相変わらず、街のど真ん中で燈月はぼんやりとしていた。
伊蘇実市のコピーキャットは一通り調べていた。
鬱陶しいと言えば鬱陶しい。
清周など、俺より有名になったんじゃないかと苦笑していた。
別に名を売りたいわけではないのだ。
大体、この衝動がどこから来ているのかすら自分でわかっていない。
「こんばんは」
急に、少女に声を掛けられた。
ベレー帽に灰色の軍服を着た、同じぐらいの歳の子だ。
燈月は何の感情もない顔を上げて一瞥しただけで、無視した。
「いつもお疲れ様ですね。ちょっとお手伝いをさせてもらった者ですが?」
「……ああ。君がやったのか」
感動もないもなく、燈月は淡々としていた。
「どうでしたか? 幾らか、お役に立てればと思ったのですが」
「嘘だね。完全に君があたしから事件を奪おうとしてるの、バレバレだよ」
「おっと!? そこまで見抜かれていた!」
香稟は驚きついでに笑う。
「でもね、あたしはやめるつもりないの」
「構いませんよ。でも、あたしもやめる気はないと言ったらどうします?」
「どうもしない。あんたとやり方も、目的も違うから」
「なるほどね。なら、お互い干渉しないで良いのかな?」
「良いんじゃない?」
一見冷たく感じるが、燈月は通常通りの無表情さだった。
「ああ、あと生まれ変わりって信じる?」
「信じるも何も、事実起こってることだよ」
「だよねぇ。これから仲良くしてほしいなぁ」
「……ああ、そういうことね」
燈月はまじまじと香稟を見つめた。
魂の変換という生まれ変わり。
香稟は、自分が燈月の生まれ変わり田と言っているのだ。
根拠はわからないが。
「まぁ、お互い邪魔しないように気をつけようね」
燈月は念を押した。
香稟は、微笑んでうなづいた。
電子タバコ屋に、突然、彼が現れた。
楼壬は珍しい客に、好奇の視線を向ける。
「奴も来ただろう?」
「ほー、良くわかったな」
「ボスは誰だい?」
「はっは、誰もなにもわかりきっているじゃないか」
「やはり、あいつらか」
「そういうことだ」
「そして、あんたが先生役ってわけだ」
「問題はあるのかね?」
「大ありだね」
手を伸ばすと同時に、リヴォルバーの引き金を引いていた。
咥えていた電子タバコが床に落ちて跳ねる。
二発の弾丸が楼壬の顔面に叩きこまれた。
身を剃り返して痙攣する彼に、最後目をやり、左時はその場から消えた。
「気付きましたか、先日の百鬼夜行の時の異形狩りですが」
樹維は、史織たちにいつものコーヒー店で尋ねた。
「いえ、何か?」
答える史織はいつも通りだで陽唯も大人し気にしているが、芽衣はいたって不服そうだった。
「数ですね。通常、一度の百鬼夜行に現れる異形狩りは三十から五十ぐらいでしたが、先日には二百を超えてました」
「……大事件だった、というのは理由になりませんか?」
「なりませんね。正直、異形狩りが急速に増えているとしか考えられません」
樹維はいたって断定的だった。
真面目な表情で、彼は続ける。
「問題は、異形狩りの飽和です。まだ百鬼夜行を狩ってる間は可愛いものですが、これ以上増え行けば、おのずと行動は決まります」
「殺人?」
芽衣が不穏な表情で恐る恐る聞いた。
「いえ、魂だけ狩ることになるでしょう」
「人間と魂は不可分では?」
史織は当然のように聞いた。
「いえ。私は専門ではないのですが、違うと聞いてます」
へぇ、と史織は興味深げに声を出した。
「多分、これに関しては左時さんが詳しいかと」
「あの人、四日ぐらい見てないなぁ。どこでなにしてるのだか」
「話を変えますが。今度の伊蘇実市の事件ですが、三丘会系の組織の犯行ということがわかりました」
「伏紀だと聞きました」
樹維はうなづいた。
