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16 脱出



 カイザーセンチピードは顎下から腹を長く切られて苦しんでいる様子だ。

 俺を見ている様子もないので、このまま逃げることにする。

 一応、周りに誰もいないことを再確認。

 仕掛ける前にも確認したんだけど、あれから移動してきているかもしれないし。


 うん、いない。


 よし、帰ろう。

 ダッシュでポータルに向かうと教師たちに混じってスラーナがいた。


「よかった」


 俺が戻ってきたのを見て、ほっとした顔をした。

 心配かけたみたいだ。


「カイザーセンチピードは⁉︎」

「倒せてません。傷は与えたからしばらくは動かないと思いますけど、怒ってこっちに来るかもしれません」

「傷を⁉︎」


 そのことに驚かれた。

 なんで?

 討伐不可能種だから、倒せないんだろうけど、傷ぐらいは与えられるよね?


「い、いやっ! そのことはいまはいい!」


 しばらく動揺していたようだけれど、教師たちは我に帰った様子で俺たちを見た。


「カイザーセンチピードが生きているなら、この場は危険だ。すぐに脱出する」

「逃げ遅れた人は?」

「君が最後だ」

「よかった」


 役に立てたようでほっとする。


「さあ、行きましょう」

「うん」


 スラーナに促され、俺たちはポータルを潜った。



† †教師たち † †



 タケルとスラーナがポータルを潜っても、教師たちはすぐにその後を追うことはなかった。

 毎年、新入生の適性者たちの実戦研修に使っていた平原を見る。

 あちこちに起きていた地割れは、すでに修復の兆しを見せ始めていた。

 ダンジョンの地形とはそういうものだ。

 どれだけ壊れようとも、すぐに元の状態に戻ろうとする。

 その状態に手をつけ、人工物を維持するように改変するために、人類は長い苦労を強いられた。


 だが、いまはそれより……。


「カイザーセンチピードに傷? 冗談だろう?」

「深層調査隊がようやく追い払えるぐらいなのが、討伐不可能種なんだぞ?」

「大言壮語なんじゃないか?」


 彼ら教師陣はタケルの情報を共有している。

 未だ人類が取り戻せていない地上で暮らしていた人間。

 その出自は。彼が形見だと言っていた保護服と、ここに来た時に行った検査にDNA鑑定があったのではっきりしている。

 彼は十数年前に帰還しなかった地上観測隊の隊長と、隊に所属していた女性との間に生まれた子供であることは証明されている。

 歴とした人間だ。

 だから、地上のモンスターが人間の姿に擬態しているということはない。

 普通の人間であるなら、子供が討伐不可能種を相手にするなど不可能であるという結論になるべきなのだ。

 だが……。


「傷を与えたかどうかの証明は不可能かもしれない」


 教師たちだって、それを確認しに向かう度胸はない。


「だが、討伐不能種を相手に囮行為を行い、成功させて戻ってきたことは事実だ。それだけでも、十分な偉業だな」

「そう、だな」

「末恐ろしい話だ」

「いや、我々にとっては、輝かしい未来の訪れを期待できるのではないか?」



† † † †



 後日、ジョン教授が過去の資料を漁った結果、重大な事実が判明したとして、学園全体に説明してくれた。

 どうやら五十年ほど前にもあの階層でゴブリンの大量発生が起こり、その後に討伐不可能種と思われる巨大モンスターが出現したことがあるらしい。

 その頃は新米の実戦研修は行われておらず、それを目撃したダンジョン攻略隊がそれを目撃しただけだったらしい。

 巨大モンスターは大量発生したゴブリンを捕食すると、満足して去っていったそうだ。


 ダンジョンに存在するモンスターは、ダンジョンというシステムに組み込まれた機械と、生物的な側面を兼ね備えている。

 ゴブリンが自ら繁殖するということが生物的であるし、かといって全滅するまで追い込んでも、いつの間に元の場所に存在するような、システムによって発生させられていると見られる部分もある。


 今回のことは、そのシステムと生物的な間で起こる不具合を調整するためのダンジョン側の措置なのではないか? ということだそうだ。


 その証拠に、後日、派遣された調査隊が見たのは、いつも通りのゴブリンだけがいる平原だったそうだ。

 カイザーセンチピードは影も形もなかったそうだ。


「ダンジョンって不思議だなぁ」


 俺としてはそういう感想になるしかない。


「そう、不思議だろう」


 ジョン教授は俺の感想にニコニコと頷いた。

 今日は久しぶりにジョン教授と会っている。

 夕食時だ。

 いつもなら寮で夕食を摂っている時間なのだけれど、ジョン教授の案内で学園の外にある街のレストランで食事をすることになった。

 学園や寮の食堂とはなにか違う雰囲気に、ちょっと緊張している。


「そうなんだ、ダンジョンは不思議なんだ」


 カイザーセンチピードのことを改めて質問されて、それに答えてから学園で発表されたことでわからなかった部分を質問していたりしていたのだけど、結論はそれだった。

 正直、ジョン教授の話していたことのほとんどが理解できなかったんだけど、不思議だということはわかった。


 そして、その感想にジョン教授は嬉しそうにしている。


「地上にはダンジョンのようなものはなかったのかい?」

「俺の知る限りではないですよ」


 いるのは、ダンジョンでは見ないようなモンスターばかりだ。

 授業で教えられたりするモンスターのどれも地上では見たことがない。


「それもまた不思議な話だね」

「そうですね」


 そういえばと、俺は話題を変えることにした。

 このままだとジョン教授の興味を満たすばかりの時間になってしまう。

 恩返しとしてはそれでもいいのだけれど、気になることもあるのでそれを解消したい。


 花頭キヨアキのことだ。

 あの日以来、俺やスラーナに対して敵対心を隠そうとしない。

 そのことで教室の空気は悪くなってしまっている。

 スラーナは気にした様子を見せていないけれど、状況の改善のためになにか行動している様子もない。

 教師も気づいているはずなのに、注意するにとどめているような雰囲気がある。

 やはり副理事長という地位は権力があるのではないか。

 そのことを大人から聞いてみたかった。


「花頭さんの息子か、困ったものだね」


 俺の話を聞いて、ジョン教授は顔をしかめた。


「だが、スラーナ・イルシの兄を副理事長の権限ですぐに退職させるというのは、難しいだろうね」

「そうなんですか」


 そのことにほっとした。


「ただ、彼がなにか大きなミスをした場合はそうもいかないのだけれど、彼は優秀だし、地上観測での仕事以外での彼はダンジョン調査の護衛が主だからね。副理事長の動きを気にする必要もない。なにより、私的な理由で有能な人材を放出してしまうようであれば、次の理事長選挙で彼が出てくる目そのものがなくなる」

「ええと、つまり?」

「心配する必要はないよ。ただ、その彼の態度をすぐに改めさせるというのも難しいのだけれど」

「ああう」


 それはそれで困る。


「まだ子供だからね。とはいえ、なにか決定的なことがあったなら、ちゃんと報告して欲しい。その時にはできるだけのことをしよう」

「決定的なこと、というのは?」


 例えばどんなことなのだろう?

 タケルはそういうことさえもわからない。


「そうだね。犯罪を犯すというか、彼は適性者だからね。戦闘や訓練以外で誰かを傷つけるとか」

「わかりました」


 俺はともかく、スラーナが心配だ。

 しばらくはキヨアキの動向に気をつけるとしよう。





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