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第3話 葛藤

「ごきげんよう、メアリー様」

「ええ、ごきげんよう」


 廊下を歩いていると、駆け寄ってくる取り巻きのA子さん。

 ちなみに、アンジェラだからA子さん。安直だけれど、シンプルイズベスト。

 前世の日本で根付いた、この雑あだ名文化が地味に便利だったりする。


 クロード様へ婚約解消を申し出てから、今日で数日が経った。

 けれど、不思議と私の周りには何も変化は起きていなかった。

 あのビンタの一件などなかったかのように、以前と何も変わらぬ日常が流れていく。


 まぁ変わらないと言っても、それは良いことばかりではない。

 私は公爵家の人間で、他人に厳しく傲慢で高飛車。貴族至上主義のグループを率いているスーパー悪役令嬢様。

 だから、たとえ前世の記憶が蘇ろうとも、自ら築き上げてしまったこのゴリゴリの悪役令嬢ポジションというのはそう簡単には変わらないのである……。


「聞いてください、メアリー様。またフローラが、ありえないことをしていたのですよ!」

「……あら? そうなの?」

「ええ、あそこの木に実っている果実をむしり取って、そのまま口にしたんですって! ありえませんわ! 許可を得たからと弁明したそうですが、そういう問題ではありませんよね?」

「……まぁ、それはいけませんわね」


 窓の外の木を指差しながら、朝からプンプンと怒りだすA子さん。

 たしかに貴族ならば、木に実っている果実をむしり取ってそのまま口にするなどありえない。

 どんな虫や病原菌が付着しているかも分からないし、何よりそんなはしたない行為は絶対NGなのだ。


 しかし、前世の私からすればそんなもの気にしすぎなだけ。

 何なら、私もあの木に実っている果実が美味しそうだなと、実は前々から目を付けていたぐらいだ。

 リンゴに似たあの果実が、私は昔から大好きだから。


 ――ああ、あんなに赤々と実って……きっと甘くて美味しいのでしょうね……。


 果実というのは、もぎ立てが一番美味しいに決まっている。

 前世で一度、家族にリンゴ狩りへ連れて行ってもらったことがあるけれど、あの時食べたリンゴの味は今でも忘れられないもの……。


 そんなことを考えながら、A子さんと話を合わせつつも心の中では葛藤が生じてしまう。


 ――しかし、どうしたものかしらね……。


 こうしてフローラが何かやらかす度に、全部私へ報告が上がってくるのだ。

 あのビンタの一件以降、どうやら私がフローラアンチの筆頭格として担ぎ上げられてしまっているようで……。


 私は公爵家の人間で、この国では王家に次ぐ権力の持ち主。

 だから自然と、こうして周囲から担ぎ上げられてしまうのは仕方ない。


 しかし、フローラだけは敵に回してはいけないのだ。

 このマジラブの世界において、フローラこそが正義であり絶対的なヒロイン。

 何十回とプレーしていた私の脳内には、ありとあらゆるフローラのハッピーエンドが記憶されているし、私メアリーが幸せになるルートなんて一つも存在しなかったのだ。

 だから正直、ヒロインのフローラとは完全に距離を置きたい一心なのだけれど、周囲がそれを許してはくれない。


「メアリー様も、不快ですわよね!?」

「え? ああ、そうね。よくないわね……」


 ああ、辛い……。

 以前の私なら「これだから平民は困りますわね。同じ空気も吸いたくないわね。反吐が出るわ」ぐらい簡単に口にしていたのだろう。


 今にして思えば、私って本当にザ・悪役令嬢だよなぁ……。

 こんな嫌な女、破滅して然るべきだとすら思えてくる……。

 絶対に嫌だけど。


 ――くわばら、くわばら。因果応報ってやつですわね。


 周囲とは話を合わせつつも、フローラの件には一切我関せず。

 平穏無事にこの学園生活を終えるため、もうこの中途半端で是妙なラインを守っていくしかないのだろう。


 ――それに、フローラへの謝罪もしなければ。


 周囲にバレないように、近いうちにフローラと接触して謝罪をする。

 彼女との接触は避けたいものの、マジラブの世界で生き抜くためにはこの謝罪は最優先事項。


 この世界の絶対的ヒロインであるフローラに嫌われたままでは、またどんな運命力で破滅フラグが立つか分かったもんじゃないからね。



「ちょっと! あなた、前見て歩きなさいよ!」

「す、すみません!!」



 すると突然、廊下の先で大きな声が聞こえてくる。

 その声に、もしやと思いそちらを振り向くと、そこには怒っている三人組に平謝りするフローラの姿があった。


 まさに、噂をすれば何とやらである――。

 どうやら彼女は、今日も朝から貴族の子達を怒らせてしまっているようだ。


「またフローラが、何かしたみたいですね」


 隣には、眉を顰めるA子さん。

 客観的には、フローラが三人に絡まれているようにしか見えないのだけれど。


 ――やれやれですわね。


 まぁこれは、先日怖い思いをさせてしまったことへのささやかな償い。

 私はその集団の方へ向かって、ゆっくりと近づいていく。


 そして――、



「朝からキーキーと煩いですわね。この学園は、いつから家畜の飼育小屋になったのかしら?」



 すれ違いざま、フローラへ絡んでいる子達へ向かって冷たく声をかける。

 すると、フローラへ詰め寄っていた三人は背筋をピンと伸ばし、青ざめた表情で慌てて私へ謝罪をしてくる。


 どこぞの貴族と、公爵令嬢。

 対貴族には、この身分差こそが絶対。

 私の機嫌を損ねることが、この国ではどういう意味を持つのか重々承知しているのだ。


「あなたも、廊下を歩く際は気を付けなすって」

「は、はいっ! すみませんでした!」


 ここでフローラにも声をかけないと、周囲に要らぬ誤解を与えかねない。

 だからここは、フローラにもちゃんと一言注意を添える。

 しかし、慌てて頭を下げるフローラの姿に『そうじゃないの!』と弁明したい気持ちが込み上げてくるが、ここはぐっと堪える。


「はい、では解散」

「「し、失礼いたします!」」


 慌てて退散する三人組の背中を見送って、私も自分のクラスへと向かう。

 そんな私の背中を、フローラがじっと見つめてきていることには気づかないフリをしながら。


 ……しかし、そこで私は大きなミスをしでかしてしまっていたことに気づいてしまう。

 さきほどのやり取りを、クロード様にバッチリと見られてしまっていたのである――。


 私を一瞥すると、無言で立ち去っていくクロード様。

 その姿に、嫌な身震いを覚える。

 私はフローラを助けたつもりだけれど、もしかしたら見え方によってはフローラに絡んでいるように見えてしまったかもしれない……。


 ――ああ、またやってしまった……。


 一度ならず、二度までも……これはもう、本格的にダメかもしれないわね……。

 こんなことなら、我関せずで無視をすれば良かった。

 良かれと思って何か行動したことも、まるで何者かに仕組まれたかのように最悪の方向へと流れていってしまう……。


 もしかしたら、これはこの世界の神様に定められている運命なのかもしれない。

 ヒロインの邪魔をする悪役令嬢は、必ず破滅するようにと――。


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