「以上が、こちらからの誠意です」
「……なるほど。わかりました」
芽衣が何か言葉を吐く前に、史織は会話を打ち切った。
巷のうわさが、すぐにニュースになる。ネットワーク社会の特徴だ。
神社でヴィジョンを眺めていたのは、左時を入れた四人だった。
流されていた情報は、大堵谷県下で人工心臓や心臓の改造が急に流行だしたという。それもすさまじい勢いで、病院はどこもパンク状態に追い込まれているという。
県のネットワークは直接脳には働かず、心臓を介してから影響がでる。これは、死んだ脳を再び介入者が不正利用しないようにという配慮だった。つまり、心臓が止まれば、ネットワークごとその人は死ぬのだ。
「宇也が生きてりゃ、大喜びだったね、これは」
一通り説明するとキセルを手に、左時はもう他人事だ。
「まって、これってもしかして杭打ちの狙いなんじゃ……」
「そうかもなぁ」
芽衣の言葉に、左時は濁す。
史織はその間、黙って考えていた。
清周はここのところ、目立った行動を起こしてはいない。
かれがこの県を崩壊させようとしているのは確かだ。
いつ、その災厄を持ってくるのか。
史織は自分を殺した清周にも執着していた。
その前に杭打ちだ。
「それにしても、魂あるならこの神社の祭神がどうにかしてくれないかなぁ」
史織はついぼやく。
「無駄な神頼みだな」
左時は小馬鹿にするように嗤った。
「……なにしている?」
部屋に入るなり足を止めた燈月は、無機的に惨状を眺めた。
清周は不機嫌な様子を隠しもせず、身体にまとわりついて来る人形たちをいちいち引きはがしていた。
時折、隙を見てテーブルのワインをラッパ飲みする。
部屋中の人形たちの様は、まさに地獄にいるかの如く、ひしめきながら清周にほんの数センチでもと近づこうとしている。
「……すまんが、燈月、道一つ分、作ってくれないか?」
今にも、清周は人形に押しつぶされそうだ。
「大切なモノじゃなかったのか?」
「そんなわけがない」
「わかった」
燈月は刀を抜く。
一閃で二体の身体を横薙ぎに斬り、反動を支点に逆袈裟懸けにすくい上げる。
あとは連続して刀を振るいまくり、空間に入ってこようとする人形も斬る。
脱出路ができると、腕を回してくる人形を振りほどき、清周は、出口近くまで来る。
すると、部屋の天井や壁に明るい細い線がチリチリと這いずって床まで降りてきた。
瞬間、山のような人形たちが足元から炎に包まれる。
痛みも苦しみもないはずの人形たちは、紅蓮の中でもがくようにして、口は悲鳴を上げる形に歪む。
不思議と、炎は部屋に燃え移らなかった。
「で、何をしていた?」
空気にも一切異常がなく、ただ人形たちが純粋な炎に巻かれ灰になっただけだ。
再び定位置の椅子に清風がすわると、燈月はソファに腰かけた。
「……心臓の一件だ。まさか、俺のところに魂が集まってくるとは思わなかった」
苦々しそうな清周だった。
そうするうちにも、新たな人形が、壁や床からゆっくりと現れてくる。
だが、新たな客人たちは今度は大人しく、ただ壁際でのそりと立っているだけだった。
彼らの足元には、光の線が走っていた。燈月は多分、清周の能力のせいだろうと考える。
「魂は古御名で処理するんじゃなかったの?」
「まぁ、そうだな」
言葉を濁す。
燈月は彼女なりの理由で清周に手をかしている。だが、深く語り合ったりしたことはない。
利害の一致がお互いの関係であり、そこまでのものだった。
清周が言いたくないのならば、燈月は無理に尋ねる必要はない。
伏紀隊の処理である。
元々、上位右翼団体が県下の人材を教育するための組織だ。
当然、皆、二十歳未満である。十四歳から十八歳までが、隊員として過ごす年齢だった。
