スコラとの戦いに向けて、後はミリアの協力が必要だ。それで、ひとまずの準備は終わるだろう。
戦いを繰り返したことで、理解できたことがある。結局は、絶対に勝てる手段など存在しないということだ。どれだけ準備を重ねようと、どれだけ戦力を揃えようと。
今回だって、あくまで十分な勝算を見込める段階にまで進むだけ。命を賭けることに、何の変わりもない。
それでも、ミリアの協力があるかないかで、勝敗の行方は大きく変わるだろう。そんな気合いを込めて、俺は会いに行った。
いつも通りに、ミリアは座りながら足を組んでいる。そして、こちらを向いてきた。
「よく来たな、殿下。要件は分かっている。さあ、兵たちに激を出してやろう」
今回ばかりは、話が早い。まあ、ミリアだって一蓮托生だからな。ここで逃げる選択をするならば、断る理由もあったのだろうが。
なら、後はミリアに任せておけばいいか。俺は、実戦で部隊を鼓舞できるようにすれば良い。むしろ、あまり干渉しては足を引っ張るだけだからな。素人は余計なことをしない。これが鉄則だ。
「ありがとう、ミリア。俺も、兵たちに言葉をかけた方がいいか?」
「そうだな。妾だけよりも、兵たちも奮起するであろう。よく気張れよ、殿下」
兵たちの士気は、俺たちの命運に関わってくるからな。とても、大事なところだ。良い言葉を、言いたいものだ。
ミリアに先導されながら、俺は歩いていく。その先には、調練をしている兵たちが居た。
指揮官らしき人間がこちらを見ると、すぐに司令を出した。そして、兵たちは一斉に敬礼の姿勢になる。今の光景だけでも、訓練の成果が見えるというものだ。
やはり、頼りになるだろう。この兵たちが味方なら、心強い。素直に、そう思えた。
ミリアは隊列を組んでいる兵たちの前に立ち、手を上げていく。そのまま、堂々と話し始めた。
「さて、みなも状況は分かっているであろう。スコラが、兵を挙げた。妾たちの王都を、奪い取るために」
低い声で、周囲を見回す。誰もが、静かに聞いている。緊張感が漂っていて、息を呑みそうなくらいだ。
だが、ミリアは少しも動揺した姿勢を見せない。やはり、騎士団長となるだけの人だ。そう思わせるだけの風格を、確かに感じた。
「だが、妾たちならば勝てる! お前たちの訓練が、妾の指揮が、そして殿下の威光が! 妾たちに勝利をもたらす! 立て、皆のもの!」
ミリアが拳を振り上げると、兵たちは一斉に声を上げた。胸にまで響いてきそうな大声が、強く広がっていく。
なんだかんだで、ミリアも慕われている。そう思える光景だった。
俺も続くべき。そう考えていると、手招きされる。それに合わせて、俺もみんなの前に立っていく。そして、ゆっくりと話し始めた。
「皆も知っての通り、俺は弱い。ただの一兵卒と戦ったとしても、あっけなく殺されるだろう」
そう言っても、笑い声のひとつも漏れてこない。真剣に、誰もが耳を傾けている。やはり、優れた兵たちだ。あらためて、実感できる。
だからこそ、ここは俺の素直な気持ちを伝えるべきだろう。それこそが、みんなの力になってくれるはずだ。俺は一度少し黙り、もう一度話していく。
「だからこそ、お前たちの助けが必要だ。その相手として、お前たちは最高だ! 俺は素人だが、それでも分かる! お前たちの訓練は、努力は、そして何より実力は、本物だと!」
まっすぐに、兵たちはこちらを見ている。強い意志を感じる目で。そして、誰もが一斉に敬礼をした。その姿に、俺は興奮していたのか、感動していたのか。
自分の内面に向き合う間もないまま、俺は話し続ける。少しでも、士気を高めるために。
「お前たちにならば、俺の命を預けられる! 弱い俺を、どうか助けてほしい! 王子として、いや、ただひとりの人間として、頼む!」
深く、頭を下げていく。しばらくの間、静寂が漂っていた。そして俺は、頭を上げていく。そして見た兵たちは、誰もが拳を突き上げていた。
「殿下、万歳!」
「デルフィ王国に栄光あれ!」
「ローレンツ殿下に、勝利を!」
そんな熱狂に、包まれていく。俺は、確かな満足感を覚えていた。この兵たちと一緒なら、勝てる。そんな希望が、広がっていくのを感じた。
俺は手を振りながら、兵たちの前から去っていく。ミリアは堂々と胸を張って、俺と共に戻っていった。
そして、俺たちはミリアの部屋で再び話していく。ミリアは椅子に座ったまま、楽しそうにこちらを見ていた。
「見事なことよ、殿下。妾よりも、歓声を浴びていたではないか」
「ミリアこそ。流石は騎士団長だと、あらためて実感させられたよ」
俺の言葉に、ミリアは口を釣り上げる。そのまま、こちらに話を続けていく。
「さて、妾の仕事はほとんど終わった。後は、出陣の号令をかけるだけよ」
「もう、兵や将の選出は済んでいるんだな。仕事の早いことだ。俺の未熟さを思い知らされるよ」
本音混じりの冗談を話していく。ミリアは喉を鳴らしながら、悪い笑顔を浮かべていた。そして、足を組み直していく。ゆっくりと、視線を引き付けるように。
その動きを終えて、ミリアは深い笑みを浮かべながら話し出す。
「くくっ、殿下とて、ただの凡夫ではない。だからこそ、妾が手を貸すのだ。それを、忘れるでないぞ」
そう言いながら、あごを上げてこちらを見る。見下ろすように。傲慢さが形になったような態度だが、ミリアにはとても似合っていると思えた。
今となっては、ミリアと敵対したくない理由も変わってきたな。スコラが敵になって、よく分かる。
これまでは、単に利益を失うことが怖かった。だが、今の俺はミリアと戦いたくない。できることならば、これからも手を貸し続けてほしい。それが、俺の本心だった。
間違いなく、情が湧いている。それは、俺の弱さなのだろうな。だとしても、変わることなどできない。それは、強く確信できる。
だからこそ、俺は心からミリアの期待に応えたいと感じていた。
「ああ。ミリアが主だと認めてくれるように、力を尽くす。これからも、力を貸してくれ」
「くくっ。今回は、ただで良いぞ。これまでのように、奉仕もいらん」
そういえば、今まではミリアに何かしらをさせられていたな。肩を揉まされたり、足を揉まされたり。今回は、必要ないということか。助かるな。
一息ついたのも束の間、俺は違和感にたどり着いた。今回はというのは、どちらの意味だ。今までとは違ってという意味か。それとも、次回はただではないという意味か。
俺は、ついミリアに問いかけてしまった。問いかけるべきか、よく考えることすらできないまま。
「今回は、というのは……?」
「くくっ、楽しみにしていると良い。お主がどんな選択をするのか、待っておるぞ」
笑みを浮かべながら、ミリアは言う。その姿に、俺はどこか飲み込まれそうになっていた。しばらく返答を考えていると、ミリアは爪に目をやる。なんとなく、去れという意味だと感じた。そのまま、俺は部屋から出ていく。
「殿下。妾が何者であるのか、お主に刻み込んでやろう」
扉越しに、そんな言葉が聞こえたような気がした。どんな意味なのか。分からないが、背筋が凍えるような感覚を抑えきれなかった。