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第20話 デート?

 バーワルド王国の城下町。

 ここは、王国内でも一番の賑わいを見せており、休日ともなれば常に多くの人々が行き交っている。


 中でも名物の市場通りは大人気で、食材から武器まで様々なものが物流しており、遠方からの観光客などでいつも賑わっている。


 どこを見ても人、人、人――。

 歩きなれていない人には、ただ目的地へ向かうだけでも一苦労である。


「どうした? 慣れないか?」

「い、いえ、大丈夫です……」



 そんな賑わう街並みを、何故か私はクロード様と二人きり歩いている。 

 私はともかく、連れ添っているのはこの国の第一王子。

 だから当然、目立たないように地味な服装に色の付いた眼鏡をつけて変装はしているが、それでもすれ違う女性がこちらを見てくるのはクロード様の素質に他ならないだろう。


 キレイなブロンドの髪に、スラリと足の長い完璧なスタイル。

 私も相手がクロード様でなければ、もっとドキドキしてしまっていたに違いないだろう。


 しかし、どうしてこんなことになってしまったのか……。

 クロード様は、さっきも言ったようにこの国の第一王子であり、私の婚約相手。

 そんなお相手からのお誘いを、その場凌ぎの嘘でお断りできるはずもなく、こうしてせっかくの休日を一番会いたくなかった人と過ごしているのである。


 空から照り付ける日差しは強く、ただ歩いているだけでも汗ばんでくる。

 本当なら、涼しい自室で読書を楽しんでいたはずなのに……クソ……。


 そんな恨み節を抱いていると、隣にいたはずのクロード様の姿がなかった。


 まさか、誘拐!?

 と一瞬焦り周囲を見回すと、クロード様はすぐ近くの売店で何かを買っていた。


 この国の王子様が、こんな庶民の市場でお買い物……?

 それは公爵家で育った私にとって、ちょっと信じられない光景だった。

 しかし、クロード様は慣れているご様子で、きっと今日が初めてではないのだろう。


「何か買われたのですか?」

「ああ、これだ」


 そう言ってクロード様は、たった今買ったのであろう眼鏡を私へかける。

 視界はほんのりと暗くなり、どうやらクロード様のしているのと同じ色付きの伊達眼鏡のようだ。


「え? なんです? いきなり」

「いいから、それをかけていろ」

「は、はい」


 何だかよく分からないが、この眼鏡をかけていればいいらしい。

 まぁ少しだけ視界は悪くなるが、別に苦でもないし、このぐらい素直に従うとしよう。

 ちょっと日差しが眩しかったし、むしろ助かったぐらいだ。


「……お前は少し、目立ちすぎる」


 隣を歩くクロード様は、ぼそりと一人呟く。

 私が目立つ? クロード様ではなく?

 そりゃまぁ、私だって公爵令嬢ですけれど、クロード様を差し置いて私が目立つなんてことないと思うのだけれど……。


 やっぱりよく分からないが、とりあえず私は今日の目的を確認することにした。


「ところで、わたくし達は今どちらへ向かっているのでしょう?」

「もうすぐ着く」


 確認するも、教えてくれない。

 これで目的を伺うのは三回目なのだけれど、いずれもちゃんと教えてはくれなかった。


 ――まさか、このまま私を破滅させるおつもり!?


 だから、周囲に公爵令嬢だとバレないように私も変装させられたとか!?

 危機管理能力Sランクの私は、途端に不安になってくる。

 行先を教えてもらえないというのは、きっとこれから言えないような場所へ行くから。

 そして、クロード様が私を連れ出す目的なんて、絶対にろくでもないことに決まっている……!


 これはいよいよ、詰んだかもしれない……。

 こんなことなら、もっと必死にお布団にしがみ付いて死ぬ物狂いで駄々をこねれば良かった……。


 しかし、今更引き返すわけにもいかない。

 怯えながらクロード様の隣を歩いていると、市場の通りから離れて静かな通りへと変わっていく。


 先ほどの賑わいが嘘のように、穏やかな街並み。

 よく言えば閑静、悪く言えば二人きり。

 ちょっと脇道に逸れれば、周囲の目はなくなってしまう。


 つまり、ここで私を攫おうと思えば簡単。

 こんな閑静な街並みの中、攫われるかもしれないという不安を抱くのはおそらく私ぐらいなものだろう。


 しかし私は、悪名高き悪役令嬢。

 これまでの人生で誰の恨みを買っているか分からないし、攫われる可能性が十分にあると自分で思えるのが悲しい……。


「着いた、ここだ」


 するとクロード様は、ある建物の前で立ち止まる。

 一見すると一戸建ての木造家屋のようだけれど、玄関口には何やら看板のようなものが置かれている。

 しかし、どう見てもお店のようには見えないし、特殊なガラスで窓の中も外からは分からない。

 そんな得体の知れない建物の中へ、どうやら私は連れてこられたようだ――。


 ――ここで、私は終わりを迎えるかもしれないのね。


 どうする? 今からでも走って逃げだす?

 でも私の足では、クロード様にすぐに追いつかれてお終いだろう。

 自慢じゃないが、私は学園でも下から三番目に足が遅いのだ!


 だからやっぱり、ここへ来た時点で私はもう詰んでいるのだ。

 もうこの世界は、マジラブとは別の世界線だと割り切ることにしたけれど、それでも不安はそう簡単には拭えない。


「どうした? 行くぞ」

「は、はい……」


 ここまで来た以上、もうあとには引けない……。

 私は一度大きく深呼吸をしたのち、クロード様に続いてその建物の中へと足を踏み入れるのであった……。


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