芽衣は父の団体からの頼みとはいえ、さすがにためらっている様子だった。
戴汽は目的のためなら血も涙もない。潰すと言えば、女子供であろうが皆殺しである。
彼から任されたということが、同じくしろということか、まだ判断がつかないが、多分一緒であろうと芽衣は思っていた。
神社でいつもの面子に会っても、口数が少なかった。
夏の日差しが強い日だった。
史織がアイスを買って来て、全員に配る。
芽衣は不思議そうに顔を上げた。
史織は何かと一瞬驚いたが、振り向いて同じく、唖然とした。
小さな男の子を連れた三人組の家族が、彼らに手を合わせているのである。
そして、当然のように頭を下げて、帰ってゆく。
「……いつから俺らまでご神体になったんだ?」
よくわからないが、さも楽しそうに、左時がキセルを揺らして大声で笑った。
この男はこの男で、自慢げなのだろう。
史織は一人で、そう合点した。
「史織、芽衣が悩んでるみたいよ?」
陽唯がしゃがんだ彼を促した。
「ん? どうした?」
「うん……」
芽衣は隠すことなく、ここ数日思っていたことを口にした。
いつもと違い、元気が無く、声は時々ややしぼみがちだった。
聞き終えた三人は、しばらく無言だった。
「犯人の連中か……」
やっと史織はそれだけ言った。
何故か陽唯が暗い顔をしていた。
キセルを口に咥えていた左時は、遠くを見るようにしていた。
「……手がないわけじゃないがな」
「ホント!?」
芽衣が言葉に飛びつく。
「殺したくないんだろう?」
何度もうなづく芽衣。
「ただ、どう演出するかなんだが……」
「どんな企みなんだ?」
史織が促す。
「ちょっとな。みんなに手伝ってもらうよ。準備には、そうだな、五日ばかりかかるかな。早くても」
左時は楽し気にニヤついた。
三年一組の教室に並んだ机には灰色の軍服を着た少年少女らがついていた。
正式に認可を受けた学校でもある伏紀隊の授業が始まったところだ。
つまらない。
香稟は眠気と戦いながら、ぼんやりと黒板を眺めていた。
生徒数は約百人。各年数一クラスづつである。
一限目の授業は数学だった。
香稟は特別優秀でも熱心な生徒でもない。
しかも、右翼思想もない。
ここに入学したのは、単に彼女のような孤児には、保障もなく入れる学校がな買ったからに過ぎない。
最近、校舎を外から眺めに来る人が多くなっていた。
そんなに珍しいかと、香稟は鼻で笑う。
九時二十分である。
突然、学校の建物が轟音とともに揺れた。
非常警報が鳴る。
香稟は立ち上がって窓の外に顔を向けた。
彼女は見た。
迫ってい来る弾丸を。
そう思った瞬間、再び学校が揺れた。
壁にひびが入り、塵が天井から降ってっ来る。
「皆さん! 訓練通りに非難します!」
担当教師が声を張る。
香稟はこの事態だというのに、恐怖よりも興奮を覚えた。
生徒である隊員たちは、初めごちゃごちゃしていた。だがやがてドアの外に出て、廊下で整列した。
彼らが体育館の脇から出るまで、二度の衝撃が校舎を襲った。
それぞれのクラスが違う出口から外にでる。
校庭にでた彼らに、手を振る男がいた。
街宣車のようなカーキ色をしたバスが低い塀の向こうに二台、停められている。
今までは重い塊をぶつけられている状態のようだったが、校舎の一部が今度こそ爆発した。
尾架隊長も校庭にいた。
「まずい、みんな早くあのあれに!」
彼女は香稟を含めた三年生の全員を、路肩のバスに乗り込ませた。
バスはすぐに出発して、道路を走りだす。
凄まじい爆音に彼らが振り返る。
校舎はうごめくような炎と黒煙の塊になって、半ば倒壊していた。
香稟は驚きはしたが、ショックは受けなかった。むしろ楽しくすらある。
