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第60話 ロマンス小説

 週末がやってきた。

 つまり今日は、学園はお休み。


 この世界でも一週間があって、土日休みというのは同じ。

 これも元は、日本初の乙女ゲームだからなのだろうか。

 文化的に日本に通ずるものが多く存在することから、時代感は違えど特に生活するうえで不自由は感じない。


 今日もベッドはフカフカだし、この世界の小説は本当にどれも最高に面白い。

 自然も多く空気は澄んでいるし、私の周りにはなんやかんや優しい人達だらけ。

 もしこの世界に問題があるとすれば、それはマジラブ内の唯一の阻害キャラの悪役令嬢。

 つまり、私ぐらいなものなのである。

 うん、何ていうかごめんなさい……。


「何だか最近は色々ありすぎたわね。今日は一日ゆっくり過ごすぞー」


 窓から差し込む温かい日の光を浴びながら、今日は自由に過ごすのだという鋼の意思とともにお気に入りの小説の最新刊を手にする。

 今日は一日この小説を読むために、全てを調整してきたのだ。

 全てのタスクから解放された状態で、今日は徹底的に自分の時間を楽しむ。

 何もしないで過ごすことがこんなにも貴重になるなんて、前世の私とは正反対もいいところ。

 そんな変化に少し笑ってしまいながら、私は小説のページを捲っていく。


 このお話は、お姫様と平民の男の子の恋愛物語。

 偶然街で困っているところ、平民の男の子に助けられたお姫様。


 それから数か月後、偶然は重なる。

 入学した学園で、二人は同級生となったのである。

 しかし、同じ学園でも身分差は存在し、周囲からはただの同級生ではなくお姫様として扱われてしまう日々。

 本当はもっと等身大の関係でありたいのにと、お姫様の悩みの種となっていた


 そんなある日、お姫様は耳にする。

 どうやら彼は、平民でありながらも女性達からの人気が高いということを。


 彼への告白を迷っている子までいることを知ったお姫様は、モヤモヤとした感情を抱くことになる。

 その結果、お姫様は初めて自分の気持ちを自覚することとなる。


 彼に対して、異性として惹かれているのだと。

 でもそれは、決して彼の容姿が理由ではなかった。


 あの時助けてくれたことや、学園へ入学してからも誰にでも分け隔てなく接してくれる優しいところ。

 いつも目で追ってしまっている中で、お姫様はそんな彼の魅力に気付いてしまったのだ。


 だからこそ、お姫様は焦りを覚える。

 まだまともに会話すら出来ていないというのに、他の誰かに彼を奪われるのではないかと――。


 王族という絶対的地位と権力を行使すれば、もしかしたら全てが思い通りになるのかもしれない。

 けれどそれは、絶対にしたくはなかった。

 だって、それをしてしまえば全ては自分のエゴになってしまうから。


 最初に彼が助けてくれた事に対する、感謝の気持ち。

 仮に自分のエゴで突き進んでしまっては、それすらも失われてしまう。


 お姫様が、ようやくそんな自分の気持ちに気付けたところで、一巻は終了する。

 これからお姫様が、身分差を乗り越えて一歩踏み出すであろう二巻の発売を、私はこの数か月間ずっと待ち詫びていたのだ。


 このロマンス小説が一体どんな結末を迎えるのか、私はドキドキワクワクした気持ちで読み進めていく。


 ――でも、平民と王族かぁ。


 私は小説を読みながら、ふと自分とお姫様を置き換えてみる。

 私は王族ではないけれど、それでもこの国の公爵令嬢。

 自他共に認める、まぁ上級貴族ってやつだ。


 そんな私が、平民の男の子と恋に落ちるとしたら……。

 真っ先に脳裏に浮かんでくるのは、トーマスだった。

 というか、私とまともに交流のある平民なんて、思い返せばトーマスとフローラぐらいしか思い当たらない。

 そう考えると、私もまだまだ周囲とのコミュニケーションが足りていない事を自覚する。


 まぁそれは今後の課題とするとして、私にとって異性の平民といえばトーマスただ一人。

 そんなトーマスは、私にとって前世の推しで、この世界でも関係性はかなり深まっている相手と言えるだろう。


 今でも可愛いと思うし、推しが現実に近くにいるのだ。

 気にならないと言ったら嘘になる。

 けれど、トーマスとお付き合いしたいのかと思うと、それは自分でもよく分からなかった……。


 身分差とか現実的な問題が、心の障壁となっているのは間違いない。

 けれど、それを抜きにしても自分がどうしたいのかよく分からないのだ。


 フローラは、他の攻略キャラと迷う事もなくゲールを選んだ。

 それはフローラにとって、他の攻略キャラ達との接点が薄く、マジラブで言えばどう考えてもゲールルートに入っていたからと言えるだろう。


 でもここは現実で、恋愛ゲームの世界ではない。

 故にフローラは、誰とお付き合いしようと自由だし、別に誰かとお付き合いする必要性なんてなかったのだ。

 だからこそ二人の関係には、ゲームのシナリオは関係なく二人の意思がはっきりと存在している。


 だから私は、その意思が何なのかを知りたかった。

 フローラは「気付いたら私も、ゲールさんの事が気になるようになっていました」と教えてくれた。

 だからフローラ自身、何か明確に言葉にできるような感情ではないのだろう。


 きっとフローラは、ゲールとの時間を積み重ねていく中で意識が変わっていったのだと思う。

 それは私自身が、傍で見てきた事だから分かること。


 でも私には、そのうえで誰かを選び、そして結ばれるという感覚が分からない。

 公爵令嬢という、言ってしまえば自由恋愛の許されない立場。

 前世は病弱で、誰かと恋愛をするなんて許されなかった私にとって、誰かに恋をするという事がずっとよく分からないままなのだ……。


 乙女ゲームという与えられた選択肢ではなく、自分で道を切り開いていかなければならない現実を前に、私は私に期待していないのである……。


 それでも私も、いつかこの小説の世界のように、誰かに対して恋に落ちたりするのだろうか――。

 そんな事をぼんやりと考える私の脳裏に浮かび上がってきたのは、トーマスやキースではなく、何故か婚約解消をしたクロード様のお顔なのであった――。



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