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第13話 自由と現実

 トーマスとの件も一件落着して、私はついに本当の意味での平穏を手に入れた――!


 ああ、なんと素敵なことなのでしょう。

 何もないということが、こんなにも尊いことだったなんて、以前の私では思いもしなかったでしょう。


「メアリー様、何か楽しいことでもございました?」

「あら? どうして?」

「なんだか、幸せそうに見えたので」

「ふふ、そうね。何もないから幸せなのよ」

「はぁ、なるほど?」


 首を傾げるA子さんは、きっとまだ本当の幸せというものを知らないのでしょう。

 でも大丈夫、これから大人になっていけばいいのです。

 そう! この私のようにねっ!


 まるで背中から羽が生えているように足取りの軽い私は、圧倒的自由を感じながら教室を出る。

 もう私を阻むものも、拒むものもない!


「よぉ、メアリー嬢」


 しかし、そんなことはなかった。

 私の自由は、教室を出るとすぐに奪われることとなる。

 何故なら、この学園で私が会いたくない人物第二位であるキースに声をかけられてしまったからだ……。


「……気安く話しかけないでくださいまし」

「なんだよ、挨拶ぐらい別に構わないだろ?」

「はい、ではごきげんよう」


 触らぬ神……ならぬ攻略キャラに祟りなし……。

 当たり障りない会話だけで済ませ、さっさとこの場から立ち去るに限る。


「まぁまぁ、ちょっと待てって。例の件はどうなった?」


 しかし、空気が読めないキースは引き下がらない。

 というか、私のことなど気にせずにグイグイくる。


「いや、だからその件は無理ですって申し上げましたよね? そもそも、どうして私なんですか」

「それは、俺じゃなくて彼自身が希望したことだからなぁ」


 彼というのは、トーマスのこと。

 何の話かというと、トーマスからキースへ私を師匠にしたいという申し出があったのだそうだ。

 しかし、私にとってトーマスは推しであって、弟子などではないのだ。

 そもそも師匠って、何をもってして師匠なのか意味が分からない。


 近づき過ぎず、離れ過ぎず。

 推し活において、推しとの距離感というのは非常に重要なのである。


 私は、自分で努力して成長していったトーマスに尊みを感じているのです。

 その過程に私が関与してしまっては、何ていうか本末転倒なのである。


 しかし、問題はこれだけでは済まなかった。

 キースとのやり取りどころではない事態が、発生してしまう――。



「そこで何をしているんだ?」



 私とキースに向かって、訝しむような声がかけられる。

 その声は私もよく知っている声で、キース以上に関わりたくないと思っている相手――。


 この学園で、私が会いたくない人物第一位。

 クロード様の姿が、そこにあったのでした――。


「何って、世間話だよ。なぁ?」

「へっ? ええ、まぁ……」

「なんだ? 俺に知られると不味いことなのか?」

「い、いいい、いえ! そんなことはないですわ!」


 ちょっと、やめてよキース!

 私に話を振らないでよ!

 このお方にだけは、嫌われたらダメなのよ!

 破滅しちゃうんだからっ!


 慌てて取り繕うも、クロード様から向けられる訝しんだ視線は変わらない。


 ――不味い……ど、どうしよう……。


 やっと自由を手に入れたと思ったのに、どうしてこうすぐに上手くいかなくなるのだろうか……。

 今度お払いにでも行こうかしら……って、この世界に神社はないんだった。

 代わりに、教会とか? ……いや、いい。やめよう。

 だって、この世界の神様は信用ならないもの。


「まぁまぁ、本当にただの世間話だよ。それよりも、次は実習なんだろ? 時間、大丈夫か?」

「……そうだな」


するとそこで、キースからのナイスアシストが入る。

 さっきの余計なフリも、日頃のウザさも、この功績に免じて一旦チャラにしてやってもいい!


 これで無事、私の平穏も保たれるだろう。

 でもそこで、私の中で一つの疑問が生まれる。


 ――無事って、何をもって?


 今はこの場を切り抜けたとしても、この先も続くのではないか?

 だったら、今ここで不安を解消しておいた方が、長い目で見れば安心なのでは……?


 やばい、どうやら今日の私は頭が冴えているようだ。

 短期的なものの考え方ではなく、中長期的に物事を考える。

 将来は、経営者か何かが向いているのかもしれない。

 自分の才能が恐ろしくなりつつも、私は意を決してクロード様を呼び止める。


「あ、あのっ!」

「……なんだ?」


 よし、引き留めることには成功。

 あとは、クロード様の今の恋愛進行度を確認しよう。

 マジラブをやり込んだ私なら、これからする質問でクロード様の恋愛進行度はすぐに分かるのだ。


「ク、クロード様は、す、すすす……」

「すす?」

「すすす、好きな方、出来ましたかぁ!?」


 よ、よし! 言えた!

 あとはクロード様が、どんな反応をするかで私が次に取るべき行動も判明する。

 幸いフローラとは、貴族勉強会で会話ができる関係を構築できたのだ。

 だったら自分の平穏な生活のためにも、この世界のヒロインと王子様の恋愛をサポートしてやろうじゃないの。


「……は?」


 しかし、クロード様の反応は私の予測のどれとも違っていた。

 本当に意味が分からないといったご様子で、言葉を失ってしまったのだ。


 ――もしかして私、何かやっちゃいました?


 あっれー、おかしいな……。

 これ、不味い気しかしないんですけど……?


 焦りから、変な汗が流れ落ちていく。

 完全にやらかしてしまった私は、咄嗟に謝罪する。


「あ、い、いえ! 申し訳ございませんっ! 今のは忘れてください!」


 ここは謝罪して、撤退あるのみ!

 完全に要らんことを言ってしまった。

 調子に乗って、すぐ失敗してしまうのは前世の私の悪い癖だったことを思い出す。


「……ぷっ」

「ぷ?」

「ぷははは! いや待て、何なんだお前は!」


 ……え? もしかして今、笑われている?

 あのクロード様に……?

 まさかの状況に、理解が追い付かなくなる。


「お前は、婚約解消を申し出た相手の恋愛を心配しているというのか?」

「い、いえ! そういうわけでは……いえ、そうなりますかね?」

「どっちなのだ」


 うぐっ……自分でも分からない。

 ただ私は、フローラとの進行度を確認したかっただけですとは言えないし……。


「はぁ……よし、決めた」

「き、決めた?」

「ああ、お前との婚約解消は保留だ」

「う、うぇえええ!? ほ、保留ううう?」

「俺は一度も、解消するとは言っていないからな?」


 ええええ!?

 ちょ、ちょっと待って! どうしてそんな話になる!?

 私の要らぬ発言で、事態はまさかの方向へと転がってしまう。

 やはり触らぬ神――もとい、触らぬ攻略キャラに祟りなしだったか。

 一体さっきのやり取りの何がいけなかったのかすら分かっていないが、とんでもない大失態を犯してしまったことだけは確かだった……。


「か、考え直してみるとかは……?」

「考え直して、決めたんだが?」

「な、なるほどぉ……」


 あ、うん。これ、もうダメなやつだ……。

 こうして私は、自由を手に入れたと思い浮かれていたのも束の間、まさかの振出へと戻ってしまうのであった……。


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