前部のドアそばにいた尾架は一息つくと、運転手を覗き込んだ。
「どこへ行くのですか?」
だが、運転手は答えなかった。
尾架は諦めて、生徒・隊員たちを見張る方に感心を向けた。
バスはやがて街を過ぎ、河川の倉庫街に入った。
倉庫の中に入ると、重い入口が閉められた。
一気に車内が暗くなる。
「これは……」
尾架は絶句して再び運転手を見った。
だが、彼はハンドルに突っ伏しているのがわかった。
「どういうこと!? ここはどこ!?」
彼女の叫びとは別に、香稟は面白くなってきたと、心躍らせた。
清周は県警から命令され、倉庫街に刑事らと共に来ていた。
なんでも伏紀隊は以前から涼正会を脅迫していたという。
校長で隊長でもある尾架が金銭を要求し、要求が通らなければ、生徒たちに自爆テロを敢行させると。
今、倉庫の中にある二台のバスから、意識を失っている生徒たちが救急車で病院に運ばれている。
バスは特別使用で内部から半永久睡眠ガスが噴出するようにできていた。
清周の上司である捜査本部長は、計画が上手く行かなくなった尾架が伏紀隊を巻き込んで自滅したという、なんとも曖昧な理由で捜査を終了させた。
清周がみるところ、涼正会からの圧力が効いたとしか思えなかった。
彼としては、都合の良い事件だった。
丁度、魂が少々入り用だったのだ。
彼は病院を訪ねては、魂を回収する作業を行った。
運転手は史織。校舎砲撃は芽衣。バスの製造は左時の知り合いという、仕掛けだった。
実行が終わり、まだカーテンを閉め切った薄暗い家にいると、陽唯はいつもの副作用に悶えていた。
ただ、今回のは今までとは違い、神経に痛みが走ルカのような鋭いものが混ざっていた。
陽唯はいつものようにのたうち回りながら呻き、必死にすでに打った鎮静剤の効きを待つ。
閉じた瞳の裏に、光が灯った。最初は幾つもの瞬きだったものがやがて集まり、一つの映像へと変わってゆく。
路地で小さな子供たちと駆けまわりながら遊んでいる光景だった。
薄ぼんやりとしていたが、多分これが引き金になったのだろう。陽唯は懐かしさとともに、充実した爽快感を覚えた。
激しい痛みの中で。
ようやく、副作用が落ち着き、一息つくと。しばらくぼんやりとする。
今の映像は何だったのか。
考えても答えがでそうにないので、彼女はシャワーを浴びて着替え、外にでた。
廃墟にも見える違法建築の山と、ゴミだらけの道路。
唯一の救いは、快晴という点だ。
昼も過ぎた頃だったが、神社にはいつもの三人がだべっていた。
座っている芽衣が手を上げると、それに答えて陽唯は広げた手のひらを打ち合った。
「遅かったね」
「んー。ちょっと左時さんに聞いてほしいことが……」
「あーん? どうしたって?」
左時はキセルの煙を吐いた。
陽唯はさっき起こったことを説明した。
「あー、それなぁ。わかるが、どうしておまえさんが見えたのがわからないなぁ」
「わかるって?」
史織が興味深げな表情で軽く身を乗り出す。
元々が研究者志望だ。珍しい話への好奇心は人一倍強い。
「古御名のアヘンさ。あそこにいる奴らは、魂からその人の様々な喜怒哀楽を嬢ちゃんのように直接疑似体験して悦に浸ってるんだよ」
「それがどうして、陽唯に?」
「わからん。というか、ひょっとしたらなんだが……」
左時は陽唯を正面から眺めた。
なんだろうという顔で、見つめ返す陽唯。
「あんた、古御名の一部の生まれ変わりなんだよな?」
陽唯はこくりとうなづいた。
「それが?」
「……んー。生きている者同士だったなら良くあることなんだが。生まれ変わり同士の魂の共鳴というやつだ」
「それが、あたしに?」
「ひょっとすると……『天空の姫』が起きたのかもしれん」
