「はぁ~、自由だわぁ~」
自室のベッドへ、大の字で寝転がる。
今は魔法学園へ入学して初めての夏休み。
朝早く学園へ行く必要もなく、予定さえなければ好きな時間に起きて好きに過ごしていいのである。
ああ、なんて素敵なのでしょう。
朝が弱い私にとって、何もしないで良いということがこんなにも幸せだったなんて……。
「くぅ~、日差しを浴びながら横になるベッドは最高ね」
本来ならば、今は学園で授業を受けている時間。
でも今は、こうしてベッドで横になっていられる。
なんという背徳感――!
――いっそこのまま、二度寝してしまおうかしら。
今日は何も予定はないし、何もせず自堕落に過ごしてやったっていい。
すべては私の匙加減。
ちょうど新作のロマンス小説を買ったところだし、今日はとことん自分の時間を楽しむことにいたしましょう!
コンコン――。
しかし、さっそく本へ手を伸ばしたその時だった。
使用人が、部屋をノックする。
「メアリー様、今、よろしいでしょうか?」
「……ええ、開けなさい」
「失礼いたします」
今日は何もないはずだけれど、いったい何用だろうか……。
何だか嫌な予感しかしない……。
「メアリー様、ご客人がいらしております」
「え? 今日は誰とも会う予定はなかったはずですけれど?」
「はい、それが……急に来られたようでして……」
使用人も困惑気味の様子。
きっと相手は断りづらい相手なのだろう。
であれば、私もその客人と会うべきなのだろう。
けれど、この夏休み。
私だって丸一日自由に過ごせる日は限られているのだ。
だから今日の私は、絶対に応じない!
だって私は、自他共に認める悪役令嬢メアリー・スヴァルト!
相手が誰であろうと、このベッドと一体化することを心に誓った今の私を動かすのは不可能でしてよっ!
というわけで、悪いけれど今日のところはさっさとお引き取り願いましょう。
今は夏休み。閉店ガラガラよ。
「悪いけど、今日は会えないと伝えてもらえませんか?」
「いえ、しかし……」
「まぁ、言いづらいのは分かるわ。だったら、私からお父様にでもお願いしましょう」
「それで? なんてお願いするんだ?」
仕方なく起き上がろうとしたその時、扉の陰からひょっこり顔をだすキース。
なるほど、相手は同じ公爵家。だから使用人も、あれほど困惑していたのか……。
するとキースは、私のことなんてお構いなしに部屋へと入ってくる。
あのぉ……私、これでも一応女の子なんですけど?
本当にこの男は、距離感がバグっているというか何というか……。
「……キース様。一応ここは、レディーの部屋でしてよ?」
「ああ、そうだな」
「そうだな、じゃなくてですね。許可なくレディーの部屋へと入ってくるのは、いかがなものかと思いますけど?」
「まぁまぁ、そう怒りなさんなって。減るもんじゃないだろ? 今日はちょっと、話をしにきただけだ」
そう言ってキースは、我が物顔で椅子へと腰かける。
どうやらキースは、ここでこのまま私と会話をする気満々のようだ。
減るもんじゃないとか言うけれど、私の気は確実に擦り減っているんですけどね。
「はぁ……もういいですわ。それで? 話ってなんです?」
もういい、さっさと用件を聞いて帰っていただきましょう。
これから私には、自分の時間を満喫しなければならないという重大ミッションを控えているのですから。
「いや、別にないけど」
「……は?」
「言ったろ? 話をしにきただけだって」
「えーっと……本当に、それだけですの?」
「ああ、そうだが?」
「私と話をしに来ただけと?」
「おう」
「フローラではなく?」
「ん? よく分からんな。どうしてここで、フローラの名前が出てくるんだ?」
いやいやいや、それはもちろん彼女がヒロインだからですけれど。
しかしキースは、本当に意味が分からないといった様子で、今こうしてフローラではなく私に会いにきたということになる。
つまりそれは、この世界でのキースはフローラの攻略対象ではないということになるのだろうか……?
