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第24話 お務め

 帰宅した私は、そのまま大好きなベッドへダイブする。

 今日はあちこちへ歩き回ったせいで、もう足がパンパンだ。


 本当だったら、今日は一日この自室でじっくりと読書を楽しむはずだったのに……でも不思議と、悪い気はしなかった。

 今日一日を通して、この国の知らない面を沢山知ることができたし、パン屋さんで買ったパンは本当に美味しかった。

 絶対にまた行きたいと思うから、その時はフローラも誘って一緒に遊べたらきっと楽しいに違いない。


 そして何より、今日一番の収穫は他でもないクロード様のことだ。

 クロード様といえば、マジラブの世界においては私を追放する最大の天敵。

 だから最も警戒すべき相手なはずなのに、今日はまだ知らない一面を沢山見ることができた。

 そしてそれは、決して敵対する相手に見せるものではなかった――。


 普段は無表情で隙なんて見せないけれど、思っていたよりも子供っぽい部分があったり、これまで私が抱いてきたクロード様の印象とは全然違っていて……。。

 いきなりデートとか言われた時は驚いたけれど、一緒に街を見て回るというのも悪くはなかった。

 ……というか、素直に楽しかった。


 そして、もう一つ分かったことがある。

 それは、どうやらクロード様はフローラに気があるわけではないということ。

 今日一日一緒に過ごして、私の中で確信に変わった。

 それはフローラも同じで、二人はお互いにヒロインでも攻略対象キャラクターでもないということ。

 だったら、クロード様は……。


 そこまで考えて、私は思考を放棄する。

 仮にそうだとして、何になるって話でしかないから。


 ――でも、本当に今日は楽しかったな。


 たまには今日みたいに、どこかへお出かけするのも悪くない。

 だから今日のところは、無理やりにでも連れ出してくれたことに感謝するとしよう。

 クロード様に対する好感度が、ちょっぴり上がったことは否定できない自分がいるのであった。


 ◇


 次の日。

 昨日とは打って変わって、今日は公爵令嬢としてのお務めデーだ。

 お父様と一緒に馬車へ乗り込み、向かう先はアークライト公爵家。


 どうやらこの間キースが訪ねてきたのは、今日のお誘いのためだったらしい。

 毎年夏になると、アークライト公爵家は社交界を開いているのだが、今年もそのお誘いのためにキースがやってきたのだそうだ。


 しかし、去年までは便箋でのお誘いだったのに、どうして今年はキースが直接やって来たのかとお父様も驚いていた。

 その理由は分からないし、去年までの私なら気にも留めなかっただろう。

 何故なら、去年までの私はキースとはほぼ他人だったから。

 毎年社交界には参加こそしていたけれど、キースとは一言挨拶を交わす程度。

 それが去年までの私達の関係性だったのだ。

 そう思うと、学園へ入学してからキースとも随分親しくなった。

 ……まぁ親しいというよりは、私が一方的に揶揄われているだけのような気もするけれど。


 そんなわけで、到着しましたアークライト家。

 同じ公爵家というだけあり、スヴァルト家と勝るとも劣らずの大豪邸。

 というか、最早ちょっとしたお城だ。


 馬車を出迎えてくれるのは、今回お誘いにわざわざ出向いてくれたキース。

 十人を超える使用人達を従えており、こういう特別な歓迎方をされると自分も公爵令嬢なのだと自覚する。


「ようこそ、スヴァルト公爵様。それに、メアリー嬢も」

「今日はお招きいただきありがとう」

「ありがとうございます」


 学園では面倒な先輩でも、今日はお互い公爵家の人間として振る舞う。

 しかし、私の姿を見てキースが不敵な笑みを浮かべたように見えたのは気のせいじゃないだろう。

 絶対にまた、私のことを揶揄って遊ぶ気満々。

 言われなくても、そう顔に描いてあるようだった。


「まぁ! メアリー様ごきげんよう!」


 キースと別れると、嬉しそうに駆け寄ってきてくれる天使が一人。

