――不味いことになったわね。
まさかのクロード様から告げられた、婚約解消の解消宣言。
こんな高飛車な悪役令嬢で、ゲームでは破滅させるほど嫌な相手のはずなのに、どうしてクロード様はあんなことを言ったのか……。
考えられる可能性は、ただ一つ。
クロード様は、まだ私のことを諦めていなかったということ。
もちろんそれは、良い意味などではない。
クロード様は、私を破滅させることを諦めていないのだ。
そう考えると、全てに納得がいった。
既にゲームとは異なる展開になっているのは間違いないが、だからといって私の破滅が回避された保証なんてどこにもない。
そう、私は未だに自由など手に入れられてはいなかったのだ。
けれども、諦めたらそこで試合終了。
私は私が破滅しないため、これからもやれることをやるしかないのである。
というわけで、今日もこれからフローラとの貴族勉強会だ。
これで何度目になるだろうか、フローラも私に対して心を開いてくれるようになった。
そう、相変わらずクロード様のことは読めないけれど、フローラとの関係は確実に変わってきているのだ。
マジラブの世界では、ヒロインであるフローラが中心に回っていた。
であれば、フローラと親しい関係さえ構築できていれば、私が破滅する確率もぐっと下がってくる。
それだけは確かなことだけが、私にとって唯一の安心材料。
でも、私がフローラと密会するのはそういう打算的な理由だけではない。
私自身、フローラのことが好きなのだ。
実際に接してみると、フワフワしていて可愛いし、何ていうか守ってあげたくなる愛らしさも兼ね備えている。
一言で言えば、さすがヒロイン。
私もフローラのような愛嬌があれば、きっともっと生きやすい人生を歩めていたのだろうけれど、これに関しては無いものねだり。
人には人の個性があるし、私ではヒロインにはなれない。
だからフローラの近くで、私はこの世界のラブコメがどんな結末を迎えるのか特等席で楽しもうと思う。
それに私自身、フローラとの会話は楽なのだ。
貴族同士の場合、私は公爵令嬢。
だから皆畏まって接してくるし、私も上級貴族として常に規範となるよう振る舞わなければならない。
けれど、フローラ相手なら関係なく、気を抜いて話すことができる。
フローラの接しやすさもあるけれど、私にとってフローラは何度もゲームでプレイしたキャラクター。
だから私は、勝手に親しみを感じているのも大きいのだろう。
そんなこんなで、本日も無事に図書館へ到着。
けれど今日は、フローラは委員会の活動とかで少し遅れてくるのだそうだ。
貴族である私を待たせることを申し訳ないと思っているようで、また今度でいいと何度も謝られたが、私もフローラとお喋りしたいし気にしないでいいと言っておいた。
というわけで、私はフローラを待っている間、そういえばまともに利用したことのない図書館を利用して時間を潰そうと思う。
この国でも随一の大きさを誇るこの図書館には、魔法の学術書からこの世界の歴史まで、さまざまな書籍が並べられている。
中にはロマンス小説まであるらしいが、それはまた今度。
いつフローラが来るかも分からないから、今日のところは苦手な魔法の座学についての勉強でもいたしましょう……。
「にしても、本当に沢山あるわね」
かなり古い文献から、最近の有名な魔術師の記した魔法書まで本当に沢山の本がある。
魔法の座学についても沢山の本が並んでおり、正直どれから手を付けたらいいものか分からない……。
「あ、あの本とか良さそうかも」
タイトルなんて、正直どれも違いが分からない。
であれば、こういうのはフィーリングで決めるべし!
