悩みは解決しないけれど、一度請け負ってしまったフローラからのお願いごと。
であれば、私のすべきことは変わらない。
もうあれこれ考えてもキリがないし、だったら早くトーマスを助けることだけに集中するとしよう。
それが私の、授業中に導き出した結論。
というわけで、私は早速行動を開始する。
まずはトーマスをいじめている人物の情報収集を行い、あとは現行犯で断罪するのみ!
ゲームをプレイしているから、相手がどんな存在かについては概ね分かっているのだけれど、詳細な情報までは描かれていなかったのだ。
というわけで、フローラの目撃情報によると、トーマスは人気のない場所で貴族の人達に囲まれていたのだそうだ。
それはゲームとも同じなのだが、まったくもってけしからんな。
裏でコソコソと、やることが陰険なのよ……って、私もフローラを人気のない場所へ呼び出したんだった。
その節は、大変申し訳なく思っております……ええ……。
だからこそ、ここはちゃんと役目を全うせねばならないのだっ!
というわけで、今はお昼休み。
フローラのクラスには、丁度この間お茶会へ誘ってくれた貴族の子がいる。
今回は彼女を上手く利用して、まずはいじめっ子の情報収集を行うとしよう。
「まぁ! メアリー様!」
取り巻きのA子さんを連れてフローラの教室へ顔を出すと、すぐさまお目当てのお茶会へ誘ってくれた子が駆け寄ってくる。
クルクルに巻いた縦ロールが、バネのようにビヨンビヨンと跳ねていて可愛い。
彼女のことは、今日から縦ロールちゃんと呼ぼう。
「どうされたのです? 何か御用ですか?」
「ええ、ちょっとここでは何ですので、少しよろしくて?」
「勿論ですわ!」
私のお誘いに、二つ返事で応じてくれる縦ロールちゃん。
まぁ対貴族であれば、完全に私の領分。
例のお茶会へ、A子さんも一緒に参加していいかという話を持ち掛けるのを口実に、会話の中からさりげなくトーマスの情報を聞き出すとしよう。
公爵令嬢として培ってきた会話スキルを用いれば、人から情報を引き出すことなんてお手の物。
……のはずだったのだけど、こっちが詳しく聞くまでもなく縦ロールちゃんは色々と教えてくれた。
どうやら、そのいじめを行っている集団はクラス内でも素行の悪さが目立っているらしく、彼女の派閥もみんな不満を抱いているのだそうだ。
だからこちらが聞くまでもなく、その貴族達がどんな家柄でどういう人物なのかとか、縦ロールちゃんは洗いざらい教えてくれた。
可愛いだけではなく、仕事もできるとってもいい子。
行く行くは縦ロールちゃんには、私の参謀になって貰いましょうかね。
「では、メアリー様! お茶会、楽しみにしておりますわ」
「ええ、こちらこそ」
よし、これで準備は万端。
情報収集はできたし、あとは実行に移すのみ。
A子さんと廊下を歩きながら、このあとすべきことを頭の中で整理する。
「メアリー様? 何か面白いことでも?」
「あら? どうしてそう思うの?」
「いえ、何だか微笑んでいらっしゃるように見えたので」
「……ふふ、そうね。一つ楽しみが出来ましたの」
それはもう、大変な楽しみがね――。
そう思える私は、やっぱり根っからの悪役令嬢なのかもしれない――。
◇
「おう、今日もちゃんと来たな」
リーダー格の男が、一人でやってきたトーマスへ声をかける。
ここは校舎脇の人気のない場所で、トーマスを取り囲んでいるのは貴族の男三人組。
いずれも前情報どおり、私から見ればそこそこの家柄の貴族達だ。
場所もフローラに聞いたとおりで、どうやら彼らはここで定期的にトーマスのことを呼び出しているようだ。
ここで、急に問題です。
そんな決定的場面を、私は今どこで見ているのでしょうか?
