今は、ハッピーハッピー夏休み。
学園に通う必要もなく、丸一日自由に過ごすことができるという、学生にとってのパラダイス。
……のはずだけれど、貴族に与えられる自由は少ない。
お父様のお供で参加するパーティーに、貴族の子達とのお茶会。
どれも仕事と呼ぶには緩すぎるけれど、それでも何だかんだ常に気を張っていなければならず、私のライフは徐々に削られていっている……。
「ふぁ~、づがれがどれない゛~」
そんな慌ただしさも一回休憩で、今日は数日ぶりの丸一日オフ。
日頃の社交活動で溜まった疲れを癒すべく、今日は絶対に丸一日ベッドのうえで過ごしてやる!
そう強く決心している私は、朝食もすっぽかして自室へ引き籠っている。
「朝からロマンス小説を読める幸せ……プライスレス」
この間はキースに邪魔をされたけど、さすがに今日は大丈夫だろう。
外は相変わらずの快晴だけれど、今日はこのまま読書を楽しむのだ。
そして面白かった作品の感想を、またゲールと語り合おう。
ああ、共通の趣味を語り合える関係って本当に素敵ね。
既に語り合いたいことだらけだけれど、楽しみはとっておきましょう。
というわけで、怠惰な私はネグリジェから着替えることもなく読書を始める。
ちなみにこれから読むロマンス小説は、王子様との身分差恋愛のお話。
作中に私のような悪役令嬢も登場することから、ちょっと何とも言えない気持ちにはなるけれど、それでも私は客観的にはこういう系統のお話が好きなのだ。
――あーあ、王子様との恋愛かぁ。
まさに、恋に恋する乙女の憧れる対象第一位だよなぁ。
かく言う私も、前世では小学生の頃までは憧れていたのだ。
いつか白馬に乗った王子様が、私のことを迎えに来てくれると――。
そして今、現実の世界に本物の王子様はいて、しかもその方は私の婚約相手。
前世の私にとってみれば、とても信じられない状況だと思う。
けれど実態は、私を破滅へ導くであろう張本人で、私から婚約解消まで申し出た天敵のような相手なのである。
まぁその解消の申し込みも虚しく、何故か婚約解消の解消という元通りに収まってしまったのだけれど……。
未だにその真意は謎のままだけれど、きっとクロード様は私をからかって楽しんでいるだけ。
だから、決して勘違いなどしてはいけないし、私に取って彼は私を破滅へ導く可能性のある張本人。
恋愛どころか、最もこの世界では注意しなければならないお相手なことには変わりないのである。
ああ、なんと現実とは世知辛いのでしょう――。
もう悪役令嬢は卒業したのだから、私だって少しぐらい幸せになってもいいと思わない?
この作品のように、私にとっての主人公足り得る王子様が迎えにきてくれるとかさぁ……あ、やばい、「ちょっと泣けてきたかも。
コンコンコン――。
すると、突然部屋がノックされる。
その状況に、私はものすごいデジャブを感じつつも、仕方なく返事をする。
「……はぁい」
「メアリーお嬢様、御客人がいらっしゃっております」
あ、これもう完全にデジャブだ。
何? 私がオフの日に限って誰かくるシステムでもあるの?
無理なんですけど?
もしかして、またキースではないでしょうね……?
私はウンザリしつつも、使用人の様子から今回もお断りできないであろう相手であることを悟りつつ、一応確認する。
「……それで、どなたがいらしているの? 帰ってもらうことはできないの?」
「それは……」
青ざめながら、隣に目を向ける使用人。
なるほど、つまり前回同様その御客人はすぐそこにいるのね……。
これ以上使用人を板挟みにさせるのも可哀想なので、ここは仕方なく私が折れることにした。
「……分かったわ。通して頂戴」
まぁ、どうせまたキースでしょう。
さっさと用件を聞いて、さっさとお引き取りいただきましょう。
「なんだ? そんなに来たら不味かったのか?」
しかし、聞こえてくる声はキースのものではなかった。
不満そうな言葉を漏らしつつ、その姿を現す今回の客人。
それは今私が最も警戒すべき相手――クロード様なのであった。
◇
「来たら不味かったか?」
「い、いいえ、そんなことは……」
――いや、不味いよ!? なんでいるのよ!?
