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18 隠しエリア




† † キヨアキ† †



 ムカつく。

 ただ、ムカついていた。

 自分には権力がある。

 父は聖ハイト学園の副理事長。

 いまは理事長から選ばれただけの副理事長だが、副理事長になれたのだ。

 ならば次は理事長になる。

 父親がそう言っている。

 そして、父親がそうなるのだから、自分にも権力はある。

 そう信じている。

 だが、世の中には自分が信じていることを信じない愚か者がたくさんいる。

 それがムカつく。


 たかがクラス委員の分際で、なにかと偉そうにしてくるスラーナもムカつく。


 そしてタケルだ。

 学園の入学式にも間に合わないような僻地から来た田舎者。

 だが、田舎者なりに権力の匂いがわかるのか、最初はキヨアキに従っていた。

 かと思ったら、いきなりスラーナに従って自分に逆らった。


 許せない。

 だが、父親は変なことをするなと釘を刺してきた。

 理事長選挙までにおかしな事件を起こされては困るという。

 なにを馬鹿な。

 キヨアキが優秀なのは決まりきっている。

 なにしろ、我が家で初めての適性者なのだから。

 そして幼い頃から鍛えてきた。


 だからタケルなんかより、自分の方が優秀なのだ。

 ただ、それを見せる場面がなかっただけだ。

 その証拠にタケルよりも早く属性を見つけることができた。

 火の属性。

 キヨアキは、火の球が出せるなんてことだけで舞い上がるような愚か者ではない。

 使い方次第では、周囲の熱の分布を感じ取ることだってできる。

 他にも使い方はあるはずだ。


 それを見つけたのは、そんな熱を感じ取る能力のおかげだった。

 床に奇妙な熱源があったのだ。

 なにかと思って調べてみたら、落とし穴を発生させる仕掛け床だった。

 足元に発生していたら自分たちが落ちるところだった。


「ふう、あぶねぇな」


 浮かんだ冷や汗を拭いながら、自分たちの進む先に空いた穴を見ていて、ふと、考えが浮かんだ。

 仕掛け床から足を離すと、落とし穴が閉じる。

 踏めば、また開く。


「そうか」


 これを使えば、あいつらの無能が顕になるな。

 そう思ってキヨアキはニヤリと笑った。

 だが、キヨアキも気が付いていないことがあった。

 この落とし穴の底が見えていないことを。

 仕掛け床を踏んだままでは穴の底を見ることはできなかったし、仲間たちはそのことをキヨアキに教えなかった。

 この二人は、キヨアキ以上になにも考えてはいなかった。



† † † †



 落ちていく。

 キヨアキは罠だと言っていた。

 ダンジョンに罠があることは、授業の中で教えられていた。

 実際、ダンジョンを進んでいく中でいくつかの罠を発見して、避けて進んでいた。

 発動したのを見たのも、それを体験するのも今回が初めてだ。


「とはいえ、喜んでる場合じゃない」

「きゃああああ!」


 すぐ近くでスラーナが悲鳴を上げている。

 そして、この穴はかなり深いのではないか?

 上から差し込む光がなくなり、周りはなにも見えない。

 これだけ考えていて、それなのにいまだに地面に届いていないというのはやばいかもしれない。


「うまくいきますように」


 祈りながら、横を蹴ると手応えがあった。

 蹴った勢いで位置を調整し、スラーナをキャッチする。


「きゃっ!」

「集中したいからもう叫ぶのはやめよ?」

「え? え?」

「首にしがみ付いて、利き手を使いたい」

「う、うん」


 落下しながらこれだけ会話ができただけ、僥倖だ。

 俺は左手をスラーナの腰に回し、右手で剣を抜いた。

 スラーナをキャッチした時に、反対側の壁にぶつかったので、まだ、壁はすぐ近くにある。


 少し気合を入れて剣で壁を突いた。

 無事に突き刺さり、柄を握る手に激しい振動が襲いかかる。

 二人分の体重と落下の勢いがいま、剣身にかかっている。

 ただの鉄の棒ならともかく、切るために鍛えられた剣身がそんな負荷に耐えられるのか、俺にはわからない。


『折れてくれるなよ』


 とはいえ、いまの俺にはそう願うしかなかった。

 幸いにもその願いは届いたらしく、剣は折れることなく壁を削り続け、そして穴の底が見えたところで落下は止まった。

 そこにはダンジョンの通路を照らしていたものと同じ光がある。

 階層ごとにポータルを使って移動するのだから、物理的な意味で下の階があるのはおかしいのではないか?

