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12 実習




 二ヶ月ほどが過ぎた。

 1AーEのクラスメート全てが術理力を感知できるようになり、循環路の構築に成功した。

 ここからは自分の生み出せた術理力の適性をみることが重要になってくる。

 自身の体から発生する術理力を測定すればある程度はわかるそうなのだけれど、それだけでは測れない部分もあるらしい。


 で、それをどうやって見抜くかというと。


「今日はダンジョン実習だ」


 体育教師が宣言する。

 他の1A……戦闘適性のある一年生が集合している。

 だいたい百人ぐらいかな。

 そろそろ人がたくさんいるのに慣れてきたけれど、それでも勢揃いされているとなんかすごいと思ってしまう。


 先生は体育教師だけでない。

 アニマ先生もいるので、各クラスの担任と、たぶん他の体育教師もいるのだと思う。

 術理力は戦いに使う技。

 だから、己の術理力の最適解を見つける最短距離は、やはり戦闘、なのだそうだ。


「この辺りは未開発地区だ。昔のダンジョンの名残が残っている。出入りするポータルはこれだけだ。他のポータルを見つけたとしても迂闊に入るなよ。戻れなくなるぞ」


 体育教師の注意事項が続いているけれど、みんなそわそわしている。

 手にしている武器はいつもの授業で使っている偽物ではなく本物だし、初めての実戦だ。

 仲間とだけの単独行動も楽しみという感じになっている。


「事前調査で、出てくるモンスターはゴブリンなどの低級なものばかりであると判明しているが、なにが起こるかわからないのがダンジョンだ。また低級であるからと舐めてかかれば痛い目にあう。怪我をしたくなければ慎重に行動するように」


