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第57話 気付き

 魔法実技祭も無事に終了し、また日常へと戻る。

 それでも、私を取り巻く環境は今までどおりではなかった。


 一体何があったのか。

 それは、前世の記憶を持つ私でも予想の出来ないことが起きていたのだ。


 今日はいつもの、授業後に図書館で開かれるフローラとの雑談デー。

 いつもの四人掛けのテーブル席へ向かうと、そこには先にフローラとゲールの姿があった。


 これまでの通例で言えば、ゲールがフローラの向かいの席へ座り、私がフローラの隣へと腰かける。

 しかし今日は、ゲールはフローラの隣に座っており、故に私がフローラの向かいの席へと座るしかなくなる。


 別に私は、どこの席だって構わない。

 問題は、私の座る位置ではなく、ゲールの座る位置の変化にある。


「あ、これ、フローラに似合うと思って買っておいたんだ。付けてみて欲しい」

「えっ!? い、いいんですか? ……じゃ、じゃあ」


 ゲールから髪飾りを受け取ったフローラは、恥ずかしそうにそれを自分の髪へ刺す。

 プラチナで出来た、シンプルなその髪飾りは確かにフローラによく似合っている。


「ど、どうでしょう……?」

「うん、やっぱりよく似合ってる。世界一可愛いよ」


 照れるフローラに、恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく伝えるゲール。

 そう、実はこの二人、お付き合いを始めたのである――。


 魔法実技祭が終わってから、二人はお互いの健闘を称え合ったのだそうだ。

 お互いに謙遜し合っているのが可笑しくなって、笑い合った事がキッカケで、そのままゲールが無意識に告白をしてしまったらしい。


 フローラも最初は驚いたが、前々からゲールには良い印象を抱いていたとかで、結果は今見てのとおりというわけだ。


 元々フローラは大切なお友達であり、ゲールの事も私は応援していた。

 だからこれは本当に喜ばしいことではあるのだが、こうして二人のイチャイチャを見せられるこの雑談タイムは在り方が問われる……。


「二人とも、順調そうね」

「「はいっ! メアリー様のおかげですっ!」」


 私のぼやきに、二人揃って返事をする。

 二人とも私のおかげで結ばれたと思っているようだが、残念ながら別に私は何もしていない。

 しかし、二人揃って感謝するようにキラキラとした瞳を向けられては、関係ないとも言いづらいのでそういう事にしておこう……。


 元々はフローラと二人きりの貴族勉強会も、次第にただの雑談する集まりとなり、そこへゲールも参加するようになり、今ではフローラとゲールはお付き合いする仲になった。


 そう考えると、それ相応の時が過ぎていることを実感する。

 あの日、私がクロード様からビンタされ前世の記憶を取り戻して以降、本当に色々な事があった。


 マジラブのヒロイン、そして攻略キャラとの接点が生まれたし、今もこうして私は破滅せずに済んでいる。

 婚約解消を断られたかと思えば、今度は婚約解消を突き付けられたりはしたけどね……。


 でもこれで、一つハッキリしたことがある。

 フローラが選んだ相手は、これでゲールに確定したということ。

 つまり、他の攻略キャラであるクロード様とキースは、この世界線ではフローラとの恋愛は発展しないということ。


 それは別に、これまでの関係性を見ていれば明らかだった。

 元々フローラにはゲールがお似合いだと思っていたし、もうこの世界のマジラブ要素はクローズしたのだ。


 実際には、何が変わったわけでもない。

 けれどその事実が、私の中では重要なことだった。


「やっぱり、誰かとお付き合いするのは楽しいのかしら?」

「ええ、楽しいです。ね、フローラ?」

「はい、幸せです。でも、メアリー様もクロード様がいらっしゃいますよね?」


 客観的な私の言葉に、フローラは首を傾げる。

 そんなフローラに、私は適当に言葉を濁して有耶無耶にするしかなかった。


 この前の夏休み、フローラは私とクロード様が一緒にいたところを見ているし、婚約解消している事は教えていない。

 だからまだフローラは、私とクロード様が婚約関係にあり、自分達と同じ関係性だと思っているのだろう。


 でも、たとえ婚約解消をしていなかったとしても、フローラとゲールの関係性とはやっぱり違ったと思う。

 私達の関係性は、所詮は親同士が決めたもの。

 フローラ達のように、自分達の意思で惹かれ合った自由恋愛とは違うのだ。

 自分の感情以上に、お互いの家柄や立場、責任など背負っているもののため選ばれた選択でしかないのである。


 だからこそ、目の前の二人の関係性が眩しくて、純粋に羨ましいなと思う。

 できる事なら私も、自分の意思で最愛の相手を見つけたい……。


 それは今の私だけでなく、前世の黒瀬小百合だった頃からの憧れ。

 ロマンス小説のような、ドラマティックな恋愛とまではいかなくても、せめて相手ぐらい自分で決めたい……。


 それは私の我儘であり、公爵家に生まれた時点で叶わないこと。

 だからこそ私は、こんなにも夢見てしまうのかもしれない。


 これから自分が、どう在りたいか――。


 幸せそうなフローラとゲールの姿に、自分を重ねてみる。

 私の隣は、誰であって欲しいか――。


 すぐに一人思い浮かぶも、すぐに否定する。

 まだ私は、他を知らなすぎるだけなのだと。


 今の私は自由の身なのだからと自分に言い聞かせるも、その最初に思い浮かんだ人物は中々私の中から消えてはくれないのであった。


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