トーマスの一件も無事解決した翌日。
お昼休みに教室で談笑していると、突如教室中に驚きの声が上がる。
何事かと思いみんなの視線の先を振り向いてみると、そこには何故かキースの姿があった。
――なんでここに、キースがいるのよ!?
……って、あれ? 昨日も全く同じことを思った気がする。
本当にあの人は、いつからこんな神出鬼没なキャラになったのかしら……?
「お、いたいた。メアリー嬢」
「……何か、御用ですか?」
「用があるから来たに決まってるだろ? 今、時間いいか?」
「……ええ、まぁ」
ちょっと言い方が癪に障るが、恐らくキースは昨日の件で話があるのだろう。
一応私も当事者なのだ、ここでお断りするわけにもいかないか……。
「「キャー!!」」
しかし、私が立ち上がると同時に教室中が色めきだす。
事情を知らないみんなからすれば、私がキースからのお誘いを受けたようにしか見えないのだろう……。
――ああもう、面倒ね。
この私に、こんな風に気さくに声をかけてくる人間など限られる。
そんな極稀な存在と、こうして変に繋がりが出来てしまったことが今更になって悔やまれる。
ましてや、キースはマジラブの攻略キャラの一人。
下手な干渉は極力避けたいのだけれど、今回は仕方あるまい……。
変に目立ちたくないのは、恐らくキースも同じなのだろう。
会話は一切なく、私を人気のない場所へと連れていく。
それは私としても好都合なのだけれど、よく考えてみると人気のない場所で男性と二人きり……。
今更になって、それって大丈夫なのかと緊張感が高まってくる。
キースが何かしてくるとは思わないが、私だって一応はか弱き女の子。
もし男性が力任せに迫ってこれば、私の腕力ではきっと敵わないだろう。
……まぁそれを言うなら、昨日私は男性三人を相手に一人で挑みにいったわけだけれど。
なんてことを考えながらついていくと、校舎裏の一角へ到着する。
いったい何の話があるのかと身構えていると、この人気のない場所には何故か先客がいた。
――え、ウソ……!?
そして私は、その人物の姿に驚きを隠せなくなる。
何故ならその人物とは、私の推し。トーマス・ワーグザーだったからである――。
「あ、その、えっと……わ、わざわざご足労頂き、ありがとうございますっ!」
「い、いえ、別に構わないわ」
「な、なら良かったです!」
――私、トーマスと会話できてる!?
これはゲームでは、絶対にあり得なかったこと。
まさかこうして、推しとの会話ができる日がくるなんて……!
貴族社会で身に着けた社交モードで、感情を表に出すことはない。
けれど、内心はもうドキドキのバクバク状態。
分かりやすく緊張しているトーマス以上に、私の方がどうにかなってしまいそうな状態である。
「トーマスくんから、メアリー嬢に話があるみたいだぜ?」
「なるほど……」
話って、何だろうか……?
あのキースに頼み込んでまで、ここへ私を呼び出したのだ。
きっとこれから、何か大切な話があるのだろう。
ここは浮かれている場合ではないと、私も気を引き締める。
「その……こ、この間は、助けていただき、ありがとうございました!」
「いえ、どういたしまして」
心の内を悟られないように、笑みを浮かべながら返事をする。
もじもじとするトーマスに高まっている場合ではないのだ。
「その、あとでフローラさんから全て聞きました! フローラさんが、メアリー様に相談されたって!」
「そうね」
「すみません、僕なんかのために、まさかメアリー様が動いて下さっていたなんて……」
「気にしなくて大丈夫よ」
大丈夫、ちゃんと会話のキャッチボール出来ている……はず。
心なしか、トーマスが見る見る縮こまっているような気がするのだけれど……。
「それで、僕……決めたんです!」
「決めた?」
「はい! 僕もメアリー様のような、強い人になるって!」
えっ!? 私ぃ!?
いやいや、私じゃなくてキースじゃないのぉ!?
……って、そうだった。
ここはゲームではなく現実世界。
この世界ではキースじゃなくて、私がいじめ問題を解決してしまったのだ。
だからこの場合、憧れるのは私が正解?
でも私は悪役令嬢で、そんなトーマスからあこがれを抱かれるような存在じゃない。
しかし、キラキラとやる気に満ち溢れた視線を送ってくるトーマスに、私は何て返事をしていいのか分からなくなる。
「そ、そう。頑張ってね……」
「はいっ! 頑張りますっ!」
お、おう、眩しい……!
でも大丈夫よ、トーマスなら大丈夫なことは私が誰よりも知っているから。
だからあなたはあなたの思うまま、これから輝き続けてくれたらいいの。
「よし、話もちゃんとできたな! まぁこれからも、トーマスくんのことをよろしくな!」
「ええ、キース様に言われなくても大丈夫ですわ」
「おいおい、冷たいな。――にしても、メアリー嬢もちょっと変わったよな」
「変わった?」
「ああ、以前のメアリー嬢はもっと取っ付きづらい感じがして、ぶっちゃけ少し苦手だったんだわ。でも今は、そうじゃないっていうかさ」
「……それ、本人を前にして言います?」
そうだった……。
キースはよく言えば豪快、悪く言えばすごくノンデリな人だった……。
ゲームをプレイしている時は、こういう裏表がないところが良いなと思っていた自分もいたのだが、 いざこうして実際に接してみるとちょっと絡みづらい……。
「ハハハ、違いない! まぁ、見直したって話だ」
「はいはい、そうですか」
何はともあれ、トーマスともお近づきになれたし全てが結果オーライ。
あとは静かに推し活に専念できそうだと、一人充実感と達成感に胸がいっぱいになるのであった。