作戦その1は、残念ながら失敗に終わってしまった。
だって実物のトーマスが、まさかあんなにも尊いだなんて思わなかったのですもの……。
しかし、トーマスの視界に映るという目的は達成できた。
きっとトーマスだって、この私の美貌に見惚れていたはず……そういうことにしておこう、うん。
というわけで、一旦仕切り直し。
やっぱり、間接的にじりじりと近づくなんて日が暮れてしまうし、何より私の柄ではなかった。
幸いトーマスに認知してもらうことは成功したであろう今、次に私が取るべき作戦を発表しよう。
題して――『もう直接、声かけるしかないっしょ大作戦』!!
ドンドンドンドン! パフパフパフパフ!
はい。というわけで作戦その2。
結局はシンプルイズベスト、当たって砕けろだ。
……いや、砕けちゃダメだけど。
やっぱり、それでこそ私だったのよ。
この公爵令嬢、たかが平民相手に怖気づいてどうする?
そもそも、向こうから私にアプローチなんてできるはずがないのだから、結局私から行くしかなかったのよ。
というわけで私は、まずは近づくためにもトーマスの行動を知ることから始める。
トーマスが普段どこへ行くとか、誰と仲がいいとか、まずはそういう情報収集をしつつ隙あらば声をかける。
これこそが、最も着実で確実なアプローチ。
まずは私という存在を知って貰ってから、そのうえで隙を見て私から声をかける。
だからこの作戦その1とその2は、元々一つなのだ。
なんてことを考えていたら、早速廊下を歩くトーマスを発見!
なんて運が良いのでしょう!
移動教室だろうか、教科書を胸元に抱えながら教室から出てくるトーマス。
一瞬横顔が見えただけで、今どんな表情をしているのかはよく分からない。
けれど、歩く速度は周囲に比べて遅く、どことなくその後ろ姿は弱々しく見えた。
――そうだった、完全に失念していたわ……。
その後ろ姿に、私はトーマスが何故マジラブの中に登場するモブキャラクターだったのかを思い出す。
それはクロード様ではない、別のキャラクターを攻略中に発生するあるイベント――。
大人気乙女ゲーム『Magic Love』――略してマジラブ。
ヒロインのフローラは、周囲に馴染めずいつも一人。
そんなフローラ以外にも、実は同じクラスに一人でいることの多い男の子がいた。
その男の子こそが、トーマス・ワーグナー。
自分も友達がいないけれど、フローラはそんなトーマスのことを少し気がかりに思っていた。
そしてある日、フローラは偶然目撃してしまうことになる。
同じクラスの貴族達から、トーマスがいじめられている現場を……。
それを知ったフローラは、とあることがキッカケで親しくなった攻略キャラクターに相談を持ち掛けることで、無事にそのいじめ問題を解決することとなる。
というのが、マジラブ内で発生するトーマスが登場するイベント。
しかし、もしもこの世界がマジラブの世界だとするならば、一つ大きな懸念点が存在することになる。
それは先日、私がクロード様からビンタを受けたということだ。
私、メアリー・スヴァルトがクロード様からビンタをされるのは、クロード様ルートを選択すると物語の中盤で発生するイベントのはず。
だから今、マジラブでの物語の進行上フローラはクロード様の攻略ルートに入っているということになる。
つまりは、あのトーマスの問題を解決するイベント自体、この世界線では発生しないということ……。
――今更こんなことに気が付くなんて、ダメダメね。
私はずっと、問題が無事に解決されるものだとばかり考えていた。
しかし現実は、そうではない。
フローラが別の誰かを好きになった場合、トーマスを救ってくれる存在が現れないのではないか?
そんな可能性に、今更になって気が付くなんて……。
情けない……ただただ、自分が情けなくなってくる……。
しかし、この場合はどうしたら良いのだろうか?
フローラがクロード様攻略ルートに入っている今、誰かがトーマスを助けてくれるのだろうか……?
――いえ、そもそも本当にクロード様ルートなの?
そんな保証だって、どこにもなかった。
だってこれは、マジラブではなく現実世界なのだから――。
それに、トーマスを助けてくれる攻略キャラクターの存在も気になる。
その人物とは、私も知っているし何度か会話をしたこともあるお方。
まずはフローラが、その彼とどんな関係にあるのか。
それを確認するのが先決だろう。
ということで、私の作戦は一時中断。
まずはその攻略キャラが、今フローラとどういう関係なのかについて確認することにした。
しかし次の日、事態は思いもよらぬ方向へと発展していくのであった――。