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第61話 心の内

 いつからかなんて、もう覚えちゃいない。

 けれど今の俺は、はっきりと宣言できる。

 俺はメアリー嬢に対して、特別な感情を抱いていると。


 最初は、正直に言って嫌な女だと思っていた。

 高飛車で、貴族社会の嫌なところを煮詰めたような性格。

 俺が一番苦手なタイプで、極力関わらないようにしてきた程だ。


 何が悲しくて、クロードはあんな女と婚約関係を結んでいるのか理解ができなかった。

 もっと良い相手はいくらでもいると、早く断ってしまえばいいのにと思っていた。

 けれどクロードは、受け入れはしていないものの拒んでもいなかった。

 その理由は一度も語られたことがないが、責任感の強いクロードのことだ。

 きっと、自分の感情以外の部分で、全てを受け入れてしまっているのだろう……。


 まぁそんな、俺にとってメアリーはどうでも良い存在だったのだ。

 けれど今では、俺の中で一番気になる存在になっている。


 キッカケは、トーマスの件だった。

 俺はフローラに呼ばれる形で、トラブルの仲裁に入ることとなった。

 まぁその件自体は、俺は上級生としても上級貴族としても自分の役目。

 下級生の揉め事を丸く収めるぐらい朝飯前だと思い、俺はフローラからのお願いを快諾した。


 詳細は聞かずとも、その揉め事というのが何なのかは大体察しがついていた。

 何故ならこの学園において、特に一年生の間では貴族と平民が衝突するのはよくある事だからだ。


 俺自身も貴族であり、しかも公爵家という王族を除いて最高位に位置する存在。

 故に俺の中にも、貴族としての誇りや常識は備わっているし、故に貴族達の言い分もよく分かっている。


 しかし、決して忘れてはいけないのは、俺達貴族は平民に支えられて初めて成り立つ存在だということ。

 仮に平民がいなければ、自分達を貴族として崇める存在もいなければ、経済から何もかもが成り立たなくなるのだ。


 まぁこれは極論かもしれないが、要は少なからず持ちつ持たれつの関係という事は理解しておくべきなのだ。

 そのうえで、俺達は貴族として人や国を引っ張る立場。

 故に、常に模範であらねばならないし、時には叱咤する事も役目。

 ……だがまぁ、俺はそういう堅苦しいのは嫌いだし、何事も程ほどが丁度良かったりすることを知っている。


 だからこそ、やりすぎの貴族を窘めるのも、俺の役目というわけだ。

 そんな思いで現場へ向かうと、そこには予想外の光景があった。


 あの貴族主義の頂点に居座っているメアリー・スヴァルトが、いじめの対象であろう男の子を背にした状態で貴族達の前に立ちはだかっているのである。


 そのよく分からない光景に、俺は思わず足を止めてしまう。

 どう考えても、逆じゃないのか……?

 何故よりにもよって、メアリー嬢が仲裁に……?


 いや、そもそも仲裁に入っているのかも謎だ。

 疑問が尽きない俺は、とりあえず事の成り行きを見守ることにした。

 そんな俺の行動に、フローラはアワアワと戸惑った様子だったが、俺が大丈夫だからと言うと頷いて隣で見守ってくれた。


「メ、メアリー様!?」

「なぜ、そんな所に……!?」

「あら? わたくしがどこにいようと、わたくしの自由ではなくて? それとも、あなた方に何か関係があって?」


 メアリー嬢の放つ圧倒的な圧を前に、怖気づく貴族男子達。

 性別を超えた、爵位の差。

 メアリー嬢は俺と同じ公爵家、たとえ男性複数人が相手でも決して引かない。


 その様子に、俺は確信する。

 やっぱりメアリー嬢は、この問題を解決するためにそこにいるのだと――。


 メアリー嬢に睨まれた三人組は、最終的に仲間割れをして罪を擦り付け合いだしたところで、俺は呆れながらも話に加わることにした。


「はいストーップ。その辺にしておいてあげな」


 急に現れた俺に、メアリー嬢は分かりやすく驚いている。

 さっきまでの冷静さが嘘のように、少し過剰にも思えるその反応。

 別にメアリー嬢と揉めるつもりはないのだけどなと思いつつ、俺はその場の処理を行うことにした。


 その間も、メアリー嬢は高飛車さを表に出す事もなく、あとは俺に任せる形でこの件から降りるとフローラを伴い去って行く。

 そんな、まるで以前とは別人になってしまったメアリー嬢の事が、俺は気になるようになった――。


 それからは、前以上に学園生活が楽しくなった。

 メアリー嬢を見かける度、俺はつい声をかけてしまう。

 以前の取っ付きづらい感じとは異なり、何ていうか人間味の増した反応。

 いつもの仏頂面はどこかへ消え去り、喜怒哀楽の分かりやすいメアリー嬢を見ているのが面白くて、俺は気が付けばメアリー嬢の事ばかり考えている事を自覚する。


 それから自分の気持ちに気が付くまでに、対して時間は要さなかった。


 ――俺はメアリー嬢に、惹かれているのだと。


 しかし、メアリー嬢はクロードの婚約相手。

 王族が相手では、いくら公爵家だろうと不可侵の領域。

 つまり気持ちを自覚した時点で、俺の負け戦なのだ。


 でも俺は、それでも良かった。

 生まれて初めて、誰かに対してこんな気持ちを抱くことができたのだ。

 いつも一方的に感情を向けられるだけだった俺にとって、そんな気持ちを抱くことが出来るだけで十分だと思った。


 ……けれどこの感情は、自分が思っている以上に厄介なものだったようだ。

 頭では分かっていても、止められない感情。

 駄目だと分かっているのに、そう思えば思う程欲してしまうのだ。


 好意を向けてくれる人は沢山いるし、世の中にはメアリー嬢以外にも沢山の女性がいる。

 だというのに、どうして俺はメアリー嬢の事だけがこんなにも特別に思ってしまうのだろうか……。

 恋は盲目という言葉を耳にした事があるが、どうやらその言葉は本当だったようだ。


 そんな、行き場のない感情を抱いていたある日。

 俺はメアリー嬢から、クロードと婚約解消をしたという話を聞かされる事になる。


 何となく、二人の距離が離れている事には気付いていた。

 だからその時だって、話ぐらい聞いてやろうと思っただけだったのだ。


 しかし婚約解消を聞かされた俺の中には、これまで抑えていた感情が溢れ出す。

 婚約解消するという事は、メアリー嬢がフリーになるということ。

 つまりそれは、俺にもチャンスが巡ってきたということ――。


 本来ならば、俺は二人のために相談に乗る立ち位置なのだろう。

 けれど俺は、この奇跡的に生まれた僅かな可能性に賭けずにはいられなかった。


 ――今度の魔法実技祭、優勝することができたら、その時は……!


 強い思いと共に、俺はメアリー嬢と約束を交わすのであった。


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