ミリアに何を相談するか考える段階で、あることに気がついた。兵力という面では、絶対に無視できない相手がいる。それはフィースだ。踊り子として、これまでにも兵士を集めてきた。
俺が想定した以上の成果を出しているので、軽んじることはできない。その気になれば、国すら起こせそうだとすら思えるのだから。
フィースの影響力の他に、ミリアに兵をまとめさせる上での問題がある。どれだけの兵力をフィースの手で兵士にできるのかをハッキリさせておかないと、今後の動きに難儀する。だから、今の段階で確定しておかねばならない。
それからミリアに話を持っていくのが、妥当なラインだろう。そう時間はないから、王都の民や兵を徴発するだけになるとは思うが。
ということで、フィースに会いに行く。香が漂う部屋で、フィースは俺を笑顔で出迎える。
「ようこそいらっしゃいました、ローレンツ様……」
「ああ。フィース、今の状況は分かっているか?」
「もちろんです……。王都に攻め入る軍があるのだとか……」
スコラの名は出てこないが、まあ今回の話において重要なところではない。とにかく、フィースにどこまで活動してもらうかだ。
フィースは不安そうな顔をしている。当然だろう。自分が住む場所に、兵が押し入るかもしれないのだから。少なくとも、これまでの王都は平和だった。国自体は荒れていても。
だから、立ち上がる民もいるのかもしれない。そのあたりも考えつつ、フィースには活動をしてもらいたい。
ということで、フィースの肩に手を置いて、ゆっくりと語っていく。
「お前の踊りで、人々を鼓舞してもらえないか? その力で、俺は王都を守りたいと思う」
ハッキリ言って、人でなしの手段だ。今になって、よく分かる。フィースは俺の命によって、人々を地獄に送り込むのだから。
もしフィースが罪の意識を抱えるようなら、俺の命令であることを強調した方が良いかもしれない。仕方なかったのだと、言い訳をもたせる形で。
せめてもの救いがある。フィースの目の前で誰かが死ぬ事態には、ならないだろうということだ。王都が戦場になる時は、俺が死ぬ時だろうからな。その後のことを考えても、無駄に近い。
「いいえ。王都のためではなく、あなたのために……」
フィースは俺の手をつかんで、自らの頬へと持っていった。そして、愛おしげに頬を動かす。好意を持たれているのは、嬉しい。それは、掛け値のない本音だ。
だが、フィースの感情が大きくなっているのを感じる。それを裏切ってしまえば。わずかな不安が、少しだけ背中を震えさせた。
最悪の可能性としては、フィースが率いる軍が俺を攻撃することだろうか。実現は、可能なのだろうな。
とはいえ、俺のやるべきことはフィースを喜ばせること。少なくとも、怯えた態度を見せることではない。打算の面でも、感情の面でも。
なら、覚悟は決まった。俺はフィースの頬を優しく撫でながら、言葉を続ける。
「ありがとう、フィース。俺は必ず、勝って帰るよ。そして、お前に礼を言いたい。いや、言葉だけじゃ足りないよな」
「やはり、ローレンツ様は優しいですね……。そんなあなただから、私は求めたいんです」
そう言って、フィースははにかんだ。俺が優しいかどうかはさておき、フィースにお礼をしたいのは本当の気持ちだ。喜んでくれるのなら、確かに嬉しい。
とはいえ、限度もある。俺の正妻になりたいと言われたら、確実に断る。自分だけを愛してくれと言われても、厳しいだろう。どちらも、俺の感情に関わらず、王子という立場の時点で許されない。王になるのなら、なおさらだ。
俺は、政略結婚した相手に本当の愛を注がなくてはならない。少なくとも、愛する努力を重ねなくてはならない。
フィースの感情を利用するようで、胸が少し苦しい。ただ、ここで勝てなければ、そのフィース自身が死ぬかもしれないのだから。俺は、利用するしかないんだ。わずかに歯噛みしながら、俺は話していく。
「ああ、何でも言ってくれ。必ず叶えるとは言えないのが、悲しくはあるが」
「いいえ。ローレンツ様なら、必ず叶えてくださります……。だって、あなたなんですから……」
恍惚としたような顔で、俺を見ている。そのまま、俺の手を離して胸に触れてくる。そして、頬を寄せてきた。
とても幸せそうに、俺の胸に頬をこすりつけている。愛する人と共にいるような顔に見えた。
ここに来て、ごまかすべきではないだろう。フィースは、きっと俺を好きになっている。もはや、単なる承認欲求から外れた。
ハニートラップである可能性も、否定できないが。ただ、誰かの指示ということは考えづらい。もっと効果的な相手の方が多いだろう。
ユフィアなら、間違いなく本人が攻めてくる。ミリアも、まあ別の手段を使うだろうな。スコラは、今更といった話だ。
その上で、フィースが俺を誘惑して権力を利用する狙いがあるか。ないと言い切って良いと思う。それくらいには、俺はフィースを信じている。効率の面で考えても、兵力を利用した方が都合が良いからな。
だから、俺はただフィースと向き合うだけでいい。それこそが、一番難しいのかもしれないが。
フィースの肩を軽く抱いて、意図を確かめていく。ささやくように。誘惑しているのは、むしろこちらなのかもしれないな。そんな気がした。
「今は、秘密です……。でもきっと、ローレンツ様も喜んでくださいます……」
フィースは頬を紅潮させていた。そして、うるんだ瞳で見上げてくる。幸せな未来を、心から信じているようだった。
裏切りたくはない。ないが、もしフィースの期待に応えられなかったなら。その時には、苦難が待ち受けている。確信に近い感情がある。
フィースは、どこまで許せるのだろうな。王という立場である以上、きっと側室だっているだろう。毎日のようには、会えないだろう。それでも、耐えられるのだろうか。
そんな不安を隠すように、俺はフィースの手を握った。そっと、包み込むように握り返される。
今が幸せであることを示すように、フィースは幼い笑顔を見せる。その顔が、曇らないように。打算と本音が入り混じった感情を乗せて、俺は微笑み返した。