「天空の姫?」
「ちょっと、行ってくるわ」
左時は立ち上がってズボンの塵を払った。
史織は頭を掻く。
「てかさぁ。俺たちは清周に復讐したいんだけど、いつになったら実行して良いんだ?」
「そこが謎だよねぇ。左時も恨みに思ってるはずなのに」
「心臓の件もあるしな」
「あなた方……相手は県警の刑事よ。テロリストにでもなりたいの?」
陽唯は二人の会話を聞いて呆れたようだった。。
まだ鎮静剤が効いていて、冷静だったのだ。。
左時は以前ねぐらに使っていた廃屋から、ネットワークに繋いだ。
すぐにでも彼の意識は古御名に昇って行った。
予想の一つが、現実となっていた。
伏紀会の隊員たちの魂は、共同会場で人々の己の思い出として消費されていた。
「……新しくなっても相変わらず、悪い趣味をしているもんだ」
左時は共同幻想に浸る彼らを走査し、香稟のモノを探した。
香稟は極上の体験媒体として彼らの脳裏に流れ込まされていた。
「中止だ! その子のモノを使うな!」
会場で意識を戻した人々が、左時に視線を集める。
「こんなのよりも良いモノに使える素材だ。さっさと注入器から取り出してもってこい!」
左時を目に停めた技師たちは、すぐにいう通りにした。
「おやおや、珍しいな。おまえがここに来るなんて」
長身痩躯の男が、彼の後ろに現れた。
清周だ。
「おまえはここに入り浸りか? 健康に悪いことこの上ないぞ」
「ご心配ありがたいが、直接来るのはそれほどでもない」
「今回の魂の件か?」
「よくわかっている」
「どういう?」
「お披露目だよ。白いドレスを着て我々を侍らせた『天空の姫』が手に入ったからな」
「何がお披露目だ。共同幻想に使った魂はどうなるか知ってるだろう?」
清周はニヤけた。
「もちろんだ。だが、薄くなった魂ほど、御しやすいだろう?」
「勘違いするな。あいつは『天空の姫』なんかじゃない」
「なら、この古御名全体の喜びは何だというんだ? おまえも感じているだろう?」
「香稟という娘だろう? この古御名の興奮は、別のものだ」
左時の真剣な物言いが、清周をわずかに戸惑わせる。
「別のもの?」
「正確には一緒だが、香稟という媒体が違う。今に魂は薄れ、生まれ変わりの元に完全吸収されるだろう」
「貴様、知っているのか?」
左時はにやけて、キセルを持った手をだらりと下げた。
「知らんなあ。俺は何も知らん。残念だったな」
清周は舌打ちした。
この一見のらりくらりとした男は、やはりやりずらい。
辺りに、チリチリと音を出す火のような細い線が、幾つもゆっくりと走りだした
「……いいのかい? おまえは死ぬわけにはいかないんじゃないのか?」
むしろ楽し気な左時だ。
その言葉に、清周の両眼が鋭くなる。
「下手な呪いをかけたのはきさまか……」
クックッと嗤った左時は古御名との連絡を断った。
清周の前からその姿がかき消えて行った。
元灯寓遺跡を改造した所に、清周の家はあった。
「不機嫌そうだな」
燈月が嗤うでもなく、椅子に座る彼を見た。
「そうでもない……」
低い声が返ってくる。
清周の周りには、相変わらずドールのような人形が大量に立っていた。
ただ今日はどこか様子が違った。
「古御名から良い種を持ってきてな」
軽く持ち上げた手の平の上のものを見せてくる。
小さな錠剤のようなものだが、鈍く輝いている。
「それは?」
「偽魂の元だ。少し俺の血を使って改造した」
「ほう……」
偽魂の存在は噂には聞いていたが、燈月が見るのは初めてだった。
「いま、この人形たちに植え付けたところだ」
「……ということは、これらは……」
彼女は人形たちに目をやった。
薄暗い中だが確かに個々に生気があった。