あの上段の本が気になるのだけれど、残念ながら少し手が届かない……。
決して私がチビなわけではない、この本棚の上段が無駄に高いのが悪いのだ。
周囲には、何か踏み台に出来そうなものもない。
仕方ない、何か別の本を探すとしよう……。
「届かないのですか?」
しかし、私が諦めようとしたその時だった。
いきなり背後から男性の声をかけられる。
「え? ええ、ちょっと届かなくて――」
ちょうどいい。この人にお願いして取ってもらおうと振り向いたところで、私は驚きで固まってしまう――。
「どうかされました?」
「ゲール……」
「え? 僕の名前……」
「あ!? い、いえ! ゲールド・アシュマンの魔法書がどこかに無いかなぁと思いまして!」
「ああ、ゲールド・アシュマンですね。それでしたら、こちらにありますよ」
危ない危ない……。
思わず名前を呟いてしまった。
咄嗟に誤魔化したが、どうやらバレてはいないようだ。
彼の名前は、ゲール・ノイナー。
他でもない、彼もまたマジラブの攻略キャラクターの一人。
魔法の才能に恵まれており、この学園での魔法の成績は常に主席の天才。
しかし、それ以外のことはほとんどが平均以下。
けれど容姿にも恵まれており、特徴的な銀髪に女性のような中世的なルックス。
クロード様やキースほど学園で目立ってはいないが、密かにゲールに思いを寄せている人も少なくない。
眼鏡をかけた彼からは、どこかミステリアスな雰囲気も感じられる。
それは見た目だけでなく、彼自身本当にミステリアスな性格をしており、ゲーム内でも一番攻略が難しい人物なのである。
私もゲールを攻略するのには、最初は結構苦労したものだ。
普通ならこれでいいだろうって選択肢を選ぶと、悉く失敗してしまうのである。
「あった、これです」
「え? ああ、ありがとう」
「どういたしまして」
本を見つけてきてくれたゲールは、私に本を差し出しながらふんわりと微笑む。
ゲームでも、こうしてよく笑っていたなと懐かしくなるが、ゲールだって攻略キャラの一人。
変に接触はすべきではないため、ここはさっさと本を受け取り席へ向かうとしよう。
そう決めて歩き出すも、何故かゲールは私の後についてくる。
そして私が着席すると、何故かゲールも向かいの席へと腰かけるのであった――。
――え? 何!?
決して顔には出さないが、何故か離れようとしないゲールに困惑する。
しかしゲールは、相変わらずふんわりと微笑みながらこっちを見てきている。
「……えーっと、何か御用でしょうか?」
「いえ、ここで何をされているのかなと思いまして」
「見てのとおり、読書ですけど?」
「そうですね」
え、マジで何なんだ……?
ゲームとは全く異なるゲールの行動に、理解が追いつかない。
「でも、この前は違いますよね?」
「え?」
「前にも、図書館へ来られてますよね」
変わらず笑みを浮かべながら、ゲールはまさかの言葉を告げてくる。
――え? 見られていた!?
いつも奥の方の目立たない席に座っているし、周囲に人気もなかったはず。
けれどゲールには、私達が密会していることがバレてしまっているようだ……。
でもまだ、フローラと会っているとバレたわけではない。
私から要らぬことを口走らないように気を付けつつ、やんわりとこの会話を終わらせよう……。
「え、ええ、たまにですけれどね」
「そうですよね、今日はフローラさんもご一緒じゃないのですか?」
……あ、やっぱりバレてますよねぇ。
まぁバレているのなら仕方ない。
どうやらこれは逃げられそうもないし、ゲールからしてみればフローラはヒロイン。
フローラのことが気になるのは当然なのかもしれない。
しかし、まさかあの攻略最難関のゲールの方から、こんな話を持ち掛けられるとは思わなかった。
「ええっと、そうですね。このあと来る予定ですが……」
「なるほど。では、お話は早めに済ませた方が良さそうですね」
「お話? 何かございますの?」
話ってなんだ?
あまりにもいきなり過ぎるが、話の流れ的にフローラに関する話なのだろう。
一体何を言われるのかと、私は少し緊張しながらゲールの言葉を待った。
そして――、
「ええ、どうやら僕、フローラさんに一目惚れしまっているみたいなんです」
まるで天気の話でもするように、ゲールから衝撃の言葉を告げられるのであった――。