……いや、いい。
今はそんなことより、キースがここへきた理由だ。
ただ話をしに来ただけってなんだよ! もう!
せっかく一人で読書タイムを楽しもうと思っていたのに、これでは貴重な夏休みも台無しよ!
……と声を荒げたくなる気持ちをぐっと堪えて、私は平静を装いながら対処する。
「いえ、深い意味はありませんわ。生憎ですが、今の私は忙しいのです。特に用がないのなら、お引き取りくださいまし」
「なんだよ冷たいなぁ。ちょっと寄ってくぐらい良いだろ?」
「わたくしの家を、どこぞの大衆居酒屋か何かだとお思いで?」
「たいしゅう、なんだそれ?」
しまった。こっちの世界の人に、大衆居酒屋って言葉は通じないんだった。
「なんでもありませんわ。とりあえず、今日の私はとっても忙しいのです」
「こんな天気の良い昼間から、ベッドの上にいてか?」
「そ、それは、これから忙しくなるんです。とてつもなくね」
「ふーん、そういうもんか」
「そういうものなのです」
もういいから、さっさと帰ってくれないかしら……。
そもそも今だってまだ寝間着姿ですし、こんな状態で人と会うなんて思っても……って、不味い!
自分が今、いつものネグリジェ姿であることにようやく気が付く。
透けてはいないと思うが、決して人様に見せるような布面積ではない!
急に恥ずかしくなってシーツで全身を隠すと、キースはわざとらしく残念がる。
「くっそー、気付いちまったか」
「み、見ましたわね!?」
「そりゃまぁ、見えちまったな」
「見えちまったな、じゃないです!」
「じゃあ……大変眼福にございました」
「そ、それで許されるとでも思いまして!?」
見ましたわね! まだ彼氏にも見せたことがないのにっ!!
まぁ、この間婚約解消を申し出た私には、残念ながら彼氏なんていないのですけど……。
というか、その婚約解消も何故か解消されてしまって訳が分からない状況なのですけど……。
あれ? 何だろう、急に悲しくなってきた……。
それじゃあ、キースに見られたって別にいい……わけがない。
どんな状態だろうと、それはそれ、これはこれだ。
年頃の女性が、そう安々と薄着姿を異性に見せていいものではない。超ギルティーだ。
「やっぱり、メアリー嬢は面白いな」
「面白い?」
は? 今の何が面白いっていうのよ?
こっちは何にも面白くないんですけどぉ!?
「そういうところがだよ。素直に、可愛いなって思うぜ」
「か、かわ――!?」
な、ななな、何を言っちゃってるのこの人は!?
チャラい! やっぱりこの人は、圧倒的にチャラい!!
きっとあちこちでも、こういうことを平然と言って女を口説いているに違いない。
こんなチャラい人間に、この公爵令嬢であるわたくしが靡くとでもお思い!?
無理ゲーよ! 超無理ゲー!
「お、メアリー嬢でも照れるんだな」
「て、照れていません!」
「はいはい、そういうことにしておこう」
そう言って、用は済んだとばかりに立ち上がるキース。
一刻も早く帰って欲しかったのだが、何ていうか今の流れで帰られるというのは勝ち逃げされているみたいで不服だ。
「ど、どこへ行かれるのです?」
「どこって、今日はちょっと話があって、メアリー嬢の御父上に会いに来たんだよ」
「ふぇ?」
え、じゃあ何?
そもそもキースは、私ではなくお父様と話をしに来ただけってこと?
「てことで、またな! メアリー嬢!」
含み笑いとともに、部屋から去っていくキース。
つまり私は、完全にキースに揶揄われていただけってことでは……?
「なんなのよ、もうー!」
誰もいなくなった部屋で一人、私は憤りをぶつける対象もなく不満の声をあげるしかないのであった。