――なんでキースが、ここにいるのよっ!?
完全に悪役令嬢をやり切ったと思ったのも束の間、まさかの展開に動揺が隠せなくなる。
ここはゲームの中ではなく、現実世界。
今回トーマスの解決を依頼されたのは私であって、キースの出番ではないはず。
だというのに、どうしてここにキースが……。
しかし、その答えもすぐに判明する。
キースの背後の物陰からひょっこり顔を出し、こちらへ向かってグーポーズを向けてくるフローラの姿。
恐らくキースは、あそこの背後から応援しているフローラから相談を受けてここへやってきたのだろう。
フローラの反応から察するに、彼女はただ男性三人を前にする私の助っ人にキースを呼んでくれただけ。
彼女の表情に悪意など微塵も感じられず、それが純度100%の善意であることが伝わってくる。
というか、私がキースとの接触を避けていることなんて、そもそも私以外誰も知らないわけで……。
だからこれは、言ってしまえば私の中だけの問題。
つまり、この場を上手く切り抜けさえすれば良いということに思い至った私は、とっさに平静を装う。
「あら、これはキース様。お久しぶりですわ。任せるとは、どういうことでしょう?」
「そのまんまの意味だ。メアリー嬢、あんたはちょっとやりすぎだな」
私の問いかけに、キースはやれやれと返事をする。
やりすぎも何も、今回の件は立派な恐喝。
出るところに出れば、私が直接関与せずとも彼ら三人には然るべき断罪が待っているだろう。
「とは言っても、お前達三人のやったことは最低の行為だ。彼から奪った分は、全て彼に返すべきだな。今回だけではないのだろう?」
「は、はい! 今すぐにっ!!」
キースの言葉に、三人は慌ててトーマスへ返金する。
三人の手持ちの金額を寄せ集めると、想像以上の金額がトーマスへと返される。
こいつら、こんなにトーマスから巻き上げていたのか……。
「どうだ、それで足りているか?」
「はい……足りて、います……」
「よし。じゃあお前ら、もしこれに懲りず再び彼に悪さをするっていうなら、今度はこの俺も黙ってないからな。この意味、分かるよな?」
「「は、はいっ!! 申し訳ございませんでしたぁ!!」」
「さて、三人はこうして謝っているが、メアリー嬢はどうする?」
「いやいやいや! ちょっとお待ちください! これだけで彼らを許していいわけがないでしょう?」
甘い、いくら何でも甘すぎる……!
トーマスをいじめていた三人に対して、それでは駄目でしょう!
ゲームとの展開こそ違えど、正直私はゲームをプレイしている時からずっとキースの判断は甘いと思っていたのだ。
だから私は、そのゲームで感じていた鬱憤を晴らす意味でも、今回三人に対しても厳しく出たのだ。
ここで許すなんて断固反対!!
内なる悪役令嬢が、ここで許してなるものかと叫んでいるの!!
「じゃあメアリー嬢。聞くが、ここでこいつらを退学させたらどうなる?」
「どうなるも何も、それが然るべき措置ではなくて? でないと、他の生徒に示しがつきませんわ」
「まぁ確かに、そういう考え方も一理ある。だが、それで彼はどうなる?」
そう言ってキースは、トーマスの肩へ腕を回す。
つまり彼とは、三人組のことではなくトーマスを指しているのだろう。
――どうなるって、そりゃ普通に助かるのでは?
いじめてきた三人組を、無事に退学へ追いやれるのだ。
となれば、この学園における明確な敵がいなくなり、これからは自由自適に過ごすことだってできるだろう。
だから私だったら、ざまぁみろとしか思わない。
しかし、キースはそういうことを言っているのではないのだろう。
何か別の理由があって、こうして私へ問いかけてきていることは分かっている。
だからもう少し、客観的に考えてみることにした。
ここで私が三人を退学にさせたとしよう。すると、どうなる?
