目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第77話 一歩の価値

 スコラを打ち破るのは、俺の独力では不可能だろう。だから、バーバラやミリアの助力は欠かせない。


 どちらを優先するかという観点で言うと、今のところはバーバラだろうか。どの道、ミリアは逃げても再起できないだろう。そうなってくると、バーバラに撤退されることだけは避けるべき。


 ということで、俺はまず、バーバラに会いに向かった。王子という立場なら、呼び出すのも手段のひとつではあっただろう。だが、今回は頭を下げるという姿勢を崩すべきではない。そう判断した。


 バーバラなら、俺の状況くらい分かっているはず。そこで無用な駆け引きをしたところで、ただ評価が下がるに決まっている。そこで、連絡をした上でバーバラの執務室へと向かった。


 そこはきっちりと整理されており、バーバラの性格が見える。彼女はこちらを見ると、軽く手招きした。そして、不敵な笑みを見せながら話しかけてくる。


「ふふっ、要件は分かっているわ。こちらの要望は、分かるかしら?」


 試すような目で、こちらを見ている。おそらく、正解を引けなければ協力を拒まれる。そして、時間をかけすぎても判断が遅いとみなされるだろう。


 とはいえ、相手の心理を直接読めという話ではあるまい。これまでとバーバラと接した上で、何を求めているのかは明らかになっている。俺の能力だ。つまり、それを示せということ。


 ここで俺が明らかにすべきなのは、勝算だろう。ハッキリと、手札を開示することに決めた。


「ユフィアの協力があれば、スコラの動きを丸裸にできる。そして、俺が味方にしたエルフは、日に3度までの転移ができる。後はわずかな拮抗さえ作り出せれば、手段はいくらでもあるんだ」

「ええ。聞いているわ。あなたの軍にも、あたしの手の者は居たもの。ええ、悪くない」


 唇を釣り上げながら、バーバラは頷く。ひとまず、最低限のラインは超えられたようだ。軽く、胸を撫で下ろす。


 後は、どこまでバーバラが本気になってくれるかだな。俺だって未来の仮想的であるはずだ。手札を隠すのは、おかしくもなんともない。


 その上で、俺は隠すことはできない。どう考えても、信頼を失う行為だからだ。バーバラだけではなく、ユフィアやミリアといった存在からも。


 あらためて、理解できる。俺は常に、平等な戦いなどできない。兵を交える上でも、駆け引きの上でも。そっと拳を握りながら、俺は言葉を続けていく。


「なあ、バーバラ。お前は、魔法を使ってくれると判断して良いのか?」

「本当に、悪くない質問ね。なら、逆に問いましょうか。あなたの目指す未来は、どんなもの? それ次第で、あたしの選択は変わるでしょうね」


 じっと、まっすぐに目を見られた。きっと、わずかな嘘も見逃さないためだろう。とはいえ、俺の方針は何度も示している。だから、嘘を付く意味はない。ハッキリ言って、もう気づかれているだろう。


 その上で、バーバラの納得する回答かは怪しい。俺は祈るような心地で、言葉を紡いでいった。


「俺と誰かが、手と手を取り合える未来だ。できれば、お前とも。理想を言えば、スコラとも。手伝ってくれないか?」


 そう言いながら、俺は頭を下げていく。スコラと和解したいだなど、甘い夢想と言われても当然だ。だが、俺の弱さを隠す方が、バーバラは失望するだろう。そんな予感があった。


 バーバラの顔が見えないまま、一秒過ぎ、二秒過ぎる。沈黙が、場を支配する。背中に汗が伝うのを感じる。


「頭を上げて、殿下。あたしの答えは決まったわ」


 そう言われたので、ゆっくりと頭を上げていく。その先には、微笑んでいるバーバラの姿があった。もしかして、そんな期待を、俺は抑えられただろうか。


 バーバラはこちらに手を向け、穏やかに話し出す。


「ふふっ、少しだけ、焦らしてあげましょうか。まずは、あなたの理想。笑っちゃうわよね。あなたは、誰よりも現実を知っているはずなのに」


 本当に笑いながら、バーバラは語る。しかし、目には優しさが見えるような気がした。演技なのか、本心なのか。


 俺は少し、期待を高める。もしかしたら、もっと未来にまで繋がるのではないかと。バーバラと、本当に手を取り合えるのではないかと。わずかに頬が緩むのを感じた。


「あくまで理想でしかない。俺だって、分かっているつもりだ。それでも、俺は歩みたいんだ。少しでも、良い未来のために」

「夢想に溺れているだけならば、鼻で笑ったわよ。でも、あなたは確かに一歩を踏み出した。エルフとの顛末は、聞いているもの」


 エルフに食料を与え、和解を目指す。誰が聞いても、夢物語だと判断するだろう。だとしても、俺は近づけたはずだ。たったの一歩だけだったとしても。


 それを、バーバラも理解してくれたのだろう。とても、とても嬉しいことだ。思わず何度も頷きそうなほどに。相手が自他ともに厳しい存在なのは、分かりきっているのだから。


「俺たちが生きている間には、融和まではできないかもしれない。ただ、道は繋がったはずだ。そう信じる」

「ええ。あなたの行動は、素晴らしいものよ。あたしには、歩めなかった道よ」


 そう言って、バーバラは柔らかく微笑む。もはや何も聞かずとも、答えは分かる。それでも、バーバラ自身の言葉を聞きたかった。


 俺はバーバラの目を見る。じっと見つめ合って、バーバラは頷く。そして、俺に手を差し出した。


「ええ。あたしも、本気を出しましょう。あなたの道を、もっと見てみたくなったわ。この先の未来がどうあれ、今だけはあなたと共に」


 差し出された手を、俺はつかむ。バーバラは、暖かく握り返してくれた。これで、まずは大きな一歩を進めた。バーバラは、心強い味方となってくれるはずだ。


 いずれ、道が分かたれる未来が来るのかもしれない。そうだとしても、今は手を取り合える喜びを噛み締めていたかった。


「よろしく頼む、バーバラ。必ず勝って、俺たちの明日をつかもう」

「ふふっ、あたしを取り込むつもり? 並大抵の意志では、あたしに飲み込まれるだけ。覚悟は、いいかしら?」


 バーバラの言葉に、俺は強く頷いた。そして、俺たちは笑顔を向け合う。同じ目標のために、歩みだしていく。


 たった一歩だけを踏み出せただけだ。それでも、俺は晴れやかな気持ちになれた。


 ミリアの協力も手に入れて、スコラを打ち破ってみせる。そんな誓いを、新たにした。いずれ来る対峙の時を、わずかに恐れながら。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?