訳が分からなくて、既にこちとらパニック状態なんですけどぉ!?
などと文句の一つでも言いたくなるが、相手はこの国の第一王子。
いくら私でも、不敬な発言は許されないし破滅まっしぐらだろう。
ここは完全社交モードで、慌てて取り繕うしかなかった。
「え、ええっと、本日はどうしていらしたのですか?」
「なんだ? 自分の婚約相手に会いに来るのに理由が必要なのか?」
……え~っとぉ? これは?
たしかに婚約解消の解消をされてしまったけれど、あれはあくまでからかっているだけのはず。
だというのに、クロード様自ら私に会いに来たというの?
いやいやいや、そんなわけがない。
クロード様は、そんなことをするタイプではないのだ。
今もからかうような笑みを浮かべており、この人はただ私の反応を見て楽しみたいだけなのである。
――くっそぉ、立場を利用しおって!
このまま負けっぱなしというのも、ちょっと癪だな。
そもそも先に婚約解消を申し出たのは私であって、クロード様はそれを断った側。
つまり私達の関係性において、離れたいのは私の方なのだ。
その主従関係を勘違いして貰っては困る。
そもそもクロード様には、フローラという絶対的ヒロインがいるのだ。
こんな私をからかう暇があるなら、さっさとフローラに会いに行くべきなのである。
「……申し訳ございませんが、本日はちょっと取り込んでいまして」
「こんな時間に、寝間着のまま読書していてか?」
……ぐぬぬ、やっぱり起きたらすぐ着替えておくべきだったか。
しかし、家を出るつもりもないのに一々着替えるなんて面倒この上ない。
そもそも、こうしてオフの日を狙い定めたようにやってくる彼らが自重してくれさえすればいいだけの話。
文句を言う権利はあっても、言われる筋合いはないのである。
「違いますわ。わたくし、午後から用事がございますの」
「ほう? そうか、ならばまだ小一時間は余裕があるな」
「ふぇ?」
時計を見れば、まだ午前十一時前。
たしかにまだ、午前中は時間がある……。
――しまった……どんぶり勘定過ぎた!
ここは「これから用事がある」とか言っておけば良かった!
普段ならそのぐらいの機転は回るけれど、寝間着姿でいるせいか無意識的にすぐに動きたくはない気持ちが漏れてしまった……。
何たる不覚……!
しかし、一度言ってしまった言葉はもう呑み込めない。
だが冷静になれ、このままクロード様が居座るとしてもMAX一時間。
適当にやり過ごせば問題ない時間だ。
そうと分かれば、私は今度こそ最善の選択を取る。
なーに、この公爵令嬢メアリー様、小一時間王族のお相手することなんて造作もございませんことよ!
「普段は少し近寄りがたい感じがするが、今のお前は可愛いな」
「か、かわ――!?」
この間のキースといい、なんでこの人達はそう安々とそういう言葉をいえてしまうのだ!?
「なんだ? もしかして、照れているのか?」
「そ、そそそんなわけございませんわ! ちょっと驚いただけですっ!」
「ほう? 何に驚いたんだ?」
「それは、クロード様らしくないなと思ったからです!」
「らしいって、なんだ?」
「それは……その……もっとこう、普段は冷たい感じというか……」
「これでも一応王子なのだが、お前は随分と正直に言うんだな?」
しまった……さすがに今のは不味かったか?
相手はクロード様なのだ、生半可な覚悟で向き合ってはダメなお相手だった。
つい数秒前の、造作もないと思っていた自分を引っ叩きたくなる。
しかしクロード様というと、何がおかしいのか面白そうに微笑んでいらっしゃる。
そう、私は完全に、クロード様に弄ばれてしまっているのであった。