無事、フローラへの謝罪をすることに成功した。
その結果、貴族の常識を知らないフローラの教育係まで引き受けることになったのだけれど、まぁそれも良いだろう。
フローラと良好な関係さえ構築できれば、私がこの世界で破滅する未来も遠ざかる……はず。
それに、フローラにあんな顔をされてしまっては、放っておくなんて私にはできなかった。
私と同じように、フローラにとっても学生生活を送れるのは今だけ。
だからこそ、できることならフローラにもこの学園を楽しんで欲しいと思うから。
しかし、表立って会うことはできないし、これは二人だけの秘密の約束。
フローラとは、後日図書館で密会する約束をしている。
私自身、随分と前世の感覚に支配されてしまっているような気がするけれど、まぁこういうのも悪くはないと感じている自分がいた。
攻略キャラ同様、私もフローラに対して愛着があるのだ。
一生懸命自分と向き合い、恋愛における答えを出すフローラを私は応援したいから――。
そんなこんな、色々あったわけだけれど、私はついに自由を手に入れることができた。
まるで心に羽が生えたように、気持ちが軽い。
こんな解放感、前世も含めて他に感じたことがあったかしら。
まずはこれから、何をすべきか心機一転考えてみることにした。
今私は、前世で遊び尽くしたゲーム『マジラブ』の世界の中にいる。
このゲームのおかげで、前世の私は恋愛というものの素晴らしさを学ぶことができた。
クロード様を筆頭に、ゲームの中で慣れ親しんだキャラクター達が、今現実として同じ学園へ通っているのだ。
それって、改めて考えるとヤバイ。
例えるなら、テレビで観ていた有名人だらけの学園ドラマの中に入っているみたいな。
メアリーとして当たり前だった世界も、視点が変われば彩りを増して見えてくる。
破滅する未来にばかり囚われていたけれど、この世界には私の大好きが詰まっているのだと――。
そんなこの夢の世界で、まず私がしたいこと。
それは、乙女ゲーム『マジラブ』の世界における、私の唯一にして一番の推しに近づくこと――。
彼の名前は、トーマス・ワーグナー。
茶色の癖毛がトレードマークの、小柄で気弱な平民の男の子。
たしか、フローラと同じクラスだったはずだけれど、実は今日までその姿を見たことがなかった。
いや、正確には見たことはあるのだろう。
しかし、残念ながら前世の記憶を取り戻すまでの私は高飛車な悪役令嬢。
トーマスに全く興味がなく、認知すらしていなかったというのが正しい。
そして昨日までの私は、とにかく自分のことで精一杯過ぎて余裕がなかった。
けれど、今日からの私は違う――。
まずはトーマスに会って、それから何としてもお近づきになるっ!
そうと決まれば、さっそく行動だ!
私はやる気に満ち溢れながら、トーマスとお近づきになるための行動を開始するのであった。
◇
「……く、無理だった」
帰り道、私は悔しさから一人言葉を漏らす。
トーマスへ近づこうと意を決したまでは良かった。
しかし、フローラの時と同様、そもそも私が一人になれる時間なんてほとんどなかったのだ。
それにトーマスとは、クラスが違えば身分も違う。
いきなり私がトーマスへ声をかけるのは、この学園の中では明らかな不自然。
それに、取り巻きの子達から変に目を付けられてしまっては、トーマス自身に迷惑がかかってしまうかもしれない。
平民相手に貴族の私が迷惑を気にするなんて、記憶を取り戻す前の私だったら絶対にあり得ないことだった。
なんなら、私が一番迷惑をかけていた側の人間まである。
そう考えると、色んな方面に対して申し訳なくもなってくる……。
まぁそんなこんなで、トーマスに近づくチャンスがなく、現在私は途方に暮れている真っ最中。
――行き当たりばったりでは、時間ばかりが経ってしまうわよね。
一刻も早くトーマスとお近づきになるためにも、まずは作戦をしっかりと立てるべきだろう。
その気づきが得られただけでも、とりあえずの収穫といたしましょう。
それに、何も悪いことばかりではなかったのだ。
だって私は、今日ついに本物のトーマスをこの目で見ることができたのだから。
あれはヤバかった……。
前世の推しが、私の隣を通り過ぎていったのだから……。
周囲に取り巻きの子達がいるというのに、思わずその場で歓喜の声を上げてしまいそうになるほど、あの時の私は気持ちが高ぶってしまった。
ゲームでは、あるイベントの時以外はほとんど登場しなかった、所謂モブキャラクター。
それが同じ空間に存在している幸せ――プライスレス。
――よぉし、まずは作戦ねっ!
何だか、メラメラと燃えてきたぞぉ!
私は気持ちを切り替えて、トーマスとお近づきになるための作戦を考え出す。
名付けて、『トーマスとお近づきになろう大作戦!』。
とにかくやる気しかない私は、深夜まで夢中になってトーマスとお近づきになるための作戦を、机に向かって練りに練りまくったのであった。