 だとしたら、いま下に見えているのはどこなのだろう?


「なんとか、成功だ」

「あっあっ……」


 スラーナはショックで言葉もないみたいだ。


「下が見えてるから、降りるよ」


 そうする以外に選択肢もない。

 スラーナに声を掛けてから剣を壁から抜き、着地する。

 素早く辺りを見回してみたけれど、すぐになにかが襲ってくるようなことはなかった。

 次に剣をたしかめる。

 刃がかなりやられてしまっただろうなと思っていたのだけれど、そんなことはなかった。

 カイザーセンチピードの腹を切った時は、あんなに酷い状態になってしまったのに?

 ダンジョンの壁の方が柔らかいのかもしれないけれど、それにしても色々おかしいような?


「ここはどこ?」


 俺が首を傾げていると、スラーナがようやく我に帰ったようだ。


「さあ、わからない。落とし穴だから、真下の階なのかもしれないけど」

「ポータルで区分けされているダンジョンで下?」


 彼女も同じ疑問に辿り着いたようだ。


「そんなものがあるわけない」

「でも、実際に来たわけだし」

「そうよ。だから、もしかしたらここは、隠しエリアなのかも」

「隠しエリア?」


 そんな話、授業でしただろうか?


「知らないの?」

「え?」


 スラーナが睨んでくる。

 あれ?

 これは授業でした?

 いやいや、最近はちゃんと聞いていましたよ。

 絵を描いていたのなんて、授業のちょっとした合間で……そう、半分ぐらいしか。

 と、彼女の視線から逃げていると、「ふっ」と笑われた。


「嘘よ。授業でこんなこと言わない」

「ええ?」

「ダンジョン調査や攻略をしている人たちの間で、そういう噂があるみたいなの」


 兄から聞いたと、スラーナが教えてくれた。

 ダンジョンには、普通に歩き回っているだけでは決して見つけられない隠しエリアと呼ばれる空間が存在する。

 そこにはそのフロアのレベルでは相応ではない、質の高い宝物などが眠っていたりするという。


「もちろん、モンスターがいる場合は、それに応じて強くなっているそうなんだけど」

「お兄さんはそこに入ったことは?」

「噂レベルの話よ? あるわけないじゃない」

「そっか」

「それに、この辺りは授業で使うような場所なんだから調べ尽くしているわけだし」

「でも、ここにいる」

「きっと、この場所だって先生たちは知っているわよ」


 スラーナの言葉には願望が多分に混ざっていた。

 強いモンスターがいるなんて思いたくないし、教師が助けに来れないかもなんて思いたくないのだろう。

 本当に隠しエリアだった場合、教師たちにだって見つけられない場所に来たということになってしまうのだから。


 だけど、俺は別の可能性を考えていた。


「すごい宝物があるかもしれないってことだよね?」

「え? いや、隠しエリアだったらね。でも……」

「ここで待っていたって仕方ないんだから、探してみようよ」

「でも、助けが」

「キヨアキたちが、素直に救助を頼むと思う?」

「うっ……」


 自分たちのやったことの重大さに気付いたとして、キヨアキたちはどんな行動に出るだろう?

 少し考えればわかる。

 知らない振りだ。


「自分で生還する方法を探した方が早いと思うよ?」

「……そうかもしれないわね。うん、まさかここが本当に隠しエリアなはずがないものね」


 自分に言い聞かせるようにスラーナは何度もそうやって頷いてから、進むことを了承した。

 だけど、すぐにここがレベルの違う場所だということが判明した。

 出てきたモンスターがさっきまでとは明らかに違う、巨体だったからだ。


「オーガ!」


 スラーナが悲鳴とともにその名前を叫んだ。

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