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第22話 歩幅

 お店を出ると、一気に謎の疲労感に襲われる。

 デートというものが、まさかこうも精神力を消耗するイベントだとは思わなかった。


 世の男女は、こんなことを楽しんでいるというのか……?

 まだ恋愛経験値が皆無の私には、残念ながらその楽しみが全く理解できなかった。

 ロマンス小説は面白くて憧れるのに、自分のこととなれば全然別だった。

 これが所謂、恋に恋する乙女ってやつなのかもしれない……。


 というか、そんなことより問題は今だ。

 先を歩くクロード様の後ろについて歩いているのだが、今は一体どこへ向かって歩いているのだろうか?

 そもそも、目的地があるのかどうかも不明なのですけれども……。

 男性と女性で歩幅も違うため、正直後ろに付いていくのも大変なので思い切って声をかけてみることにした。


「ク、クロード様? えっと、今度はどちらへ?」

「目的が必要か?」


 えーっと、質問に質問で返されましても……。

 目的が必要かと言われれば、正直分からない。

 デートってこう、目的もなくブラブラするのも楽しいと参考文献(ロマンス小説)にも書いてあったし……。


 しかし目的がデートだとするならば、今の私は完全にただの背後霊である。

 これは何というか、私の思っていたデートとは全然違う。

 だからここは、私も私のために引き下がらない。


「必要です。今って、何をしているのでしょう?」

「デートだと言っただろう」


 やっぱりこれはデートらしい。

 考え方は十人十色。それでも私は、どうせデートをするなら私の思う理想のデートをしてみたい……。


 そう思った私は、考え方を改める。

 これがデートだと言い張るのなら、私にとって人生初めてのデートになるのだ。

 であれば、私の初めてはもっと良い形にしたい。

 そんな思いで、私は思い切ってクロード様の隣へと駆け寄る。

 突然隣に並んできた私を見て、クロード様は驚きの表情を浮かべる。

 デート相手にそんな表情を向けてくる時点で、やっぱりクロード様はデートというものを分かっていないのだと思う。

 だからここは、クロード様の後学のためにも、私がしっかりと女性の立場で教えてあげなければならない。


「これがデートだとおっしゃるのでしたら、クロード様は少し歩くのが早いです」

「そ、そうか……」

「もっと相手をエスコートなさってください」

「すまん……」


 少し文句を口にする私に、クロード様は珍しく素直に謝ってくれた。

 そして私と歩幅を合わせるように、ゆっくりと隣を歩いてくれる。


 こんなこと、過去のクロード様では考えられない。

 しかも少し恥ずかしそうに頬を赤らめているその表情は、まるで恋する男の子のようにすら見えてしまう。

 絶対に、そんなことはないはずなのに。

 もしかしてクロード様も、私と同じように前世の記憶に目覚めていたりするのでしょうか? ……なんてあるわけないか。


 まぁこんな風に、素直になってくれるのなら可愛げもあるってもんだ。

 せっかくこうして連れ出されているのだから、どうせなら楽しんでやろう。

 そう思い、私はそれからクロード様と街を見て回った。


 花屋さんで色とりどりのお花を見たり、雑貨屋さんでは貴族は絶対に付けないであろうへんてこなアクセサリーを珍しがったり、ペットショップではクロード様が犬や猫よりも爬虫類に興味を抱いていたり。


 行く場所が違えば、違った楽しみが自然と見つかる。

 そんな発見が、私は素直に楽しいと思えた。

 それはきっと、私だけでなくクロード様も同じ。

 最初は相変わらずのつれなさだったけれど、ペットショップへ行く頃には素直に楽しんでくれているように見えたから。


 まぁ爬虫類が苦手な私に、赤色のドラゴンのようなトカゲを肩に乗せて「どうだ似合うか?」とか聞かれても反応に困るのですけど……。


「おい、次はあそこのパン屋が気になるな」

「では行ってみましょうか」


 気づけば自然と、隣に並んで歩いている私達。

 私にとってクロード様は天敵であり、クロード様からしてみれば私は悪役令嬢。

 そんな、本来は最悪な組み合わせのはずなのに、何だか馴染んでいるのが不思議だ。


 あれだけパンケーキを食べたはずなのに、パン屋さんから香るバターの良い香りに食欲をそそられる。

 どうやらそこのパン屋さんは人気店のようで、他のお店よりも混みあっていた。


 パン屋さんだけでなく、ここは中心街で人通りも多い。

 だからこの人混みの中、どこかに私達の知人がいても別におかしくはないだろう。

 たとえ変装していようとも、私達と面識のある人ならばすぐに正体にも気づいてしまうかもしれない。



「あれ? メアリー様?」



 そう、こんな風に――。


 パン屋へ向かう私達は、後ろからよく知った声に呼び止められる。

 そしてその声は、今一番出会ってはいけない相手の声だった。


 振り向くとそこには、まさかのフローラが立っているのであった――。


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