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第21話 カフェ

 こ、ここは――。


 クロード様に連れられてやってきた、謎の家屋。

 その中へ恐る恐る足を踏み入れると、すぐに漂ってきたのは香ばしいコーヒーの香り。


 外は静かだったけれど、建物の中は若い男女で賑わっており、みんなここで食事を楽しんでいるようだった。


 ――ここは、もしかしてカフェ?


 外からは全く分からなかったけれど、どう見てもここはカフェだった。

 命の覚悟をしていた私にとって、それはあまりにも高低差がありすぎて、思わず耳がキーンと鳴りそうだ。


「どうした? 行くぞ」


 立ち止まる私の背中へそっと手を回し、クロード様は奥へと進んでいく。

 訳も分からず連れ従っていると、さっきの賑わっていた席とは違う広々としたテーブル席があった。


 どうやらここは予約席のようで、着席するとすぐに店員の方が注文を聞きにやってくる。


「俺はいつもの。お前はどうする?」

「どうするって、えっと……」


 いきなりどうすると言われても、残念ながら私の理解は全く追いついていない。

 だから『フワフワホイップクリームの、特製クマちゃんパンケーキ』とかいうメニューの文字を見せられても、全然意味が分からないのである――。


「……じゃあこの『フワフワホイップクリームの、特製クマちゃんパンケーキ』とカフェラテで」

「畏まりました」


 ……というのは嘘で、すごく気になったので注文してしまいました。

 甘く見ることなかれ、このメアリー・スヴァルト、適応能力もSランクなのである!


「ふっ、困っているようで面白いものを頼むのだな」

「笑わないでください。それで? 何故今日は、このような場所へ?」

「何故って、言わなくても分かるだろう」

「分からないから、聞いているのです」

「鈍感な奴だな」


 呆れるように、また笑うクロード様。

 命の覚悟からのパンケーキという、天と地ほどの差のある高低差を目の当たりにしても、こうして平然としていられる私をむしろ褒めて欲しいぐらいだ。


 しかし、そんな私の鋼のメンタルも、次のクロード様の言葉で崩壊することとなる――。



「いいか? 今日はデートだ」



 素っ気なくも、簡潔に伝えられるここへ来た理由――。

 そのあり得ないながらも単刀直入な言葉を受けて、私の顔は熱を帯びていく。


 ――デ、デデデ、デートぉ!?


 前世も含め、これまでデートというものを経験したことのない私は、驚きで言葉にならず口をパクパクさせるしかなかった。


 いや、一応私も婚約相手。

 これまでもクロード様と二人きりになることはあった。

 でもそれは、デートというよりももっと事務的で、部屋で少々二人きりで会話をする程度のもの。


 だからあんなもの、デートとは呼ばないだろう。

 これまでずっと、クロード様はそういうのに興味はないと思っていたから、私はずっとそれが当たり前だと思っていたのだ。

 だというのに、まさかクロード様の口からデートだなんて言葉が出てくるとは――。


 もはやデートという概念を知っていることにも驚きつつ、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した私は確認する。


「……わたくしと、クロード様で、ですか?」

「あぁそうだ」

「フ、フローラではなく?」

「だから、どうしてここでフローラが出てくる」

「す、すみません」


 やっぱり違うのか……。

 でも私がこう思ってしまうのは、クロード様のせいでもあるのだ。

 婚約相手となって約十年間、私は記憶している限り一度もクロード様から好意を向けられた記憶がないのだから……。


 それが今になって、急にデートだなんて言い出すものだから、むしろ私が驚く方が自然というもの。

 一体何がどう転がって、こんなことになっているのやら……。


「いいか? お前は俺の婚約相手なのだ。だからこうして、俺が連れ出すのは自然なことだとは思わないか?」

「それは、まぁ……解消を申し出たはずですけれどね……」

「……そんなに嫌か?」

「え? い、いえ、そういう意味ではございませんわ。でも、わたくしなんかで大丈夫なのかなぁと……」

「以前は自信が服を着て歩いているような女だったのに、人は変わるものなのだな」

「……馬鹿にしてます?」

「逆だ。俺は今のお前だから、こうしているんだ」


 ふ、ふーん? なるほど?

 つまり、以前の記憶を取り戻す前の私ではなく、今の私だから興味をお持ちと。

 まぁそれは、他でもない私が一番分かっていること。

 ザ・悪役令嬢と脱・悪役令嬢だったら、百人に聞いて百人が後者を選ぶことでしょう。


 だからこれは、ある意味私がちゃんと変わっている証拠であり、それが周囲に受け入れられている証拠でもある。

 であれば、こうして本来天敵であるクロード様の傍にいることは、私にとってもプラスの要素は大きいとも言える。


 ……しかし、それでは駄目なのだ。

 そんな打算的な考えで、人の気持ちに踏み込んではならない。

 クロード様が私に対して本当に好意を抱いているとは思わないけれど、少しでもその可能性があるならちゃんと向き合うべきだと思うから。


「お待たせいたしました。紅茶と、パンケーキになります」

「ああ、ありがとう」

「どうも……」

「さぁ、食べようか」

「え、ええ……」


 しかし、どうにも調子を狂わされるなぁ……。

 とりあえず、パンケーキは食べたいので食べますけど……。


 どうやらクロード様は、紅茶しか注文されていないようだ。

 せっかくここへ来たというのに、何も食べないのか……。

 そういえば、クロード様が甘いものがお好きなのかしら?

