僕には、ずっと憧れの相手がいる。
その相手とは、公爵令嬢で、幼馴染で、そして今では兄上の婚約相手――。
その相手の名前は、メアリー・スヴァルト。
僕にとって、唯一心を許せる掛け替えのない存在である。
僕がまだ幼い頃のこと。
僕と兄上、そしてメアリーは当時いつも一緒にいた。
幼い頃から身体の弱かった僕に、幼い頃は臆病で内気だった兄上。
そんな僕達兄弟をいつも引っ張ってくれたのが、メアリーだった。
あの頃から、僕も兄上もメアリーに惹かれていた。
いつもメアリーが傍にいてくれるから、毎日が本当に楽しかったんだ。
だから僕は、いつかそんなメアリーに相応しい男になれる事を人生の目標にするようになった。
生まれながら身体の弱い僕は、恐らく大人になっても活発に動き回る事は難しいだろう。
故に僕は、代わりに魔法の勉強を頑張る事にした。
幸い僕には魔法の才能があったようで、学んだ知識を魔法として形に出来る達成感が、僕のやる気をどんどんと引き立てていく。
そんな日々を過ごしていると、やがて僕も自分に少しだけ自信が持てるようになった。
そして僕が、ある日勇気を出してメアリーと交わしたモノ――。
それは、結婚の約束――。
僕にとって、その約束が本当に大切なモノになった。
この約束がある限り、僕はどれだけでも頑張れると思ったんだ。
……けれど、そんなある日のことだった。
父上が決めてきたという、兄上とメアリーの婚約の話を耳にする。
初めてその話を耳にした時、僕の頭は真っ白になった……。
まだ幼いながらにも、その事実は僕の生きる希望を打ち砕くのに十分過ぎたのだ。
――どうして、兄上なんだ……。
自分ではなく、兄上が選ばれた事がどうしても受け入れられなかった。
だから僕は、その日から兄上を避けるようになった。
兄上も理由は分かっていたのだろう、僕に近づいて来ようとはせず、その結果僕達兄弟は時間の経過とともに疎遠になっていった。
生きる希望を失った僕は、抱えていた持病も悪化し外には出られなくなり、その結果もうメアリーと遊ぶ事もできない身体になっていた。
どうせ叶わない恋なのだ……。
メアリーの顔を見れば気持ちが揺らぐだろうし、いっそこれでいいんだと自分を納得させる。
目標を失ってしまった僕は、もう全てがどうでも良くなっていた。
そんな日々を過ごしている中、僕はある事を耳にする。
どうやら、兄上とメアリーの関係があまり好ましくない状態であるらしいのだ。
使用人達が、ヒソヒソと話していただけ。
こんなもの、ただの使用人達の噂話と言えばそれまで。
しかし、相手は公爵令嬢と第一王子。
たかが使用人の立場で、不用意な憶測だけで物を言えるような相手ではないのだ。
つまりこの話は、実際に彼女達の誰かが目にした事実をもとに、噂が広まっていると考えるのが妥当だろう。
兄上とメアリーの関係が良くないという話は、きっと事実。
そこまで考えが至り、何もなくなっていた僕の中で一つの感情が生まれる。
それは、怒りだった――。
僕からメアリーを奪っておいて、上手くいっていないだって……?
何の冗談だ、ふざけるな!
だったら最初から、兄上じゃなくて僕がメアリーを……!
様々な負の感情が、胸の中をかき乱していく。
薄れかけていた兄上へ対する嫌悪も、前以上に膨れ上がっていく。
僕と違って身体は健康で、メアリーも手に入れて。
僕に無いものを全て手にしている兄上の事が、僕はどうしても憎かった。
何より、あのメアリーを悲しませているのだとしたら、それが一番許せない。
人間を突き動かすのは、いつだって感情だ。
それが正の面でも負の面でも、感情を掻き立つのなら何でもいい。
その結果、僕の中で今度こそ明確な目標が定まっていく。
僕は必ず、兄上からメアリーを奪い取ると――。
この不健康な身体も、奪われた恋心も、全てを覆してやる――!
その負の感情が、僕の生き様を一変させる。
それからの僕は、来たる日のための準備を始める。
まずは手始めに、ずっと辞めていた魔法の勉強を再開させるところから始めるのであった――。