オーガは額に角のある大柄な人型モンスターだった。
複数のオーガが行手を遮っている。
その手には柄の長い斧のようなものを握っていて、殺意を放つ鋭い眼光が矢のように俺たちを刺していた。
大爺に雰囲気が似ているなと思った。
いやいや。
大爺の方が大きいし、強そうだし、大爺が赤銅色の肌なのに対して、このオーガはゴブリンと同じ緑色の肌だ。
違う違う。
ぜんぜん違う。
他人の空似ならぬ他種の空似に違いない。
だって、大爺には勝てる気がしないけど、このオーガには負ける気がしない。
「オーガはゴブリンとは違うわ! 気を付けて!」
「いや、大丈夫だよ」
スラーナの言葉に被せるように応えると、オーガの群れの中に飛び込む。
【流水斬り】
オーガの群れの中をすり抜けて行き、切り裂く。
抵抗す様子も、反応することもなく、オーガたちは倒れていった。
「ええ……」
大爺に似てるのに弱いなんてありえない。
こいつら嫌いだな。
「オーガってそんな簡単に倒せるモンスターじゃないわよ」
「そう?」
「そうよ」
「ううん」
言われて、剣を確かめる。
前にカイザーセンチピードと戦った時に使った剣と大きな違いはない。
ないけれど、前より斬れている気がする。
なにが変わったというわけではないはずだけど、なにかが変わっているみたいだ。
術理力がまた向上したかな?
それで身体能力が上がっている?
「あっ!」
スラーナが声をあげて駆け寄る、
オーガの死体が薄まり、消えていくところだったのだけれど、そこに何かが残っていた。
「それは?」
青い結晶体が転がっていた。
オーガ全てがなにかを残して消えている。
結晶体以外にも見たことのある形のものもあった。
「魔石。それにこれはドロップという現象よ」
ドロップ。
たしか授業でやっていた。
ダンジョンのモンスターはほぼ死体を残さない。
死体を残す方法はあるけれど、それをしないと残らないのだそうだ。
全て、消えてしまう。
ダンジョンに吸収されているという話だ。
だが、消えずに残ってしまう物がある。
それがドロップという現象。
ドロップされる物は魔石という、魔力の結晶体がなのだそうだ。
それだけでなく、別の物がドロップすることがある。
その中には武器や防具、魔法が込められた道具なんかもあったりするらしい。
「昔はゴブリンからでも魔石が出ていたらしいけど」
そう言いながらスラーナが魔石を拾うのを手伝う。
中には矢筒もあって、スラーナが補充できると喜んだ。
「落ち込んでいても仕方ないし、脱出できる方法を探しましょう」
「う、うん」
魔石を手に入れたからか、それとも矢の補充のできたからか、スラーナは前向きになれたようだ。
「まぁ、こうなったら楽しんだ方が楽かもね」
「そうそれ!」
俺の呟きにスラーナが勢いよく食いついた。
「魔石を大量に持ち帰ったら、キヨアキの奴、歯噛みして悔しがったりしないかな?」
「そ、そうかもね」
「ふふ、それは楽しみね」
スラーナが目をキラキラさせてそんなことを言うとは思わなかった。
それに……。
「……そういう考え方?」
ちょっと、驚きだった。
新解釈を見たというか。
地上の他の集落との付き合い方では、権力者には逆らわないのがお約束だった。
その方が交渉が楽だ。
ただ自分の村で余っている物を対価に、自分の村で足りない物をもらうだけの付き合いなのだから、集落の中のことに口を出す必要はないと思っていた。
悔しがらせるとか、やり返すとか……そんなことをやる時は、もう相手を滅ぼす時だと決めていた。
だけど、そうか……他人じゃない集団なら、やられっぱなしでいるのも悪いのかもしれない。
相手に対して自分の価値を示し、手を出しにくい存在だと認めさせることも必要なのかもしれない。
ていうかそれって、不通に他の集落との付き合い方の肝要な部分でもあるんだけど。
なんだけど……ああ、そういえば、クトラとタレアも知り合ってからずっと、やったりやられたりしている。
二人はオクトパシアとタイガリアンで、住んでいる集落も違うし、集落での考え方も違ったりしている。
だけど、二人の喧嘩はじゃれ合いぐらいで落ち着いている。
そういう付き合い方もあるし、そういう付き合い方にしてしまえばいいのかもしれない。
[その結論は、クトラとタレアに真顔で『いや違う』と言われるのだということを、残念ながらタケルは気づいていない]
「まだまだ未熟だなぁ」
「え?」
そう呟くと、スラーナに変な顔をされた。
「え? オーガをあんな風に斬れる人が未熟?」
スラーナが理解できない世界の真理を覗いたみたいな顔をした。
なんで?
「え? いや……そこじゃなかったんだけど、でも、まだ属性もはっきりしていないし」
「うん、そうかもしれないけど、でも、たぶん、あなたの属性は、きっともう発動していると思うな」
「ええ?」
意外なことを言われた。
「どこで?」
「私もこうだと説明できないけど、あなたのやってることってすごすぎるもの。きっと、見てすぐわかるものじゃないのよ」
「……わかるものがいいよ」
「あはは、さあ、そろそろ行きましょう。私たち、ご飯も持っていないのよ」
「そうだった」
あまり長く迷ってもいられない。
俺たちは迷宮をさらに進んだ。
出てくるオーガを薙ぎ払い進んでいく。
スラーナの風が道を示す。
彼女が敵の出現や接近を感知し、俺が倒す。
そういう役割が自然に出来上がり、進んでいき、そして一つの部屋に辿り着いた。
部屋の前には立派な両開きの扉がある。
「ここがゴールかな?」
「そうだと思う。というか、そうでないともう魔石を持てない」
「そだね」
倒したオーガの魔石を拾い続けたら、持ってきていた背負いバッグがパンパンになってしまった。
その重さにスラーナがグッタリしている。
魔石も放置していたら、時間経過で消えてしまうらしい。
なのでどこかに貯めておいて後で取りに行くとかできない。
持てない物は捨てていくしかない。
「そんなの、もったいない!」
泣きそうな顔でスラーナがそんなことを言うなんて、最初の頃からだと想像できない。
「それじゃあ、ここで終わりであることを願おう」
スラーナに苦笑を投げかけ、俺は扉を押し開けた。