ただ、それぞれの姿は口が大きく避けていたり、腕が異様に長かったりと、人間離れしている。
「俺がこの都市に存在させたいモノたちの原形みたいなものだな。理想はもっと綺麗な姿にさせたいものだが」
燈月は己のことを忘れて、この男は結局何がしたいのかと疑問に思った。
察したのだろう。清周が鼻を鳴らす。
「俺はこの大堵谷を自分の街にしたいのだよ。偽魂人形もその一環だ」
短く説明した。
そして、彼はやや首を傾げた。
「ふむ。偽魂とはいえ天の古御名から持ってきたものだからな……天空の姫にも対応させて天使とでも呼ぶか」
燈月は異形とあまり変わりない人形の姿を天使と呼ばれて、違和感を感じた。
「……まぁ、なんでもいい」
彼女はあえて追及しなかった。
ただ、気になったのは天空の姫に対応させるという点だ。
「古御名まで乗っ取るつもりか?」
清周は嗤った。
「今の古御名などに興味はない。あんなもんは下種どもにくれてやる。俺が欲しいのは、本来の古御名だ」
「本来?」
「そう。大堵谷を巡らせている全ネットワークの大本である、旧古御名さ」
燈月はやはり関心がないとばかりに鼻を鳴らした。
陽唯はベッドの上で急に気付いた。
自分は香稟という少女の生まれ変わりだと。
だが、陽唯は古御名の一部である。
神社で三人にそう告白すると、俄然全員の興味を引いた。
左時などは呆れ驚いているさまがありありと見える程だ。
「おまえだったのか、陽唯……」
彼は喜ぶような声を出した。
「どうしたん?」
史織はわけがわからないという風に、左時を見た。
彼は低く笑っている。
「いやぁ、ウチには良いカードが揃っているなぁと思ってな」
左時はわざとぼかす。
キセルを手に、史織と芽衣に横目をやった。
「なぁ、おまえら。ちょっと聞きたいんだがなぁ……?」
「なにさ?」
「んー、なーに?」
左時は考えるように一拍置いた。
「……例えばだが、大堵谷から人間が滅んだらどうする?」
驚きの反応もなかった。
「んー、俺はここのひとじゃないしなぁ。大体、もう人じゃないんだろう、俺たち?」
史織があっけなく答える。
「あたしも、別も関係ないかな?」
芽衣は同意するようだった。
「どうすると言われても、あたしは生きるだけ」
陽唯は淡々としていた。
「誰も抵抗しないのかよ」
左時は愉快そうだった。
そして、キセルを一つ、神社の柱にカンっと叩いて灰になった葉を落とす。
「実はな、この大堵谷は元々、廃棄された都市だったんだ」
彼は喋り出す。
「大戦のおり、ここは激戦地でな。同時に禁則兵器の核が大量に使われた。元々、人が住める場所じゃなかったんだ。だから政府はこの県を隔離した。ここにいるのは被爆覚悟の難民たちさ。もちろん生身じゃないがな」
実は史織はこの大堵谷県の過去は知っていた。彼が来たのはその後にどうなったかを調べるためだった。
「じゃあ、古御名というのは?」
興味津々に史織がうなづく。
「県内に移住してきた奴らが造った統治システムだ。人々は県内を電子ネットワークで充満させることによって、より良い暮らしを求めたんだ。代償はあったがな」
「代償?」
「フルミナがリンクしている人々のデータを使って魂を造りだした。そして、何の意思か、生まれ変わりというものを起こした」
「生まれ変わりは、結局どうしてかわからないの?」
左時は空のキセルを咥えて、先っぽで陽唯をさした。
「おまえさんの記憶が確かなら、わかるはずだが」
陽唯は残念そうに首を振った。
「……そうか。ならしかたがないな」
左時は言葉と違い、とぼけた様子で空を見上げた。
『まだ動きはありませんね』
『気をつけろ。いきなり突飛な行動にでる可能性もある』
『はい。このまま監視を続けます』
