移動には鉄の箱が使われた。
八人ぐらいが向かい合って座れそうな、自動で開く扉があるきれいな鉄の箱だ。
「これは?」
「ポータルリフトというんだ」
「ポータルリフト」
「移動中に説明しよう」
二人だけが乗るには広い空間に俺とジョンさんは並んで座り、ポータルリフトについて説明してもらった。
ダンジョンというのは階層ごとに空間が他と切り離されており、そこから移動するためにはポータルという存在を使う。
普通のダンジョンの状態であれば、一階にあるポータルは外と二階に通じるものの二つだけとなる。
だが、ダンジョンに移住した人類は長い研究の末、階層の地形を改造し、ポータルの仕組みに手を入れた。
その結果、どのポータルからでも好きな場所に移動できるようになった。
「その代わり、昔は生身で移動できていた場所でもポータルワゴンを利用しないといけなくなったんだけどね」
「生身ではダメなんですか?」
「防護服とか着ていればいいかもしれないが、あまりおすすめできないな」
鉄の箱……ポータルワゴンはしばらく怖いぐらいに整った洞窟のような場所を進み、やがてここに来る時に見た光の球をさらに大きくしたものへと突っ込んでいった。
「ディアナと同じ技術で生まれた交通網だ」
世界が一変するという経験をまたも味わった。
ポータルワゴンは高い場所にある細い道のようなものを進み、眼下にはたくさんの建物が並んでいた。
さっきまでの白い空間とは違う。
あちこちに木があるし、空からは陽の光が降り注いでいる。
なんか、普通に地上に出てきたみたいだ。
村の外へ、けっこう遠くに足を向けたときに見られる、あの光景を思い出す。
鉄の骨が剥き出しになった建物たち。
ほとんどが崩れたり、折れたりしている。
そういえば、鉄の骨の周りを包んでいる粘り石の白さが、ここに来て最初に見たあの空間のそれに似ている気がする。
あれらの壊れた建物たちが元に戻ったら、いま、ここにあるこの光景になるのだろうか?
ダンジョンに逃げ込んだという人類は、どれだけの時間をかけてこの場所にかつての光景を再現したのだろうか?
「ダンジョンって、地上にあるんですか?」
「いや、全て作り物だよ」
「作り物?」
「そうだ」
「この空も?」
「ああ、ある程度上昇すると、それ以上は上がれなくなる。本物の地上なら宇宙にまで行けるはずなんだが、ここでは絶対に不可能だ。空間がそこで閉じているんだ」
「宇宙?」
「世界がより広大であることの証明。本物の地上にしか存在しない、可能性の世界だよ」
ジョンさんの言葉では宇宙がどんなものかはわからなかったけど、彼がそこにすごい夢を抱いていることだけは、なんとなくわかった。
だけど、いまの俺にはこちらの方がすごい。
「でも、本物みたいだ」
「そうだね。さあ、もうすぐ学校だ」
ジョンさんがそう言ったタイミングでポータルワゴンの速度が落ちた。
『聖ハイト学園、到着しました。ご利用ありがとうございました』
ポータルワゴンから発された声に押されて外に出ると、一気にザワっとした音の塊がぶつかってきた。
人の声だ。
他のポータルワゴンから吐き出されてくるのは、ほとんどがいまの俺と同じ制服というのを着ていた。
こんなにたくさん、俺と同じ人間がいる?
あっ、ズボンじゃない人もいる。
あのヒラヒラは、スカートか。
なら、あっちが女性?
ううん……ズボンとスカート以外で区別がつかない。
「うおお……」
自然と、声が溢れでた。
俺以外の人間なんて見たことがなかった。
子供の頃から、ずっと。
生みの親は物心付く前に亡くなっていたし、育ての親は自分に合わせた姿をしてくれていたけれど、明らかな違いはあった。
みんな、人間に近い姿はしているけれど、人間ではない。
彼らは自らをモンスターと呼ぶ。
そして俺は、人間だ。
自分をモンスターだなんて思ったことはない。
この違いがわからない。
一緒に暮らせるし、話せばわかってくれるのに、自分と同じじゃない。
自分と同じ生き物は存在しない?
そんな不安があった。
「は、はは……」
それがいま、数え切れないぐらいにたくさんいる。
いま、俺の中にあるこれは、一体どんな感情なのだろうか?
なんだか、よくわからない。
なんて言えばいいのか、全然、わからない。
ただ、乾いた言葉が溢れてくる。
ジョンさんに肩を叩かれるまで、一歩も動けなかった。
「さあ、行こうか」
「ああ、うん。はい、わかりました」
ジョンさんに促されて人の流れに沿っていく。
「俺は、これからここに?」
「そうだ。君はここに通うようになるんだ。ああ、ちゃんと寮があるから心配しなくていい。君と同じ年頃の子たちが暮らす場所だよ」
寮の説明を聞きながら、進んでいく。
やがて門柱にはめ込まれた金属板が見えた。
そこに名前が浮き彫りにされている。
「聖ハイト学園」
看板の名前を口に出して読む。
これが、ここの名前か。
そういえばポータルワゴンから出る時に、そんな名前を言われた気もする。
なんかもう、色々と圧倒されすぎててわからない。
「あ、ジョン先生」
「やあ、おはよう」
「ジョン先生。今度のテスト、簡単にして」
「はっはっはっ、それは聞けないねぇ」
「ジョン先生、質問が」
「後でね」
次々と同じ服の生徒たちがジョンさんに話しかけていく。
「ジョン先生?」
「ああ、そうだよ。僕はこの学校の先生でもあるんだ。さあ、まずは校長と理事長に挨拶に行こう」
建物の中に入った俺たちは人の流れから少し外れ、校長室と書かれた部屋に入った。