけれど、有機的に連携してくる無数の剣というのは初めての体験だ。
ミコト様や大爺より強いというわけではないのだけれど、初めてということで慌てている。
うん、そうだ。慌てている。
このままの状態だとダメだ。
精神状態をもっと落ち着けて……って!
背中の腕が一本、別の動きをしている。
狙っているのは、スラーナだ。
「まずい!」
スラーナとは、守護像を挟んで反対の位置になってしまっている。
彼女も危険を察知しているが、反応できるか?
いや、それを期待するのではなく、俺にできることは……。
その瞬間、なにかが体を駆け抜けた。
荒れ狂い、そしてストンと一箇所に落ち着いた。
自分の中で激しく跳ね回り、収まるべきところにハマり込んだのを感じた。
そして、視界が一変する。
ここを斬ればいい。
「ここだぁ!」
それが見えた。
剣はただ空を薙いだだけだ。
だが、その一閃は飛翔し、守護像を脇をすり抜け、跳ね上がり、スラーナを狙っていた腕を斬り落とした。
これは、【飛燕斬】だ。
ミコト様が使っていて、いままでできなかった剣技ができた。
でも、いまはそれに驚いている暇はなくて……。
「見える」
空間一杯に線が満ちている。
ここを斬ればいい、ここを動けばいい。
全てが見えている。
ああくそっ。
こんなにも勝ち筋があったのに、慌てたばっかりに見えていなかったんだ。
見えてしまったということはそういうことなんだという喜びとともに、それによって自分の未熟がはっきりと教えられるというのは辛い。
だが、その無数の勝ち筋も時間の経過とともに変化していく。
もういい。
すぐに終わらせる。
† † スラーナ† †
守護像への戦いに向かったタケルは、最初、とてもやりにくそうだった。
そして、実際に分が悪そうだった。
あんなモノに一人で向かわせてしまう自分が不甲斐ないとは思う。
だから、なにかがしたかった。
矢は通りそうにないけれど、風の属性ならなにかできるかもしれない。
そう思って風の刃を背中に放ったのがいけなかった。
背中の腕の一本がスラーナに向かってきた。
属性を使うことに集中していたスラーナはすぐに動けなかった。
「あ、死ぬ」と、どこか突き放した気持ちで剣が近づいてくるのを見守っていると、その軌道がぶれて横を抜けていった。
腕が切られていたのだ。
「え? なに?」
驚きの声は、タケルと一緒にいて何度上げたかわからない。
だけどこれは、いままでとは違った。
タケルの動きがいままでとは完全に変化した。
とても早く、とても確実だった。
嵐のように激しく、しかし機械のように的確な動きで守護像を破壊していく。
守護像は抵抗することもできずに、その腕を一本ずつ飛ばしていき、そして最後に仮面のような顔を宙に舞わせた。
† † † †
「ふう……」
守護像が動かなくなり、視界の線が全て消えた。
「大丈夫?」
近づいてきたスラーナの体に線がまとわりついているのを見て、思わず目を閉じる。
あれ、目を閉じてもわかるぞ?
ああこれ、資格に頼ってないのか?
だけど、このままだと普段が困る。
なんとか解除しないと。
「ねぇ、ほんとに大丈夫」
目を閉じて頭を抱える俺に、スラーナの不審そうな声が投げられる。
「あ、大丈夫」
よし、線が消えた。
「俺、自分の属性がわかったかも」
線のことを説明すると、スラーナは難しそうな顔をした。
「すごい能力だけど、そんなの聞いたことない。先生方なら知ってるかも」
「そうだね。とにかく、これで帰れたらいいんだけど」
話していると守護像が倒れた辺りで光が生まれた。
なにかと目をやると、守護像が消えて、それが宙に浮いている。
一目でそれがなにかわかった。
「刀だ」
ミコト様との修行で使うのは木刀だし、地上で持ち歩いているのも刀だった。
こっちに来てから剣を使っていたんだけど……。
「あれは、あなたのよ」
スラーナにそう言われて、近づいて手に取る。
光が消えて、スッと手の中に入ってきた。
鞘から抜いて刃を眺める。
刃紋と刃の美しさに目が奪われた。
「うん、いいのが手に入った」
鞘に戻してとりあえず手に持っておく。
切れそうな刀が手に入った。