まずトーマスは、貴族の三人を退学に追いやった平民として全校生徒に知られることとなるだろう。
そこまで思い至り、私はキースの言葉の意味に気が付く。
だって、記憶を取り戻す前の悪役令嬢な私だったら、そんな話を聞けば絶対にトーマスのことを許さなかっただろうから……。
どんな事情があれど、平民が貴族の威厳を傷つけるなど言語道断。
そこに事の善悪などは関係なく、私は生意気な平民のことを絶対に敵視していたと思う……。
それに、この三人だってそうだ。
今は私達に恐れ従っていても、時間が経ったらどうなるかなんて分からない。
もし後日、街で偶然トーマスを見かけた時、彼らはどういう行動に出る?
彼らにとってトーマスは、自分達を退学へ追いやった張本人。
逆恨みでまた危害を加えようとするかもしれないし、実家の商会に対する嫌がらせとかにも発展する可能性だってある。
つまり今回の件、この場を処理するだけでは不十分なのである。
ちゃんと後先のことも考えて、もっと慎重に事を運ぶべきだとキースは言っているのだ。
でもそんなことは、私であれば本質的な問題には成り得ない。
何故なら、この私が根回しさえすればどうとでもなることだから。
トーマスへ手を出すということは、この私、メアリー・スヴァルトを敵に回すことになると広く知らしめてやればいいだけなのだ。
相手が誰であろうと、この私に歯向かえるというなら望むところだ。
……でも、それじゃダメなのだ。
この件で一番気にすべきは、三人への処遇でも、私の立ち回りでもないから。
他でもない、トーマス自身のことを第一に考えなければならなかったのだ。
いじめを受け続けてきた辛さ、歯向かえなかった悔しさ、そして、この期に及んでも自分では何もできない無力さ……。
そんな負の感情だけが、トーマスの中に残ってしまうのではないだろうか……?
「そうだ、俺達が首を突っ込むだけでは何も解決しない。全部メアリー嬢のエゴってことだ」
「エゴ……」
……たしかにその通りだ。
トーマスの為だと言いながら、私は物事の判断に自分の感情を押し込めていた。
判断基準は私の善悪のみで、それはキースのいう通りただのエゴ。
何より優先すべきは、トーマスだというのに……。
「それで、君はどうしたい?」
そしてキースは、改めてトーマスへ問う。
トーマス自身が、この件とどう向き合うのかについて――。
「……僕は、悔しいです。こんなにも弱い自分が、悔しいんです……」
唇を噛み締めながら、必死に自分の感情を吐き出すトーマス。
心の内側を吐き出すように紡がれたその言葉が全てだった。
いじめてきた三人に対する怒り以上に、無力な自分が悔しいのだと……。
あれだけゲームをやり込んできたというのに、私はトーマスの努力にばかり気を取られて、その根っこの感情に気づくことができていなかった……。
「そうか、じゃあ君はこれからどうする?」
「僕は……僕はもっと、強くなりたいです……!」
「そうか、よく言えたな。大丈夫だ、お前ならきっとなれる」
打ち明けられたトーマスの気持ちを、キースはしっかりと受け止める。
――そっか、私じゃダメだったんだ。
学園中の誰もが憧れる、キースの言葉だからこそ意味を成すのだ。
そのことがようやく理解できた私は、この件はもう全てキースへ委ねることにした。
こうして、結局最後はマジラブと同じ結末を辿ったわけだけれど、トーマスのことを考えればこれで良かったのだと納得する。
「メアリー様! 大丈夫でしたか!?」
「ええ、大丈夫よ」
様子を見て駆け寄ってきたフローラは、真っ先に私のことを心配してくれる。
フローラ自身、全て私へ委ねることへの責任感とか不安を感じてくれていたのだろう。
まぁ確かに、女性の私に対して相手は男性三人。
腕力で迫られては、私に成す術などなかったでしょう。
……まぁそんなことになれば、彼らには社会的な死が待っているわけですけど。
「では、あとはキース様にお任せしていきましょう」
「え? あ、はい」
私はフローラを安心させるように、そっとこの場を立ち去る。
とりあえず、これにて一件落着。
これでトーマスとお近づきになれたのかは不明だけれど、無事に問題が解決したのならば今はよしとしておこう。