こうして俺の入学が決まった。
ジョンさんに寮に案内してもらい、寮母という方に挨拶し、部屋に案内してもらった。
部屋はベッドと机とクローゼットがあるだけでいっぱいいっぱいな狭い部屋だったけれど、汚くはなかったし、新生活が始まると思えば悪い気分じゃなかった。
部屋を案内されたところでジョンさんとは別れた。
「学校にいるから、困ったときには相談に来なさい。こちらからも様子を見にいくよ」
そう言ってくれるのはありがたい。
彼はこの場所での唯一の後見人だ。
どこかと仲良くなるには、そこでの有力者にまず接近するのが地上でのやり方だし、こちらでも多分それは間違っていないと思う。
ただ、有力者に気に入られる方法が、ここと地上で同じなのかがわからないので、迂闊なことはできないぞとも考えていた。
ジョンさんが学校において地位のある人だったらいいのだけど。
でも、その上に校長や理事長という人がいるようなので、そこまで偉くもないのだと思う。
頼り切るわけにもいかないかもしれない。
気を引き締めないとと思うのだけど、気が付けば初めての体験ばかりで気が緩んでしまう。
こんな気分は初めてだ。
寮母さんに呼ばれ、夕食の席で俺は紹介された。
そこにはあの戦闘適性試験のときのジャージの人たちもいた。
彼らは好意的に俺を受け入れてくれたので、その人たちを中心に俺は他の寮の人たちと話をすることができた。
……こうやって下から仲良くなって上の偉い人にたどり着くのもありか?
ふと、そんな考えが浮かんだ。
他の集団に紛れ込むのは初めての経験だから、うまくいくかよくわからない。
「一年からだろ?」
「はい」
「もったいない。あんなに強いのに」
「でもまだ術理力を使えないんだろ? ならそれでいいだろ」
「あれでもまだ使えないっていうんだからな」
「ああ、覚えたらどうなることやら」
「その術理力ってなんですか?」
きっと棒使いの人が最後に使ったアレのことだと思ったので、俺は好奇心に任せて質問した。
体育教師があの場でちゃんと教えてくれなかったのは、ただ時間を惜しんだだけだったようで、彼らは簡単に教えてくれた。
術理力というのは、その昔は魔力と呼ばれていた。
魔力なら知っている。
モンスターの使う魔法の源になる力だ。
火を生み、水を生み、風を生む。
天地自然を自身の手元で再現する強力な法則。
それが魔法であり、魔法の源泉が魔力だ。
だけど、魔力=術理力というわけではない。
魔力は人間が扱うには強すぎる力なのだ。
魔力を体内に取り込み、自らの生命力によって薄め、独自の循環路を構築して活用する。
そうして誕生するのが術理力と呼ぶらしい。
その術理力を元にして扱う法則を、人は魔術と呼ぶ。
「魔術は人によって様々だ。魔力から抜き取れる独自の属性がそれぞれで違うからな」
魔術そのものは、学問と同じように体系化されているが、その中で個人が使えるのはほんの一部なのだそうだ。
そこに術理力の個性が関わってくる。
ただ、魔法も使うモノによって個性があることを俺は知っている。
クトラが水を扱い、タレアが風を使うのと似たようなものかもしれない。
いや、もっと違うのか。
実は同じなのか。
きっと、ジョンさんはこういう疑問を解決したくて俺を招いたのだろう。
とにかく、新しいなにかを学ぶことができると考えられるのは嬉しい。
俺の中でさらに期待が膨らんだ。
翌日、俺は指示された通りに職員室というところに向かった。
校長や理事長は顔を出さなかった。
代わりに教頭という人が出てきて、俺に一人の女性を紹介した。
なんだか険しい顔をしている人だったが、その表情の理由がわかった。
この人は、地上でジョンさんの側にいた助手の人だ。
ジョンさんが俺を連れて行くのを反対していたので、いまも俺のことが気に入らないのかもしれない。
「アニマ・ノールです。今日からあなたの所属するクラスの担任になります」
「よろしくお願いします。アニマさん」
「先生、と呼んでください」
「先生」
助手の人改めアニマさんに冷たく睨まれて、俺は訂正した。
「山梁タケル。私はあなたを信用していません。ですから、あなたがなにか問題を起こしたとき、私が味方をするとは思わないでください」
いきなりそんなことを言われて驚いていると、彼女の後ろから知った顔が近づいてきた。
「まぁまぁ、アニマ先生。そこまで怖くしなくても、この子はちゃんとやるよ」
「教授!」
ジョンさんだ。
廊下の向こうからジョンさんがやって来て、アニマさんを宥める。
「自分の生徒にいきなり味方をしないというのは、教師としてはあり得ない発言だと思わないかい?」
「しかし……」
「彼は他の生徒と同じだよ。ちょっと出身が特殊なだけだ」
「そういう問題では」
「では、今まで問題や欠陥を持っていなかった生徒はいたかい?」
「それは、いますけど」
「そうだね、いるだろうね。で、いまの彼よりも問題を起こしそうな生徒を受け入れたことは?」
「……あります」
「だよね。優等生が優等生でいられるのは、他の多くの生徒が問題を抱えているからだ。大小の差はあれど、ね。君は教師だ。それを恐れているだけでは、務まらないよ」
「はい、すいません」
ジョンさんに注意されて、アニマさんは落ち込んだ様子で肩を落とした。
「うん、では、がんばって。タケルくんもね」
「はい」
二人でジョンさんが去って行くのを見落とす。
「……では、行きましょう」
「ジョンさんの教授っていうのは、なんですか?」
「歩きながら説明します」
少しイラッとした様子で、アニマさんは教授というものを説明してくれた。
困ったな、この人と仲良くなれるかな?