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第8話 相談

「メアリー様、実は一つご相談したいことがありまして……」


 今は、フローラと初の密会中。

 約束通り図書館の端の方、人気がない場所で貴族について教え込んでいたのだが、フローラが恐る恐る相談を持ち掛けてくる。

 相手がフローラ以外の誰かであれば、相談されることは少なくないし慣れたこと。

 しかし、相手がこの世界の絶対的ヒロインであるフローラの場合、事情が異なってくる。

 私は動揺がバレないよう、平静を保ちつつ返事をする。


「相談? 何かしら?」

「はい、その……実はクラスメイトが、いじめにあっている現場を見てしまったのです……」


 相談が自分に関することではなく、ホッと胸をなでおろす。

 しかしなるほど、いじめねぇ……。

 だから今日は、なんだか元気が無かったのね。

 正義感の強いフローラのことだ、そういう現場を目撃したら放ってはおけないのだろう。

 自分で何とかしたいが、平民のフローラではその術がない。

 だからこそ、その表情には悔しさがはっきりと滲み出ているのだろう。


「それを私に打ち明けて、貴女はどうして欲しいの?」

「差し出がましいお願いだというのは分かっているのです。でも、私じゃ無理だから……メアリー様でしたら、きっと解決できるのではないかと思いまして……」

「どうしてそう思うの?」

「この間、私を助けてくださいましたので……」


 この間? ……ああ、以前廊下でたまたま見かけたアレか。

 あれは助けた内に入るのだろうか?

 どうやらあの一件で、私が思っている以上にフローラからの信頼を得ていたようだ。


 まぁ私は、この学園では自他共に認める悪役令嬢。

 誰もがその名前を聞くだけで恐れ戦く、王族に次いで無礼を働いては不味い存在。

 そんな私なら、たしかにいじめの一つや二つぐらい解決するのなんて動作もないだろう。


 しかし、それでも私は公爵令嬢。

 仮に相手がそれなりの地位のある貴族だった場合、あまりおいそれと動いてしまうと面倒が生じる可能性はある。

 たとえ爵位が上であっても、こちらの非が認められれば当然不利にも働くことだってあるからだ。


 だから以前の私でも、受けたことに対して毅然と振る舞ってはいたけれど、自ら進んで何か行動を起こすということは稀だった。

 そうでなければ、爵位だけで好き放題やれてしまうということになってしまうから。


「そうねぇ……放っておけないっていう気持ちは分かるけど……」

「無理、でしょうか……?」

「助ける理由がないことには、下手に介入できないこともあるわ」

「そう、ですよね……」


 諦めるように、唇を噛み締めるフローラ。

 その痛々しい表情に、私の良心がズキリと痛む。

 やんわり断りはしたが、まぁ言っても学生同士の問題。

 十中八九、どうにかできる事案だとは思う。

 そもそも、いじめをして良い道理なんて基本的にないのだから。

 しかし、この私が動くに値する理由は欲しいところ……。


「私、ずっと心配だったんです……」

「心配?」

「はい、いつもクラスで孤立しているワーグナーさんのことが……」


 ふーん、そのいじめられている相手っていうのは、ワーグナーっていうのね……え、ワーグナー!?


「……えっと、そのワーグナーって、もしかしてトーマス・ワーグナーのこと?」

「あ、はい。メアリー様、ご存じだったのですね」


 トーマスを知っていたことに、少し驚くフローラ。

 ええ、そりゃもう知っていますとも。

 だってその彼は、前世の私の推しなのですから!


 しかし、これは全くの想定外だった。

 まさか相談が、私へ向けられるなんて思いもしなかったから――。


 フローラが、攻略キャラではなく私に助けを求めてきた。

 つまり今、この世界はマジラブとは違う物語が動き出したということ。

 ゲームにはなかった展開が、今ここで実際に起きているのだから。


 まぁ気になることは山積みだけれど、話は完全に変わった。

 前言撤回、今すぐにでも助けましょう。

 相手がトーマスであれば、助けない理由など無いのだから。


「……そう、分かったわ。私が何とかするわ」

「え、大丈夫なのですか!?」

「ええ、他ならぬトーマスのことですものっ!」


 さっきまでとは打って変わって、メラメラとやる気に満ち溢れる私に、フローラは少し困惑しているご様子。

 それでも、私がやる気を出したことに安堵しているようだ。


 ゲームであれば、これは攻略キャラの役目だったこと。

 しかしその役目が、この私へと回ってきたのだ。


 ゲームをやり込んだ私の脳内には、しっかりと記憶されている。

 トーマスを相手に弱い者いじめをしている三人組は、どれも木っ端貴族であるということが。


 だからもう、容赦はしない。

 ゲームでは、攻略キャラがしっかりと窘めるだけに終わっていたが、この私はそんなに甘くはない。

 覚悟なさい!


「ちなみに、この話は他の誰かにはされていて?」

「い、いえ! メアリー様だけです!」


 よし、なら問題なし。

 私の推しを悲しませる輩には、思う存分やってやろうじゃない。

 見事解決して、トーマス、そしてフローラの信用を勝ち取る千載一遇のチャンスでもあるのだから!


 こうして私は、フローラからのお願いを聞き入れ、トーマスのいじめ問題を解決するという大役を引き受けたのであった。



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