『良い結果が得られればいいがな』
「おまえはいつも関心が無さげだな」
清周はいつもの椅子から、ソファの燈月に声をかけた。
ぼんやりとしながら、頬をわずかに朱に染めるほど、一人でひたすらワインを飲んでいる。
「……あんたこそ、あたしに関心を向けるのは珍しいな」
目もやらず、燈月は切り返す。
清周としては稟香のこともあり、やや目を外に向けているところだった。
「ちょっと調べたんだが。おまえ呪禁道を使えるらしいな」
「……正確には使えた、だがな」
面倒くさげな燈月だった。
「へぇ。もう使えないのか」
燈月は、彼を一瞥すると、ワイングラスを傾けた。
「……そうだな。あたしは自らの術で自らを禁じたんだよ」
「何故?」
問いに思わず彼女は嗤っていた。
「古御名やおまえのような奴に魂を弄られないようにするためさ」
これには、清周も思わずニヤリとした。
彼女は冗談でいっているのではないとわかったからだった。
「なるほど。だからデータもないのか」
清周は上機嫌だった。
「あんたこそ、何かあったのか?」
「やっと準備が整ったんだよ。もう、目的を果たすだけだ」
「なるほど。じゃああたしもそろそろ潮時だな」
「いや、おまえは居ていい」
彼の言葉に、燈月は意外そうな顔をした。
「どうかしたか?」
逆に清周が聞いてきた。
「……いや、別に……」
燈月はぼそりと言っただけで、またワインを飲みだした。
ややピッチが早かった。
『動きだしたぞ!』
『良し、緊急準備だ!』
『了解!』
「ヤバいな」
神社で、左時は空を見上げつつ地面にぴたりと片手を広げて、つぶやいた。
史織ら少年少女三人は、ジュースを買ってやってきたところだった。
「おい、おまえら。ちょっとしばらく古御名に行け」
「えー、なんでー? 左時は?」
「俺も行く」
左時は立ち上がる。
三人を連れ、古御名に昇った。
初めて訪れた電子空間に、彼らは目を奪われた。
大堵谷とは全く違う、光にあふれた場所だ。
意思一つで内部のあらゆる場所に行け、人々の表情は明るく陽気だった。
街の一つだったが、左時はすぐに場所を変えて、明るい何もない部屋に移動する。床には一面、大堵谷県の画像がリアルタイムで俯瞰できるようになっていた。
まるでというべきか、空から一望に眺めている気分で、そのまま落ちて行かないのが不思議なぐらいだった。
「さてと、天空の姫として陽唯は手に入れた。
あとは、ちょっとばかし、史織と芽衣に話を聞きたい」
左時はキセルを手にして、神社でと同じく床に直に座った。
火をつけて、煙を一つ吐く。
「まずは芽衣からだ」
「話?」
左時はうなづく。
「芽衣。おまえはどうして自らを禁じて縛った?」
芽衣はいきなりの直球に、睨みつけるように左時を見つめる。
「……どうして、知っているの?」
「んなこたどうでも良いんだよ。おまえの話だ」
芽衣は拒絶するように横を向いた。
左時は彼女から視線を離さなかった。まるで、逃げようとする芽衣を捕えるかのように。
「庇った。そうだな?」
「……どうかな?」
芽衣は腕を組み、横目を左時にやる。
「ああ。おまえらは灯寓遺跡で偶然出会ったわけじゃねぇ。史織がここに来る前から、おまえらは関係があった。招いたのは、おまえからだな?」
「……確かに、史織とネットで出会ったのは二年前よ」
「その時、おまえは死のうとしてたな?」
「だから?」
普段の芽衣とは思えない、冷たい口調だった。
「放射能で、末期の白血病だったてな。おまえは、この大堵谷を恨んだ。どうせなら、世界を壊してくれと望んだ。史織は特待生制度を使って、この大堵谷に来た。研究と偽ってな。結局、おまえらは俺の式神となって助かったわけだ」
