実戦研修が失敗に終わったけれど、翌週には別の場所で行った。
みんな、良くも悪くも慎重にダンジョンを進み、モンスターと戦うという経験を得た。
ちなみに、今回の相手はコボルトだった。
犬の顔に鱗の肌を持つ人型のモンスターで、ゴブリンよりも動きが早かった。
「術理力の属性化についてだが、全員が必ずなんらかの属性を有していることは確かだが、それがなにかを解明する方法はない」
ある授業で教師がそんなことを言った。
「火や水などのわかりやすいものを発生させることができるものもいれば、見ただけではわからないものもある。自分は属性を発動させていないつもりで、実はすでに発動させていたという事例も多い。己の属性を見極めるのは時間のかかる行為だ」
術理力の授業の最初の方でも同じことを言っていたと思う。
ではなぜ、今になって教師が改めてこんなことを言っているかというと、属性が明らかになってきた生徒が増えてきたからだ。
教師も言っていた火や水や石を生み出したり、風を吹かしたりという現象が次々と起こっている。
スラーナも属性が判明した。
風だ。
キヨアキも火だと判明した。
そして俺は、いまだにわからない。
残念だ。
「はは、まだわからないのかよ」
キヨアキがそんな俺を嘲笑う。
前回のゴブリンの件以来、彼の俺への態度もスラーナと同じになった。
困ったものだとは思うけれど、権力的なものを振るわれたわけではない。
スラーナが時々文句を言ってくれているが、そうすると逆にキヨアキはムキになって俺に文句を言ってきているような気がする。
「気にしないほうがいいよ」
と慰めてくれる人もいる。
前回、スラーナが助けにいった五人組たちだ。
クラスメートだったのだけれど、あれ以来、頻繁に話しかけてくれるようになった。
「副理事長の息子っていってもなにができるわけでもないからな」
「あいつ嫌〜い」
クラス内でのキヨアキの好感度はひたすらに下がり続け、彼のクラスで孤立していくことになる。
そうなっていることはわかっているはずなのに、キヨアキの態度は変わらないし、彼に付いて回っている二人も離れようとはしない。
周りから嫌われれば嫌われるほど、三人は結託していくように見えた。
あまり良くない兆候かもと思ったけれど、それで俺になにかできるわけでもない。
そんなことより、自分の属性がなにかを見極めたいという想いの方が強かったのもある。
「自分の属性がなにかを見極めるために必要なのは、最終的には戦闘となる」
なぜなら君たちは適性者なのだからと、教師は言った。
あの日から、授業にダンジョン実習が追加されるようになった。
ダンジョン体験で使われる場所も決まっている。
迷路状のダンジョンだ。
前回のように広くないので、一緒に組む人数も少人数になる。
ダンジョンは一定の周期で内部の形を変えてしまうらしい。
そんな迷路の、次のフロアに行くポータルに到着するのが授業内容だ。
次のフロアのポータルは改造されていて、教師たちの待つ場所に戻るようになっている。
俺はスラーナと組んだ。
前に助けた五人も含めて、何人かに誘われたけれどスラーナがそれを断っていた。
「誰もあなたの動きに付いていけないもの」
どうやら俺の術理力による身体能力の向上は、かなりにものらしい。
ゴブリンと戦っていた頃は、戦闘経験の差ぐらいに思っていたのだけど、もしかしたら違うのかもしれない。
「もしかして、俺の属性って肉体強化?」
「その可能性は否定しないけど、純粋に肉体強化のみの人はまだいなかったと思うわよ」
「そっか」
それはそれでいいような気もするけれど、できればミコト様が授けてくれた剣術は全て使えるようになりたい。
ダンジョンに出てくるモンスターは、生徒用の初心者向けという感じだった。
ゴブリンにコボルト、ジャイアントバットやダンジョンウルフなどだった。
遠くにいる間はスラーナが弓で片付け、接近したら俺が倒すという連携で先に進んでいく。
「曲がり角の先、モンスターがいる」
スラーナが呟く。
彼女の属性は風だ。
ただ風を起こすだけじゃなくて、風に含まれた情報を読み取ることができるのだという。
その範囲はまだ狭いけれど、曲がり角に潜んだモンスターを察知するぐらいのことはできるのだそうだ。
そして、できることはそれだけじゃない。