 彼女はトーマスと同じクラスの縦ロールちゃんだ。

 以前お茶会にお招きいただいて以来、随分私に懐いてくれた可愛らしい子だ。


「ごきげんよう。いらしていたのね」

「はいっ! 夏休みにもメアリー様にお会いできて、嬉しいですわっ!」


 本当に嬉しそうに微笑んでくれる縦ロールちゃん。

 この笑顔だけは、これからも守り続けなくてはならない。


 こうして私は、今日は縦ロールちゃんと行動を共にすることにした。

 男性のお相手をするのも楽ではないし、よく知った同い年の女の子なら会話も気楽。

 すると次第に、学園で親しくしている子達も集まってきて、気が付けばメアリー派閥の完成である。

 これならば、早々男性も近づいては来られないだろう。


「なんだなんだ、随分集まってるな」


 一部の人間を除いて……。


 今日のパーティーの主催側であるキースが、笑みを浮かべながら一人で私達の輪の中へ混ざってくる。

 そんじょそこらの貴族相手であれば、きっと彼女達が壁となって遠ざけてくれただろう。

 しかし、相手はこの場の主催であり、私と同じ公爵家。

 オマケに女子からの人気も高いキースの登場に、周囲の子達から黄色い声が上がる。

 まぁ彼女達も年頃の女の子なのだ、キースのような相手にはしゃいでしまうのも無理はない。

 だけどキースの目的は、明らかに私。

 あっという間に彼女達を味方につけると、自然に私の前に立つキース。


「ご、ごきげんよう。キース様」

「おう、ごきげんようメアリー嬢」

「では、私はこれで……」

「どこへ行くんだ?」

「ちょっとお料理をいただこうかと……」

「じゃあ今日はおススメがある。こっちだ」


 すぐに立ち去ろうと試みるも、キース相手に通じるはずもなく……。

 流れるように、キースも一緒についてくる。


「あれだ。あのキノコはうちの領地でしか取れない希少種でな。一口食べればみんな納得の美味しさだ」

「……なるほど」


 まさか本当に、おススメの一品があったなんて……。

 しかも希少な食材と言われては、正直気になってしまう。

 まぁどうせキースは付いてくるだろうし、これは食べるか食べないかの二択。

 だったらもちろん、食べた方が得だ!


 というわけで、私はキースのおススメ料理をお皿によそって貰うと、さっそく口へ運んでみる。


 ――わぁ! 美味しい!!


 コリコリとした触感は楽しく、それでいて香りもいいキノコ。

 前世で食べた松茸も美味しかったが、これも相当美味しいぞ。

 シンプルな味付けながら、食材の良さが際立っており、噛めば噛むほど味わい深い。


「どうだ? 美味いだろ?」

「……はい、大変美味にございます」

「ハッハッハ! 職には抗えないな!」


 素直に答える私に、キースは可笑しそうに大笑いする。

 そんなに笑わなくてもいいのに……。


「なんだ? 随分と楽しそうだな」

「おう、クロード! 丁度今、メアリー嬢に例のキノコを食べて貰ってたんだ」

「ああ、あのキノコか。あれは確かに絶品だからな」


 同じく今回の社交界へ呼ばれていたクロード様が、会話に加わってくる。

 昨日一日デートと称して行動を共にしていただけに、何だか照れくさくて目を合わせづらい。

 しかしクロード様は、気にする素振りもなく同じキノコ料理を味わっている。


 そんなこんなで、王族と公爵家の私達が揃えば当然周囲の注目を引いてしまう。

 その結果、今私達が食べているものと同じ料理を食べようと人が集まってくる。


 ――ああ、おかわりしたかったのに!


 あっという間になくなってしまったキノコ料理……。

 仕方ない、今日のところは諦めるとしよう……。

 内心でガッカリしている私のことを、面白そうに見てくるキースとクロード様。

 どうやらこの二人は、私のことが大好きなようだ。

 もちろんそれは、異性としてではなくおもちゃとして。

 キースだけでも大変なのに、クロード様まで加わってしまった今、最早私の逃げ道は完全になくなってしまったのであった。


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