俺が連れて行かれたのは1AーEという札がある教室だった。
1の後ろについているAというのは『戦闘適性あり』を意味する区分けだそうだ。
つまりこれは『戦闘適性ありの一年生のEクラス』という意味だそうだ。
戦闘適性の有無で分ける必要があるのだろうかと思って質問してみた。
昔は一緒にしていたそうだが、授業の一部が別になるのが授業スケジュール的に煩雑になるので、分けることにしたのだそうだ。
よくわからなかったが、人がたくさんいると色々と大変なんだなということはわかった。
1AーEの教室には二十人分の机とイスがあり、その一つが空いていた。
「中途入学生です。自己紹介してください」
「山梁タケルです!」
淡々としたアニマさん……先生と呼べと言われたのでアニマ先生と呼ぶ……アニマ先生に言われて、名乗る。
教授とはなにかを説明された後で、ジョンさんのこともジョン教授と呼ぶようにと言われたので、それにも従う。
「声でっか」
一番前の席の人に言われ、それからくすくす笑いが教室に伝播していった。
「ジョンさ……ジョン教授に紹介されてここに来ました。よろしく!」
負けずに声量はそのままで続ける。
一応、俺の出身地は秘密にしておくようにと昨日の内に言われていた。
なので、俺の出身地はジョン教授と同じになっている。
「入院してたので入学が遅れました! いまは元気です!」
詳しい病名はまた後で考えると言われたので、入院していたということだけが決まった。
入院って、色々検査したあの建物のことだよね?
怖いな。
なにをされるんだろう?
「彼は特殊な事情で世間知らずなところがあります。スラーナさん」
「はい」
「彼のフォローをよろしくね」
「……わかりました」
スラーナと呼ばれて立ち上がったのは、薄い金髪の……たぶん女性だ。
声が高いし、スカートだし、胸があるし?
正直、男女の境がよくわからない。
俺以外の人間に会ったことがなかったのだ。顔の区別もよくできない。
見慣れないモンスター種族に遭遇すると、個別の見分け方が難しいのと同じだと思う。
「じゃあ、山梁くんはあの空いている席に座って」
「はい」
「では、朝の連絡を済ませます」
空いている席に座る。
アニマ先生の連絡というのは、聞くだけではよくわからなかったけれど、彼女は言いたいことだけを言うと、すぐに終わって教室を出ていった。
さて、これからどうしたらいいんだろうと思っていると、さっきの薄い金髪の女性が近づいてきた。
「スラーナ・イルシよ。よろしく」
「山梁タケルだよ。これからどうすればいいのかな?」
「教科書の個人登録はした?」
「なにそれ?」
その瞬間、彼女はとても大きくため息を吐いた。
「あの人、分かりやすすぎ」
「え?」
「なんでもない」
俺が尋ねると、すぐに顔色を変えた。
どうやら俺に向けたものではなかったようだ。
なら、気にしない方がいいのだろう。
「いいわ。机の中にタブレットがあるでしょ?」
「タブレット?」
机の中を探るとなにか、板みたいなものがある。
取り出すと、折りたたみ式になっていて、内側がガラスのようになっていた。
ガラス面を触ると、光って何かが表示された。
「それ。まずは個人登録して」
全くわからなかったけれど、スラーナはそんな俺に根気よく教えてくれた。
胸にある名札のクラス名と名前、それから指紋と顔の認証を登録した。
「これで登録は終了。教科書はこの中に全部入っているし、ノートの内容は学校の共有サーバーに保管されて、他のタブレットから確認できるわ。あなた、寮生? それなら寮の部屋にも同じものがあるはずよ。このタブレットは教室から外に出さないようにね」
スラスラと説明してくれる。
全部を覚えられたわけではないけれど、個人登録というのはとても大切な行為らしいというのだけはわかった。
その後に始まった授業は退屈だった。
なにがどうというわけでもなく、とにかく退屈だった。
タブレットはいろいろな情報を表示できるのだけれど、授業中はその授業の教科書しか表示できないようになっている。
片方のノート部分になにかを書き込めばいいのかわからない。
とりあえず、書く練習をする意味で、ここに来るまでに見た風景なんかを描いてみた。
遠出した時の風景を記憶するのに、前から絵を描いていたので、こういうのは得意だ。
その内、白い画面に黒い線を描くだけでなく、色を付けられると気付いたのでさらに筆が乗った。
「なにしてるの?」
休憩時間になっても描き続けていると、スラーナにそう言われた。
「これ、すごいね!」
「うん、絵がうまいのはわかったわ。でも、それ、もしかして授業中も描いていた?」
「そう!」
「……アニマ先生が嫌いそうなタイプね」
「え?」
「なんでもない。お昼だから食堂に案内するわ」
そう言われて、俺は頷くとタブレットを閉じた。
学園内に食堂はいくつか存在するらしい。スラーナは一番近い食堂に案内してくれた。
注文のための機械に指を当てると、それだけで個人を認証してくれる。タブレットの個人登録というのが適用されているらしい。
個人登録はとても重要なのだとスラーナは説明してくれた。
学園に所属している生徒は、この個人登録認証に従って色々なものが決済されていく、食券や制服などのクリーニング、文具の購入なども認証で済まされて、個人登録に紐付けされている銀行口座からお金が下ろされていくのだそうだ。
決済? 銀行口座?
まったくわからない。
「おいおい教えてあげるから、心配しなくてもいいわ」
弱りきっている俺に、スラーナは苦笑と共にそう言ってくれた。
まるで、俺の事情を全て知っているかのような言い方に、首を傾げた。
「実は、私のお兄ちゃんが、地上観測隊の護衛班にいたの」
「ああ」
「あなたのことは秘密になっているみたいだけど、そういうわけでジョン教授からお願いされているから。アニマ先生は頼りにならないみたいだから、困ったら私に言って」
「たすかります」
「いえいえ」
俺が素直に頭を下げると、スラーナは苦笑した。
その笑顔が、なんとなくクトラやタレアに似ているなと思った。
「そうそう、昨日の適性試験も、実は見てたの」
とスラーナが興味深そうに言う。
それから食堂にいる間、あの時の話になった。