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。
はい、時間切れ。
答えは、彼らの背後の茂みの裏から覗いているのでしたー。
ドンドン、パフパフ。
というわけで、まさか現場へ先回りした公爵令嬢が、近くの茂みに潜んでみた件について。
何故なら私はジャパニーズ忍者。
忍法隠れ身の術! ニンニン! ってね。
「もう……やめて、ください……」
「ああん? 平民が貴族に口出ししてんじゃねーよ!」
「ヒッ!」
怯えるトーマスのことを、取り巻きの一人が蹴りつける。
相手が平民だと思って、最早やりたい放題である。
このまま飛び出してしまいたくなるが、決定的な場面を押さえるまでは我慢だ我慢……。
「ほら、さっさと今週分の金せよ」
「いいか? 俺達は貴族だ。だから別に、金が無いわけじゃないから勘違いするなよ? ただお前は、平民のくせに金を少し持ち過ぎているから、世のため人のため俺達が代表して徴収しているだけだ」
「そうそう、ちゃんとこれから街で使って、この国へ還元してくるから安心しろよ」
トーマスは、この王国内でもトップ3に入る商会の一人息子。
だから下手な貴族よりも家が裕福であることがバレて、こうして名ばかりの貴族達からターゲットにされてしまっているというわけだ。
彼らの付けるイチャモンは至ってシンプル。平民の癖に生意気だと。
しかしトーマス自身、何か高級なものを身に纏っているわけでもなければ、偉そうにしているわけでもないというのに……。
「ほら、さっさと出せよ。そしたら、痛い思いもせずに済むんだからよ……」
「もう、これで最後にしてください……」
三人の脅しに対して、トーマスは震えながらお金を差し出す。
そのお金を三人が受け取った現場を確認して、犯行成立。
これはもう、立派な恐喝である。最早、弁明の余地なし。
もう見ていられないと思っていただけに、私はこれまで感じたことのない怒りを感じていたようだ。
「……全く、酷いやり取りですこと」
しっかりと見届けた私は、身を隠していた茂みから立ち上がり三人へ声をかける。
突如背後から声をかけられたことに驚いた三人は、私の顔を見て更に驚く。
「メ、メアリー様!?」
「なぜ、そんな所に……!?」
「あら? わたくしがどこにいようと、わたくしの自由ではなくて? それとも、あなた方に何か関係があって?」
私の冷酷な態度に、三人も察したのだろう。
その表情は、見る見る青ざめていく。
それもそのはず、今の私は完全悪役令嬢モード。
三人を見下すように、ゆっくりと三人のもとへ近づいていく。
「それで、あなた方はここで何をしていらしたの?」
「そ、それは……」
「あら、お答えできませんの?」
「そういうわけでは……なぁ?」
「ああ、別に何も……」
「ふーん、そう。では、その手にされているものは何かしら?」
言い淀む三人がじれったくなり、私はさっさと核心へ触れる。
こんな連中と、会話しているだけでも汚らわしい。
すると三人とも、顔を見合わせながら更に青ざめていく。
「ち、違うんです! これは、全部こいつが悪いんです!」
「悪い? あなた達三人は、そこの彼に何かされたの?」
「はい! 平民のくせに、こいつは貴族へ逆らうんです!」
「そうです! だから俺達が、ここで教育をしていただけで!」
ふ~ん、教育ねぇ……まるでどこかの誰かさんみたいなことを言うのね。
でも私は、恐喝なんて勿論やっていないからね。一緒にしないでね。
世の中には、人として絶対に越えてはならないラインというものがあるのだ。
「……そう、話はよく分かりました」
「良かった。同じ貴族であるメアリー様なら、きっと分かってくれると思いました」
「あら、何を安心しているのかしら?」
「へっ?」
「あなた方のしていたことは、立派な恐喝よ。しかも、貴族が平民相手に金銭を要求するだなんてあり得ないわ。恥を知りなさい」
できるだけ冷酷に、そして無慈悲に、私は三人に対して最終宣告する――。
「同じ貴族? 笑わせないで。あなた方三人は、ただの恥さらし。この学園には相応しくないし、同じ空気も吸いたくないの。ですからこの件は、私の方でしっかりと処理させていただきますわ」
「そ、そんな! どうかお待ちを!!」
「違うんです! 俺はこいつに言われて仕方なく!!」
「そうです! 悪いのは全部こいつなんです!」
「なっ!? お、お前ら!?」
泣きながら助けを請うリーダーと、そんなリーダーを切り捨てて自分達だけ助かろうとする残り二人。
本当に、どうしようもない三人組ね……。
マジラブでは、この三人はキースに叱られて更生する流れだった。
けれど残念ながら、私はキースのように甘くはない。
だって私は、誰もが恐れる高飛車な悪役令嬢なのですもの。
どうにか助けを請う三人を無視して、この場を立ち去ろうとする。
「はいストーップ。その辺にしておいてあげな」
しかし、その時だった――。
こちらへ近づきながら、声をかけてくる一人の人物――。
「悪いけど、ここから先は先輩の俺に任せて貰おうか」
「キース……」
そう、突如現れたその人物とは、本来この一件を解決するはずだった人物。
キース・アークライトが、私達の仲裁のため現れたのであった……。