 あまり好んで食べていた印象はないから、もしかしたら苦手なだけかもしれない。


 でも今はお昼時、お腹は空かないのかしら?

 逆にこちらの注文したクマちゃんパンケーキはというと、名前からは想像できない程のボリュームで食べきれそうもないのですけれど……。


「驚いたか? この店はな、何を頼んでも凄いんだ」

「す、凄いと申しますと……?」

「今目の前にある通り、どれもボリュームが凄いんだよ」


 なるほど……。

 通りから外れた、言わば隠れ屋的なお店。

 しかし出されるメニューは、普段屋敷で食べている食事のボリュームとは比べ物にならない大盛り。

 まさか『フワフワホイップクリームの、特製クマちゃんパンケーキ』なんて名前のパンケーキが、こんな大盛りで出てくるなんて思わないでしょう……。

 どうやらクロード様は、ここがそういうお店だと事前に分かっていて、自分だけは注文せずに助かろうとしているのだ。


 ――ぐぬぬ、なんか納得いきませんわね。


 山盛りパンケーキを前に、悔しさだけが込み上げてくる。

 できることと言えば、恨めしそうにクロード様を睨むことぐらい。

 しかし、そんな私のことすらも、面白がって笑いだすクロード様。


「案ずるな、言っただろ? 今日はデートだと」

「……それが、何か関係ございまして?」

「そう拗ねるな」


 そう言ってクロード様は、何も注文されていないのにナイフとフォークを取り出す。

 そして腕を伸ばし私のパンケーキをナイフで小さく切り取ると、それをフォークに刺して差し出してくる。


「ほら、口を開けろ」

「……え?」

「はやくしろ、落ちるだろ」

「は、はい!」


 これは所謂、アーンってやつではないだろうか?

 しかし、今にも落ちそうなクリームに罪はない。

 私は言われるまま、慌ててその差し出されたパンケーキを口へ含む。


 ――あ、甘くて美味しい!


 それに酸味の効いたベリーソースが味を引き締めており、丁度いい塩梅だ。

 シンプルながらも、計算され尽くした味わいと言えるだろう。

 これならばどれだけでも食べられそうだし、故にこの量でもこのお店は成り立っているのだと分からされる。


「味はどうだ?」

「はひぃ、おいひぃです」


 あ、ヤバ。思わず咄嗟に反応してしまったけれど、はしたなかった。

 相手はこの国の第一王子様。

 口に物を含みながら話すなんて、公爵令嬢としてあり得ない。


 恐る恐るクロード様の反応を窺うと、クロード様は怒るどころか楽しそうにモグモグする私を見つめている。

 何がそんなに楽しいのかは不明だけれど、気にはしていないようで助かった。


「そんなに美味しいなら、俺も試してみないとな」

「あ、クロード様も頼まれますか?」


 私は慌ててメニュー表へ手を伸ばし、追加注文しようとする。

 しかし、私の伸ばした手は何故かクロード様に掴まれてしまう。


「その量、一人で丸々食べられるはずもないだろう」

「それはそうですね。でも、それだと……」

「そこにあるだろ」


 そもそも注文すべきではないだろうと思っている私に、クロード様は私のパンケーキを指差してくる。

 たしかにここにパンケーキはあるけれど、これは私ので……え?


「こういうのは、シェアするものだ」


 まさかと不安になる私に対して、クロード様は口を開けて向けてくる。

 つまりこれは、さっき私がされたことと同じことを、私にもしろと言っているのだろう……。


「早くしろ、顎が疲れるのだが?」

「は、はい! 今すぐに!」


 睨まれながら、私は慌ててパンケーキを切り取る。

 そして、急いでフォークへ刺してクロード様へ差し出すと、パンケーキをパクリと口へ含むクロード様。


 ――こうして黙ってモグモグしていれば、可愛いかもしれませんわね。


 攻守逆転。

 パンケーキをモグモグするクロード様のことを、私は内心微笑ましい気持ちで見つめる。

 すると、それがご不快だったのか、ギロリと睨まれてしまう。


「……俺の顔に、何か付いているのか?」

「いえ、何も……」

「ふん、だったらジロジロ見るな。ほら、もう一口だ」

「は、はいっ!!」


 ……えっと、デートってこういう感じでしたっけ?

 初めてだからよく分からないけれど、人の恋愛なんて十人十色。

 これも一つの、デートの在り方なのだろう……多分。

 結局最後までこんな感じで、私は計三回のアーンをさせられるのであった。



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