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第30話 バー

ここはどこにでもあるような、普通のバー。

時刻はもう12時を回り、客もほとんどいないというか1人だけだ。


平日ということもあるが、最近は夜の人出はめっきり減ってしまった。

考えてみると、私自身もあまり出歩かなくなったことに気づく。


そのせいかわからないが、随分とストレスが溜まってきている気がする。

どうしても酒の量が多くなってしまう。


帰って飲むか。


そう思っていると、目の前にウィスキーが入ったグラスが置かれた。

見るとなんとも人の好さそうな初老の男性が微笑んでいる。



「私からの奢りです」


「いえいえ! いいですよ、そんな!」


「いいじゃないですか。お酒は誰かと一緒に飲んだ方が美味しいですから」


「では……お言葉に甘えて」


私は目の前のウィスキーをグッと煽った。


「ふふ。いい飲みっぷりですね。気に入りました。今日は全部、私の奢りということで」


「いえいえいえ! いけませんよ、そんなことは!」


「その代わり、話に付き合ってください。今日は語り合いたい気分でして」


それからは、その男性と楽しいお酒を飲んだ。


彼はかなりお酒が強いみたいで、飲み続けているのに全く酔っている気配がない。


「いやあ、あなたが男性で良かったです」


「え? どういうことですか?」


「ほら、もし、女性だったら何か下心があると思われてしまうでしょう? でも、男同士なら気兼ねなく、お酒を勧められます」



彼が笑みを浮かべながらウィスキーを飲む。

本当に楽しそうにお酒を飲む人だ。

私も、ついつい、彼につられて酒が進んでしまう。



気が付くと、朝になっていた。

いつの間にか酔いつぶれていたらしい。

周りを見渡すが、当然のように彼の姿はない。


そして、私のすぐ横に、一枚のメモが置かれていた。


『ご馳走様でした』


――やられた。


私は大きく、ため息をついた。




終わり。








■解説

バーの中にはお客は「1人だけ」というところから、客は「初老の男性」である。


つまり、語り部の男性はバーの「マスター」ということになる。


客からお酒を勧められて、飲んでしまい、酔いつぶれてしまったことにより、初老の男性に飲み逃げされてしまった。

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