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第9話 二人目

 ふぁあ~……眠たいぜよ……。

 欠伸をかみ殺しながら、今日も今日とて学園の校門をくぐる。

 朝から燦々と照り付けてくる日差し攻撃に、元々少ないHPがゴリゴリと削られていく……。


 ――ああ、おうち帰りたい……。


 家を出た瞬間から、既にベッドのフカフカが恋しい……。

 昨晩はつい寝るのが遅くなってしまい、本日も絶賛睡眠不足。

 早く寝ようと試みてはいるのけれど、昨晩はフローラからの相談のことで色々と考え込んでしまったのが全ての敗因。


 昨日の話し合いの時は、そりゃもう私だってやる気満々だった。

 というか、最早トーマスのためにやる気しかなかったぐらいだ。

 でも冷静に考えると、これって本来トーマスを助けるのは攻略キャラクターの役目なのである。


 そう考えると、少し疑問に思えてきたのだ。

 たしかに今、フローラが頼ってくれているのはこの私。

 それでも、もし今後フローラがその攻略キャラクターと交流を深めた際に、トーマスのことを相談するのだとしたら?

 その場合、本当に私が助けちゃって良いのだろうか……。

 二人の物語に干渉することが、何か悪い方向へ働いてしまうことはないだろうか。

 そんな不安要素が、どうしても私の決断を鈍らせるのだ。


 もちろん、トーマスへのいじめは現在進行形で続いている。

 だから、出来るだけ早い行動が必要なことは重々分かっている。

 しかし同時に、この判断一つに自分自身の運命もかかっていることを忘れてはいけない。

 何かあっては推し活どころじゃなくなってしまうし、これはトーマスやフローラと今後も向き合っていくためにも必要な判断なのである。


 だからこそ、もっと慎重に行動しないとだよなぁと昨晩の続きを考え込みながら歩いていると、何やら前方でキャーキャーと騒ぐ声が聞こえてくる。


 ――煩いわね、こっちは今考え事をしているというのに。


 朝っぱらから何事かと思い視線を向けると、キャーキャーと女生徒達に囲まれる一人の男子生徒の姿があった。


 炎のような赤い髪に、凛々しい顔立ち。

 長身の筋肉質で、周囲と比べても皆の目を引く強い存在感。

 そんな彼は、私もよく知る人物。

 クロード様と同じく、タイプは異なるが女性からの人気の高いこの学園の有名人。


 彼の名前は、キース・アークライト。

 スヴァルト家と並ぶ、アークライト公爵家の長男だ。


 運動神経抜群で、剣技の腕は超一級。

 オマケに、魔法の才能にまで恵まれているらしい。

 故に、将来はこの国を引っ張っていく存在として高く期待もされているそうだ。

 そんな名実ともに優れた彼は、言うなればこの学園のヒーローといったところか。


 だから当然、彼もまた乙女ゲーム『Magic Love』における攻略対象キャラクターの一人だ。

 ゲームユーザーの間でも、クロード派とキース派で人気が拮抗しており、私自身はどちらかと言えばクロードよりもキース派だったなぁ。


 まぁその理由は、他でもない。

 このキースこそが、ゲーム内でトーマスを助けてくれる攻略キャラクターだからである――。


 記憶を取り戻す前の私は、正直に言えば大してキースには興味はなかった。

 というか、どちらかと言えば苦手なタイプだった。

 いつも人との距離感が近いというか、良く言えば接しやすいのだけれど、悪く言えばすごく馴れ馴れしいのだ。


 でも、今は違う。

 彼はマジラブにおける攻略キャラの一人で、何より私の推しであるトーマスにとっての最重要人物なのである。

 だから今の私にとっても、クロード様に次いでの重要人物ということになる。


 ――とりあえず、不要な接触は避けた方が良さそうね。


 重要だからこそ、下手に干渉などすべきではないだろう。

 そもそも私は、クロード様ルートにだけ登場する踏み台モブキャラクター。

 そんな私が、下手に他の攻略キャラと接点を持っても、多分良いことなんて一つもないだろう。

 だからここは、キースに見つからないようそっと遠回りするとしよう……。


 抜き足、差し足、忍び足……。

 ふふふ、今の私はジャパニーズ忍者よ……。


 存在感を消して、そろーり、そろーり……。


「……そこで何をやってるんだ?」

「ふぇ?」


 しかし、キースのいる方向とは反対側。

 忍者モードの私に、呆れるような声がかけられる。


 驚いて振り向くと、そこにはまさかのクロード様の姿があった。

 向けられる冷ややかな視線を前に、私は対処不能になってその場で硬直してしまう……。


「なんだ? 見られたら不味かったか?」

「え、ええ、あまり見られたくはありませんでしたわね……」

「だったらもっと、貴族らしい振る舞いを心がけることだな」

「ええ、そういたしますわ……」

「そうしてくれ」


 それだけ言葉を残し、クロード様はそのまま立ち去ってしまう。

 しかしその横顔には、薄っすらと笑みが浮かんでいたような気がしたのは気のせいだろうか……。


 ――もしかして今、馬鹿にされた!?


 思えば自分でも、かなり変な歩き方をしていた気がする!

 気がするというか、絶対に変だった!

 つい内なる忍者を出してしまったが、誰かに見られるかもしれないという危機意識が、キースに気を取られるばかり完全に欠如してしまっていた……。


 ――でも、あんなに小馬鹿にしなくてもいいんじゃないかな。


 やっぱり私は、クロード様よりキース派かもしれない。

 ぐぬぬ……。


 ……何はともあれ、キースとの距離を置くことには成功したのだ。

 今後も攻略キャラと接するのは極力避けねばと決心しつつ、私は忍者から公爵令嬢に戻り自分の教室へと向かうのであった。



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