 体育教師の注意が終わり、次に順番でダンジョンに入っていくことになる。

 1AーAからということになっているので、俺たちはまだ後だ。

 中で行動するチームは事前に時間をとって決めている。

 俺はスラーナと、花頭キヨアキとその取り巻き三人というチームになってしまった。

 最初の遭遇以来、なぜかキヨアキに気に入られてしまい、練習に付き合わされてしまっている。


「あなたが甘やかすからよ」


 スラーナが小声で俺を責める。

 とはいえ、こちらとしては権力者を敵に回すような行為はしたくない。

 キヨアキが察しの悪い自信家だったとしても、わざわざ敵対する理由もない。


「スラーナはキヨアキが嫌い?」

「彼を好きな人間は、みんな性格悪いわよ」


 その反応を聞く限り、彼に接近しすぎるのも危険な気がする。

 するのだけれど、こちらが付かず離れずぐらいの関係にしたいのに、彼の方が接近してくるのだから仕方がない。

 困ったものだね。


「おい、そろそろ行くぞ」


 キヨアキに呼ばれたので、そちらに向かう。

 振り向きざまにスラーナに肘打ちをくらった。

 痛い。

 なにか納得できない気分でポータルを抜けた。


 ポータルを抜けた先にあったのは平原のような場所だった。

 背の低い草がずうっと続いている。

『平』原と言っているけれど起伏はあちこちにあって、見えない部分が多い。

 すでに先に行った他のクラスの一年たちもほとんど見えない。

 みんな、モンスターを求めて先へと進んでいるのだろう。


「戻る時はこの煙を目印にするように!」


 ポータルを抜けてすぐのところに先生がいて、そう叫んでいる。

 すぐそばには色付きの煙が空高く昇っている。

 色は赤だ。

 青い空によく目立つその色を確認してから、先を行くキヨアキたちを追いかける。


「ゴブリンか、楽勝だな」

「楽勝ですよ」

「そうそう」


 キヨアキが取り巻きたちと話している。

 油断だらけだけれど、大丈夫だろうか。


「花頭君、油断はしないようにと言われているでしょう?」


 考えていたらスラーナが口にした。


「なに?」

「そんな態度だと、倒せる相手にだってやられてしまうわ」

「お前になにがわかる!」


 キヨアキがカッとなったようで怒鳴り返してきた。

 おお、すぐ怒るな。


「私じゃなくて、先生の言葉でしょ!」

「はんっ! 言われたことしかできないなら、オレの命令を聞いてるんだな」

「なによ!」

「お前の兄貴、父さんに頼んでクビにすることだってできるんだぞ」

「なっ⁉︎」

「どうするんだ?」

「……はぁ、もう勝手にしなさいよ」

「ハッ! 最初から逆らうな! タケル! お前もこっちに来い」

「俺は、後ろを警戒しているよ」

「ああ、それがお似合いかもな!」


 キヨアキはそう吐き捨てると、俺たちを放って先を行く。


「ほら、だから権力者は怖いんだって」

「なんで、あなたの方がわかってる顔してるわけ?」


 言外に、人間社会を知らないのにと言われているのがわかった。

 でも、こういうのにモンスターも人間もない気がすると俺は思う。

 だって、ジョン教授も最初に俺を、この学校の権力者たちに紹介していたからね。


「村の外を偵察するときにね」


 と、自分の村以外の場所と交流するときのコツを、実体験を交えて話した。

 ウルフェアという種族と交渉したときの話がわかりやすいかな。

 上下関係の厳しい種族で、上の決定には絶対に逆らわない。下のモンスターとした約束なんて、長の気分で簡単に覆る。

 それが当たり前だから、下のモンスターたちは不満にも思わない。

 そして、けっこう頻繁に長が入れ替わったりするから、それをちゃんと把握していないと大変なことになる。

 何回、うちの村との交易の約束がひっくり返されたか。


「そういう経験があるんだ」

「そうそう」


 だから、集団の権力者と喧嘩をするのは良くないんだ。

 そう締めくくると、スラーナは不満げな顔をした。

 彼女は彼女で、先生の言葉を忠実に守ろうとしているだけなので、悪くはないと思う。


「いたぞ!」


 結局、最初にゴブリンを見つけたのはキヨアキたちだった。

 こちらが低地に入ったところで、進行方向からゴブリンが顔を出してきたのだ。

 ゴブリンは、学校で説明されたように緑色の肌をした背の低い種族だった。

 二足歩行だけれど、頭髪はなく、硬そうな毛がポツポツと生えているみたいだ。


「初めて見た」

「え?」


 剣を抜きながら呟くと、スラーナが驚いた顔で俺を見た。


「嘘っ!」

「嘘じゃないよ。あんなの地上で見たことない」

「繁殖力が異常に高くて、根絶は不可能とまで言われているモンスターなのよ。地上にいたっておかしくないわ」

「でも、いないよ」


 信じられないようだけれど、俺が見た限りでゴブリンを見たことはない。

 向こうから現れたゴブリンは三体だ。

 手には石製の斧みたいなものを持っている。

「ギャッ」とか「ギョッ」とか短音でやり取りしながらこっちに襲いかかってきた。

 こっちは五人いるのに、三体で襲ってくる?


「はっ! 死ねよ!」


 首を傾げている間にキヨアキが動き、先頭にいたゴブリンを一閃で切り捨てた。

 術理力はいろんな属性があるけれど、共通している部分として使用者の肉体を強化するという特性がある。

 ただでさえ運動能力の高い戦闘適性者が、術理力で強化した剣撃だ。

 ゴブリンの体は下から上に簡単に裂けてしまった。


「ギャッ!」

「ギャギャッ!」


 その様子に残った二体が慌てる。


「よっしゃ!」

「もらい!」


 キヨアキの取り巻き二人がそれぞれの武器でゴブリンに攻撃を仕掛けたが、片方が死ななかった。


「グギッグギィィッ」


 痛みを堪えながら逃げようとしている。


「お前、仕留めろよな」

「うるせぇよ」

「さっさと追いかけるぞ!」


 キヨアキらが逃げるゴブリンを追って斜面を駆け上がる。

 すぐに追いついて、トドメを刺した。

 俺たちはその後をゆっくりと追いかける。

 スラーナは少し不満そうだ。

 自分の注意が杞憂に終わったことが気に入らないのかもしれないし、そもそもキヨアキが嫌いというのもあるのかもしれない。


 そんなスラーナの気持ちを汲んでくれたわけではないと思うけれど……。


「げっ!」


 キヨアキらがそう叫び、そして一転して方向転換、瞬く間に俺たちの横を駆け抜けていった。


「え? なに?」

「武器を」


 状況に戸惑っているスラーナに声をかけ、俺は斜面の先を睨んだ。

 すぐに、その答えは出てくる。

 ひょこりひょこりと、ゴブリンが顔を出す。

 次々と、次々と。

 顔を出す数が止まらない。


「向こう側に集団がいたみたいだ」

「そんなっ!」

「ひえっ!」


 スラーナの悲鳴に、逃げたキヨアキらのそれが重なった。

 なにかと思って振り返れば……盆地を囲むようにずらりとゴブリンたちがいる。

 俺たちは、いつの間にか囲まれていた。





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