「どうしよう」
スラーナの声は震えている。
逃げようとしていたキヨアキたちも盆地の底で足を止めている。
ゴブリンの数は増えていくばかりで、減る様子はない。
「待ち構えられていたね」
「バカな! そんなことがあるものか!」
俺の言葉に、キヨアキが怒鳴った。
「ダンジョンのモンスターにそんな知恵はない!」
「そうね。ここまでの集団でなにかをするなんて、ありえないはずよ」
スラーナまでも否定するということは、違うのか。
なら、この大群は?
訓練で選ばれる場所にこんな状況を選ぶような人たちとは思えなかったので、事故だと思うのだけれど。
「ゴブリンの大繁殖が起きたとしか思えないわ」
「くそっ、こんなタイミングで!」
キヨアキが忌々しげに吐き捨てる。
二人がそう言うなら、そういうことなのだろう。
俺には判断材料が足りなさすぎるし。
それよりも。
「逃げるんなら後ろだ」
「え?」
「包囲されたとしても、あっちは俺たちが来た方向。回り込んでいる数は少ないはず」
その分、包囲の突破もしやすいはずだ。
「そ、そうね」
「キヨアキ、そっちにそのまま突っ込むんだ」
「う、うるさい! 俺に指図するな!」
俺の言葉にキヨアキは言い返して動かない。
「行くならお前が行け!」
「わかった!」
ここで言い合いをしていても仕方がない。
俺が先頭を切り、元来た道を駆け上がっていく。
「ギョッ」
「ギャッ」
ゴブリンはやはり短音の叫びをあげ、拙い武器で襲いかかってくる。
するりと避けて剣を滑らせていく。
術理力による肉体強化のおかげもあって、俺自身の運動速度に合わせて剣を添えるだけで相手は切れてしまう。
うん、便利だ。
「ほら、挟まれる前に走って!」
盆地の上にはすぐに辿り着いた。
予想通り、ゴブリンの数はそれほどじゃないので、すぐに片付ける。
だけど、俺たちを追いかけて、ゴブリンたちが動いている。
そして、盆地から脱出してみてわかるけれど、そこら中にゴブリンがいる。
「な、なにこれ?」
「嘘だろ」
遅れてやってきたスラーナやキヨアキたちが、平原の状況を見て唖然としている。
「とにかくポータルまで戻るしかないけど、モンスターは追いかけてきたりしないのかな?」
「大丈夫だと思う」
「思う?」
「モンスターのポータル使用は、昔の地上侵攻の時以外は目撃されていないから」
「わかった。ともあれ、逃げるしかないか。キヨアキもそれでいい?」
「ああ」
俺は元来た道の方向をを確認する。
幸いにもその辺りのモンスターの密度は薄い。
走り抜けることができるかもしれないし、戦ったとしてもそこまで数が多くなることはないだろう。
それにポータルに近づけば教師が助けてくれる可能性もある。
「逃げるときはひたすら走る。それが一番だ」
「そうね、急ぎましょう」
こんなことを話している間にもゴブリンがどんどん近づいてきている。
「よし、行くぞ!」
叫んだキヨアキとその仲間たちが走り出す。
俺は殿をするつもりで、スラーナが走り出すのを待っていた。
だけど、彼女はいつまで経っても走らない。
「スラーナ?」
「待って!」
彼女はなにか、耳を澄ませてなにかの音を拾おうとしている。
「誰かが助けを……近い。あっち!」
「そんなのに構うな!」
スラーナが行こうとしたところで、キヨアキが叫んだ。
そのまま俺たちを放置して走っているのかと思ったら、足を止めて俺たちを見ている。
「大事なのは俺だ! タケル! 俺を守れ!」
キヨアキの言葉に、スラーナが「信じられない」と呟く。
「どこかで同じ学校の仲間が苦しんでいるのよ!」
「そんな奴より俺だ! この中で一番偉いのは俺だぞ! 俺を守るのが一番だろう!」
「なによ副理事長の息子だからって! あなたが偉いんじゃなくて、副理事長を指名した理事長が偉いんであって、あなたが偉いわけじゃないじゃない!」
「なっ! お前!」
「兄さんをクビにできるんならすればいいじゃない! そのときは、理事長に訴えてやるんだから!」
「ぐっ……勝手にしろ!」
「ええ、勝手にするわよ! 仲間の危機も救えないなんて、そんなヘタレに誰が付いていくものですか!」
「ぐぐぐ……タケルっ!」
二人が言い合っている間もゴブリンが襲いかかっているので、俺はそいつらを撃退していた。
「なに?」
「お前は来るよな?」
「え?」
「お前は来い!」
質問から命令に変わった。
どうしたものかなと思った。
……二人の会話もちゃんと聞いていたわけで。
「ごめん、スラーナに付いていくよ」
「なに⁉︎」
「キヨアキならここからポータルまで行けるよ。がんばって!」
「お前っ!」
「こっちのサポートは任せて! キヨアキは先生たちに危険を知らせる! 役割分担だ!」
「ぐっ……わかった!」
納得してくれたようで、キヨアキは割とあっさりと了解してくれた。
ゴブリンが彼らのところにまで迫っていたのも理由だろうけど。
「タケル? なんで?」
「救助するなら急いだほうがいいと思うよ」
「う、うん!」
聞きたいことがある顔だったけれど、今はそれより動くことだ。
スラーナは納得し、彼女の耳が捉えた方向へと走った。