――フローラ!? どうして!?
緊張で、胸がバクバクと鳴りだす。
フローラは、この世界における絶対ヒロイン。
そしてクロード様は、フローラにとっての攻略対象。
既にゲームとは異なる世界線であることは間違いないけれど、だからといって無事な保証もないのだ……。
まさかよりにもよって、フローラと出くわしてしまうなんて……。
これもこの世界の神様の仕業なのでしょうか……?
フローラとは、仲良くなることができた。
普段のフローラは朗らかで人当たりもよく、少し天然だけれど裏表のない素直な女の子だと思っている。
だから私も、フローラとは良い友人関係になれたと思っている。
けれど、恋愛ごととなれば話は別かもしれない。
もしも私がフローラの恋敵となれば、これまでの交友関係など水の泡になる危険性だってあるのだ。
目の前には、困惑した表情を浮かべるフローラ。
そして隣には、片手で目元を覆うクロード様。
その様子は、今の状況が決して良いものとは言えないことを意味していた。
――どうする? 言い訳をする?
しかし、この状況で何を言い訳すればいいのだ……?
そもそも、やましいことなんて何もないのだ……。
どうして良いのか分からない私に、フローラは意を決した様子で口を開く。
そして――、
「わ、私、もしかしてお邪魔しちゃいました!?」
……はい?
フローラの言葉は、私の全く想定外のものだった。
その様は、クロード様のことを気にしている素振りは微塵もなく、ただ私に対して気まずそうにオロオロしているのだ。
つまりフローラは、ただ私達に気を使っているのだろう。
秘密裏にデートしているところへ、空気を読まずに声をかけてしまったことを後悔するように。
「……はぁ、まさかバレてしまうとはな」
そしてクロード様はクロード様で、変装が同級生にバレてしまったことにショックを受けていただけのようだ。
つまりフローラもクロード様も、お互いに意識していないということ。
全ては、ただの私の思い込みだったということになる。
――なんだぁ、終わったと思ったぁ……。
緊張が解け、一気に力が抜けていく。
すべては取り越し苦労。やっぱりこの世界線は、もうマジラブの世界とは違う未来へ向かっているのだ。
ほっと安堵する思いで、私は困惑するフローラへ声をかける。
「そんなに気にしなくていいわ。フローラはここで何をしているの?」
「え? わ、私はその! お買い物です!」
「いいわね、何を買うの?」
「そちらのパン屋さんです! 今日の夕飯用のパンを買ってきてってママに言われまして」
なるほど、フローラはお使い中なのね。
見ればその服装は、いつもの制服姿ではなくシンプルな装い。
別にお洒落をしているわけでもなく、本当にここへはただお使いのためだけにやってきたのだろう。
「じゃあ丁度いいわ。これから私達も、そこのパン屋さんへ行くところだったの。良かったらご一緒しない?」
「ふぇ!? お。おおお、お邪魔ではありませんか!?」
「お邪魔じゃないから、誘っているのよ。ね? クロード様?」
「ん? ……ああ、構わん」
「ということで、一緒に行きましょ」
断ったところで、どうせ向かう先は一緒なのだ。
私はフローラの手を取って、一緒に目的地のパン屋さんへ行くことにした。
心なしかクロード様が不満そうな表情を浮かべている気がするが、まぁ気にしたら負けだ。
こういうのは、人が多い方が楽しいのだ。うんうん。
◇
パン屋さんの店内は思った以上に広く、様々な種類のパンが並べられていた。
お昼過ぎにも関わらず品物が充実しているのは、今も絶え間なくパンを焼き続けているからだろう。
お客さんも途絶える気配もなく、ここが本当に人気店であるということが窺えた。
「ここのパン、とっても美味しいんです」
「ええ、匂いだけで分かるわ」
クンカクンカ。あぁ、本当にいい匂い……!
小麦とバターの焼ける香りは、どんな香りよりも幸せかもしれない。
どうやらこのお店、クロワッサンが特に人気なようだ。
外はカリッ、中はモチッとした完璧なバランスだというから、これは絶対に食べなければならない。
常識的に考えて。
「クロード様は、どれになさいます?」
「んーそうだな、あそこのソーセージが乗っかったやつが美味そうだな」
なるほど、クロード様も男の子。
甘いパンより、総菜パンの方がお好きなようだ。
他にも様々な種類のパンが並べられており、こうして眺めているだけでもワクワクしてくる。
まるでテーマパークに来た気分だ。
ここへよく来るというフローラは、どうやらほとんどの種類を既に食べたことがあるらしい。
私の気になるパンの感想を教えてくれるから、一緒に見て回っているだけでも楽しい。
「しかし、意外だな」
「意外?」
「以前は揉めていたというのに、今はそんなに仲を深めているのだな」
そうか、クロード様は私と取り巻きがフローラを囲んでいる現場を見ているのだった……。
見ているどころか、仲裁に入り私をビンタしたのだからむしろ当事者だ。
そんなクロード様からすれば、今こうして仲良くしている私達に驚くのも無理はない。
クロード様の言葉に、私はフローラと目を合わせて苦笑いする。
「おっしゃる通りですわね。あの件はちゃんと謝罪させていただき、今ではこうして仲を深めることができましたの」
「はい! メアリー様はお優しいのです! 何も分かっていなかった私に、学園で過ごすための知識を沢山教えてくださいました!」
「そうか」
フローラの言葉に、クロード様は感心するように頷く。
その表情には、普段の無表情と違い薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「おいメアリー、あのパンも気になる」
「はいはい。そんなに食べられます?」
「食べきれなかったら、お前が食え」
「……私を何だと思っていまして?」
ジト目で睨む私に、クロード様は悪戯な笑みを向けてくる。
そんな私達のやり取りを見て、フローラは隣で可笑しそうに笑っているのであった。