足を止めた俺は弓を構えたスラーナを見る。
その矢の向く先は壁だ。
放たれれば、矢は壁に刺さるか弾かれるだけだ。
普通なら。
風の属性を纏った矢は、弓から放たれると角を曲がり、そこに潜んでいたゴブリンの一体に突き刺さった。
「ギャッ!」と聞こえてきた悲鳴とともに俺も動く。
曲がり角を曲がると、それが見えた。
奇襲しようとしていたゴブリンの一体が倒れ、それに驚いて浮き足立っている。
そんなゴブリンたちの残りを剣で薙ぎ払う。
ゴブリンの死体は、時間が経つと消えてしまう。
死体は魔力として分解されているのだそうだ。
気を付けなければ、人間の死体もそうなってしまうと言われている。
ただ、俺たちの制服にはそうなりにくいようにできている。
適性者用の制服は、それ以外に戦闘に耐えうるように素材から吟味され、様々な処理が施されているのだそうだ。
「先が見えるってすごいよね」
「まぁね。でも、慣れてないからかまだ疲れるわね」
「でも、使っていけば能力が強化されるらしいんだから、がんばらないと」
「わかってる」
スラーナの声は少し苛立っているように感じた。
「休憩する?」
「さっき、がんばれって言わなかった?」
「がんばると無理するは違うよ」
「……ごめん、そうさせてもらう」
スラーナは壁に背中を預けると水筒の中身を口に含んだ。
座り込んだりはしないみたいだ。
俺も反対の壁に背中を預け、体内の術理力を練ってみる。
最初は不可思議な感触だったけれど、いまはもう慣れた。
ただ垂れ流すだけだと気体のようにあやふやなのだけれど、体内の循環路を経て濃度を上げると粘りが生まれる。
それを体に纏わせると、力が湧いてきたり、目や反射神経、体の動きが良くなったりする。
ここから先に属性があるらしいけれど……まだわからない。
「なんだ? こんなところでチンタラしてるのか?」
術理力を練っていると、キヨアキたち三人が後からやってきた。
そして、スラーナを見て「はっ」と笑った。
「なんだよ、もう疲れたのか?」
「それがなにか?」
ムッとした様子でスラーナが言い返す。
「だらしねぇなぁ」
「あなたたちとは使い方が違うのよ」
「ああ⁉︎」
「うるさいわね。いいから先に行きなさいよ。私がどうなっていようと、あなたには関係ないでしょ」
「ぐぐぐ……チッ!」
盛大に舌打ちを吐き、最後に俺を睨んでキヨアキたちは先に進む。
「キヨアキって、なにがしたいんだろう?」
時間を置いてからそう呟いた。
「知らないわよ」
そう呟いて、スラーナは立ち上がった。
「さて、もう大丈夫。そろそろ行きましょう」
「そうだね」
あまり近い距離で他に人がいると、彼らがモンスターを倒してしまい、俺たちが戦えないということがある。
だけど、この迷路状の空間ではモンスターは比較的すぐに発生して、全滅とか枯れるとかいう状態からは程遠い。
その間隔も、もう俺たちは掴んでいる。
だから、それなりに時間をかけて待ったつもりだった。
それなのに、少し歩いたらキヨアキたちがいた。
さっきとは立場が逆転したように、彼らは壁に背中を預けている。
「……なにしてるの?」
「休んでんだよ。見てわからないか?」
「ふうん」
なにか嫌味でも言い返すのかと思ったけれど、スラーナはなにも言わなかった。
興味なさそうに呟きは、彼らを相手にしていないというポーズなのだと思う。
だけど、壁に並んで立つ彼らから、なるべく離れた場所を歩くぐらいには警戒している。
スラーナの前を歩く俺だけれど、なるべくその間に立つような位置を選んでいた。
「おい」
と、キヨアキが俺に声をかけた。
「調子に乗るなよ」
「そんなことにはならないよ」
「なに?」
「俺より強い人を知っているし」
ミコト様に比べれば、俺なんてまだまだだ。
あの方を別格にしたとしても、地上にはまだまだ強い存在がいる。
術理力を手に入れることで、彼らに勝てるようになれたらいいな。
「ふん、そうかい!」
俺たちは足を止めなかった。
だから、キヨアキがそう叫んだ時、俺たちはすでに彼らの前を通り過ぎていた。
ガコン、と……声とともに音が響き、足下の感触が消えた。
落とし穴?
「このダンジョンには、罠もあるんだぜ!」
そう言って笑うキヨアキの声が最後に聞こえ、俺たちは落下感に支配された。