足元の地図上に、赤い線が何本もゆっくり県境から移動しているのが映し出されていた。
「どこの誰に聞いた話なのさ?」
芽衣は抵抗を試みた。
「戴汽だよ」
舌打ちする。
左時は今度は史織に顔を向けた。
「おまえも死にたがっていたな?」
「お見通しだね」
史織はいつもの調子のままだった。
「孤児で公安スパイ。常に欺瞞の跋扈する生活からノイローゼになった。そして、大堵谷に来て、偶然とはいえ俺のところに来てのほほんとしていた」
足元の赤い線が大堵谷県にまるで網の目のように走っていた。
「見えるだろう、あの線が? 芽衣、どう思う?」
「どうって言われてもね……」
「そうだよな。気にもしないよな。何しろ、おまえらは俺の式神。魂を持つものじゃない。すでにとっくに戴汽との関係も切れている。奴も自分の娘が死んだことを知ってたよ。樹維が相手してきたのは、おまえが誰か気付かなかったからだ。ホラ、このままじゃ大堵谷がヤバいぞ。いい加減、正体を現わしたらどうだ?」
芽衣は無言だった。
「……これでも迷ったほうなんだがなぁ。でも左時、もうやめられないよ」
史織が苦笑していた。
「杭打ちとかか? 被爆してない奴の心臓を提供していった件だろう?」
「ああ」
「俺も色々、おまえらが思いとどまるように動いたんだけどな。このままじゃ、県外に被爆者たちが殺到して、本州が大混乱に陥るだろうな」
「だから良いんじゃないか」
史織の姿はもうなかった。彼の代わりに立っていたのは、清周だった。
「大堵谷を破壊して、本州をかき混ぜる。最高の舞台だ」
「隠すのも意味がないんだね」
芽衣は、燈月と入れ替わっていた。
「ああ、とっくに把握済みだ」
左時は嗤って、煙を吐いた。
陽唯は驚きもしない。
「だがなぁ、おまえらが大堵谷の破壊を実行したなら、政府が動く」
「政府?」
清周は意味が分からないと聞き返す。
「奴らは大堵谷に、二度目の核攻撃を行うよ。史織のときから、ずっと見張られていたの、気付かなかったのかい?」
左時は嗤った。
「核攻撃を!?」
「そう、おまえらの計画なんか元も子もなく、大堵谷を滅ぼすつもりさ」
聞いた清周は、怒りが沸いてきた。
「馬鹿な! それでは、まるで意味がないじゃないか!?」
「ああ、意味がないのさ、史織」
清周はヴィジョンを広げて確認する。
確かに、いくつかの軍駐屯地が、活発に動いている反応があった。
「そんな……」
燈月は絶望するかのように、つぶやいた。
「ちなみに、もうおまえらが動いたと確認済みの軍は発射まで秒読み態勢に入っている」
「クソが……!! きさまだろう、私を監視させるように仕組んだのは!!」
「知らんね」
清周は左時を一度睨みつけると、ヴィジョンで彼の言葉を確認する。
「……陽唯、手を貸してくれ!」
「良いよ。あなたは恩人だもの」
彼女は笑顔でうなづいた。
左時など、もうどうでも良かった。
その佐時設計の古御名から本州各地にネットワークが広がる。同時に、大堵谷中のミサイルと砲がアクセスした全てにロックされる。
全ては戦闘プログラミングとしての陽唯の操作だ。
清周はヴィジョンから本州の全ての端末に強制介入した。
そして、古御名の旧武装が全開なのを示し、宣言した。同時に、偽録主を出現させる。
偽録主はネットワーク上に沈降し、各都市とリンクした。
「本州政府に注ぐ! 大堵谷への核攻撃を即刻中止せよ。さもなければ、このネットワークで繋がった全都市を攻撃する!」
清周のプライドを掛けた叫びだった。同時に前を向き生きようという声でもあった。
清周の頭上には軟体もの天使が祝福するかのように飛び回っていた。
メディアに乗った映像と言葉は、本州の全土に衝撃を与えずにはいなかった。