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第6話 作戦その1

「ふぁ~……眠たい……」


 欠伸をかみ殺しながら、今日も学園の校門をくぐる。

 昨晩は一人盛り上がってしまい、つい夜遅くまで作戦を練るのに熱中してしまった。

 おかげで今日はとても寝不足だけれど、そのおかげで作戦は上手く纏まった。


 ――よし、いよいよね!


 昨晩考え抜いた作戦を、さっそく今日これから決行する。

 緊張でドキドキする反面、ワクワクしている自分もいた。


 だって、自分で言うのもなんだが、我ながら完璧な作戦を練ってしまったのだ。

 最早これは、成功する未来が約束されているようなもの。


 もしかして私ってば、実は天才なのでは?

 公爵家に生まれ、幼少の頃から英才教育を受けてきたのですから、むしろこれは自然なことなのだ。


 やる気に満ち溢れる私は、眠気を覚ますように自分に喝を入れながら、今日も教室へと向かうのであった。


 ◇


 お昼休みの時間になった。

 というわけで、私はいよいよ昨晩生み出した作戦その1を決行する。


 題して――『まずはトーマスの視界に入り込むっきゃないでしょ作戦』!


 デデーン! ってね。

 作戦は、極シンプルでお題どおり。

 まずは私自身が、トーマスの視界に入り込むという単純な作戦だ。

 でも、よく考えてみてほしい。

 まずは相手から認知をされていなければ、いつまで経っても私は他人のままなのだ。

 だからこそ、まずはトーマスの視界へ入り込むことで、私という存在を知ってもらう。

 急がば回れという言葉があるが、まずは認知されるところからがスタートなのである。


 もちろん、私だって何も準備していないわけではない。

 この私は、この国では王族に次いで地位のある公爵令嬢。

 本気を出せば、周囲より目立つことなど造作もないのだ。


 というわけで今日の私は、普段より色の濃いリップに甘めの香水を付けてきたし、ヘアーセットにもいつもより時間をかけてきた。


 おかげで今の私は、普段の二割……いえ、五割マシマシのカラメニンニクですわ!


 元々容姿だけは良い私が、更に気合を入れてきたのだ。

 今日の私が一味違うことは、周囲の男子達の視線が証明してくれている。


 ――みんな私に見惚れてしまってことに、気づいていてよ?


 うむ、悪くはないわね。

 今日の特別仕様の私を、しっかりとその脳裏に焼き付けるといいわ。

 というわけで、舞台は完全に整っているのだ。


「ごめんなさい、ちょっと離席しますわ。皆様は気にせず、教室へ戻ってらして」


 いつも通り食堂での食事を終えた私は、作戦開始する。

 私は取り巻きの子達に一声かけて、あたかもお手洗いへ向かう素振りで食堂を出る。

 私が一人になれるタイミングは、こういう僅かな時間のみ。

 あまり時間はかけられないと思いつつ、私は少し早歩きでトーマスのいる教室へと向かう。


 ――ここね。


 普段は訪れることのない、別の教室。

 ちょっと緊張するけれど、貴族社会で身に着けた公爵令嬢の仮面を嵌めて中へと踏み込む。


「失礼しますわ」


 突然現れた、別のクラスの公爵令嬢。

 教室内の視線が、驚きとともに一斉にこちらへ向けられる。


「え、メアリー様……」


 中には、私の姿を見て小さく驚きの声を漏らすフローラの姿もあった。

 私達の関係を周囲に知られるわけにはいかないため、慌てて両手で口を押えるフローラ。

 そんな仕草も素直に可愛らしい。

 私がメアリーでなければ、このまま抱き着いてしまいたくなる程度には愛らしい。


 でも今は、私の目的はフローラではなくトーマス。

 教室内を見回すと、奥の方の席にトーマスの姿を見つける。

 トーマスも周囲につられるように、私の方を向いてくれている。


 そう、くりくりとした大きな瞳を見開きながら、トーマスがこっちを見ているのだ――。


 ――え、ヤバい。無理、尊い……。


 ああ……本物のトーマスが、私のことを見ている……。

 それだけで、私の心は一瞬で満たされてしまう……。


「まぁ、これはメアリー様! 何か御用でしょうか?」


 すると、私に気づいたこのクラスの上級貴族の子達が駆け寄ってくる。

 よくパーティーなんかで顔を合わせる、私と同じく貴族至上主義の思想マシマシお嬢様達だ。


「まぁ! 今日のメアリー様、いつも以上にお美しいですわ!」

「本当ですわね! 憧れますぅ!」

「今度お茶会を開きますの! 是非、メアリー様もいらしてくださいましっ!」


 あっという間に囲まれてしまった私は、彼女達への返事に追われる。

 トーマスの視界へ入る以外の目的がなかった私は、適当に返事をしながらこの場をやり過ごす。

 その間も、トーマスがこっちを見ていることには気付きながら――。


「では、お邪魔しましたわ。お茶会、楽しみにしているわね」

「はいっ! 是非っ!」


 キャーキャーとはしゃぐ貴族の子達に見送られながら、教室をあとにする。

 時間にしてみれば、多分五分ぐらいだったと思う。

 それでも私は、その胡粉が正直ギリギリだった。


 ――ああ、マジで無理! 尊すぎる! 何あれ!? この世に舞い降りた天使なの!?


 少し離れた席に座っている、視界の端に映り込むトーマスの姿。

 それだけで破壊力は十分で、私の中のオタク魂が熱暴走を起こす寸前だった。


 ――視界に入り続けるのは危険ね……。


 作戦の方針自体は間違っていないけれど、私の方が限界だ……。

 というわけで、作戦その1は一時中断。


 ――でも大丈夫、私の作戦はまだあるわ! 全然余裕よっ!


 引き出しは一つではないし、作戦その1は用意した作戦の中でも最弱!

 ……と言いたいところだけれど、この調子だと次の作戦も無理そうだなと諦め半分な自分がいるのであった――。


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