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第1話 乙女ゲーム「Magic Love」

 大人気乙女ゲーム「Magic Love」。通称マジラブ。

 中世ヨーロッパ風の異世界を舞台にした、言ってしまえばよくある乙女ゲームだ。


 ヒロインのフローラを中心に、三人の攻略キャラとの恋愛を成熟させよう!

 そんなキャッチフレーズでリリースされた、ゲームとしては何の変哲もない乙女ゲーム。

 しかし、登場キャラのビジュアル、そして何よりシナリオがとにかく良いと高評価を受けており、コアなファンの多い人気タイトルとなった。


 私、黒瀬小百合もそんなマジラブをやり込んだプレーヤーの一人。

 生まれた時から病弱で、いつも家や病院で過ごすことの多かった私にとって、このマジラブだけが救いだった。

 普通の女の子として、普通の恋愛ができない私でも、このゲームを通じて恋愛というものを知ることができたから。


 もしかしたら、本当の恋愛とは全然違うのかもしれないし、そもそもこれは現実ではなくゲーム。

 それでも私にとっては、このマジラブの世界こそがすべてだった。


 何度もプレーして全てのキャラを攻略し、それからも好きなシーンを繰り返し攻略し続けた。

 メインキャラのクロードや、他の二人の攻略キャラもそれぞれ魅力があり、この三人のうち誰か一人を選ぶなんて私にはできなかった。


 けれど、何度も何度もやり込んでいるうちに、私はとあるキャラクターに対して特別な感情を抱くようになった――。


 それは、攻略キャラの一人のシナリオに少しだけ登場する、所謂モブキャラクター。

 クラスメイトからいじめを受けているところを、一人の攻略キャラに助けてもらい、そのことがキッカケで強くなることを誓う小柄な男の子。

 ゲームでは少ししか出てこないのだけれど、その子の容姿や頑張る姿がとにかく愛おしくて、気付けば私にとってマジラブで一番の推しキャラクターになっていた。


 ――そして今、私も同じマジラブに出てくるサブキャラクターなんだよね。


 クロード様からのビンタで、蘇った前世の記憶――。

 ここはマジラブの世界そのもので、今の私はヒロインのフローラの邪魔をする悪役令嬢メアリー。


 そう、私はこのマジラブの世界において、まさかの悪役令嬢へと転生してしまっていたのである――。


 メアリーだけは、マジラブの世界の中で唯一苦手な存在だった。

 メアリーを見たくないから、クロードの攻略だけはあまりやらなかった程に……。

 でも、メアリーからしてみればクロードが婚約相手であり、フローラこそが邪魔者。

 立場が変われば見え方がまるで異なることに、メアリー本人になって初めて気が付くなんてね。


 そして私は、これから待つ自分の運命を思い出し絶望する。

 マジラブでクロードルートを選択した場合、メアリーに待っている運命。

それは、婚約解消からの断罪――。


 ざっくりとした話だが、そもそもモブキャラクターのメアリーに関する情報なんてこのぐらいしかなかったのだ。

 でもゲームをプレーしていた頃の私は、それで十分だった。

 ヒロインのフローラに対して嫌がらせをする悪役令嬢メアリーが、婚約破棄からの断罪されてざまぁ! ぐらいにしか思っていなかった。

 まさか自分が、そのメアリーになってしまうなんて思うはずもなく……。


 振り返りはそんなところにして、そろそろ現実に戻りましょう……。

 私は今、クロード様からビンタをされたところ。

 これはゲームだと、クロードルートを選択して丁度中盤に差し掛かったところで発生するシーンだ。

 つまりは、このままだと私はクロード様から婚約破棄を言い渡され、その後何かしらの出来事で断罪される未来が待っている……。


 よくある異世界転生モノの小説でも、こうして悪役令嬢に転生する物語を読んだことがある。

 けれど、悪役令嬢に転生するにしても、記憶にある限りは幼少期に記憶を取り戻す作品が多かったはず……。

 だというのに、私の場合は物語も中盤に差し掛かったところで、ようやく前世の記憶を取り戻してしまったのである……。


 ――もっと子供の頃に、盛大にズッコケでもしておけば良かったのかしら!?


 そう思ったところで、時すでに遅し――。

 時を戻す魔法なんて存在しないし、私は今クロード様にビンタをされたのだ。


 しかし、なんで私はマジラブの世界に……?

 そもそも実際に転生するなんて、意味が分からないし困惑は拭えない。

 それでも、もしこの世界が本当にマジラブの中の世界だとするならば、これからの私の人生に待っているのは確実な破滅。


 だから私は、覚悟を決めてゆっくりと目を開ける。

 見上げれば、そこには変わらず私のことを見下すクロード様の姿。

 どうやら気絶はしていなかったようで、今はビンタされた直後のようだ。


 ――さて、まずはこの絶望的な場面をどうしようかしら……。


 ゲームでは、このままメアリーはヒステリックを起こしながら退場するところ。

 前世の記憶を取り戻しても、この世界の私はメアリー。

 婚約相手であるはずのクロード様が、私ではなくただの平民の方を庇い、私の方をビンタした現実がただただ悔しくて胸が苦しい――。


 このまま感情に任せて、逃げ出したくなる気持ちも凄く分かる。

 もしここで前世の記憶が蘇っていなければ、絶対に私はゲームのメアリーと同じように感情に任せて逃げ出していたと思う。


 ……でも私は、知っているんだ。

 何故クロード様が、私に対して怒っているのかを。


 そして、この世界のヒロインは私ではなく、クロード様の後ろで今も困惑しているフローラであることを――。


 だから私は、ここから逃げ出したりしない。

 湧き上がる感情を押し殺し、今はメアリーではなく前世の私として自分と向き合いながら。


「……ごめんなさい」


 立ち上がった私は、一言謝罪する。

 メアリーとして生まれ、これまで数えるほどしか口にしたことのない謝罪の言葉。

 そんな私に対して、クロード様の表情に少しだけ困惑の色が浮かび上がる。


 しかし、こんな謝罪程度では全然足りないだろう。

 私はクロード様と改めて向き合い、それから深々と頭を下げる。


「さきほどのいちげk……いえ、お叱りで目が覚めましたわ。わたくしが間違っておりました。申し訳ございません」

「……そうか。分かればいい」

「はい……」


 クロード様へ反省の意を示すべく、私は頭を深く下げたままここから動かない。

 ここでクロード様からの許しを得ない限り、私に待っているのは確実な破滅なのだ。


 だからこそ、まずはここで許しを得て、それから私がすべきこと。


 それは、クロード様との婚約解消――。


 だって、この世界のヒロインはフローラなのだから。

 勝ち目のない恋愛バトルなんて、さっさと降りてしまうのがいい。


 私は頭を下げながら、そう決心するのであった――。


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