俺たちが王都にたどり着くと、軽く迎え入れられた。先に使者を飛ばして、勝ったことは報告していた。急ぐように伝えられたから、そこそこ早く戻ってきたんだ。祝いの席もなさそうだし、違和感が強い。
そのまま俺たちは解散するように伝えられ、俺はユフィアに呼び出された。アスカと二人で、自室で話をすることになる。
いつも通りの清楚な笑顔を浮かべながら、ユフィアは弾んだ声でこちらに話しかけてくる。
「ローレンツさん。まずは、お疲れ様です。でも、ここからが本番かもしれませんよ?」
そんな事を言われた。俺はユフィアの目を見ながら、どういう状況かを考えていく。エルフとの戦いが前座となるということは、かなり大きな問題が発生したと見ていいだろう。さて、何だろうか。
「いったい、どんな問題が起こった? 俺にできることはあるか?」
「ふふっ、聞いて驚かないでくださいね。スコラが、この王都に向けて軍を進めています」
「俺の祝いでは……ないみたいだな。つまり、反乱だと?」
ユフィアなら、遠くを見る魔法で情報を集められるだろう。つまり、かなり高い精度で確信まで至っているはずだ。
要するに、俺たちはエルフへの派兵で消耗した状態でスコラと戦わなくてはならない。
それに何より、スコラは俺を見限ってしまったのだろう。嫌な感覚は、当たっていたのだな。目をつぶって、深呼吸をする。それでも、モヤモヤは整理できそうになかった。
「ねえ、ローレンツさん。あなたは、この状況にどう対処しますか?」
ユフィアは楽しそうに、こちらに問いかけてくる。スコラの反乱なんて、間違いなく危機的状況だろう。下手をしたら、ユフィアの命だって危ういはずだ。それなのに、まるで余裕といった顔だ。
やはり、ユフィアは化け物だ。あらためて、実感させられる。思わず、つばを飲み込んでしまうくらいに。
まあ、ユフィアについて考えている状況ではない。とにかく、対応を考えないと。おそらく、サレンやルイズ、その配下たちには期待できない。きっと手伝ってくれるとは思う。だが、単純に消耗が激しいからな。人員としても、体力気力としても。
なら、代わりになる誰かを考えなくてはならない。それに、アスカはどうするかも聞かないとな。
「アスカ、正直に答えてくれ。今からでも、問題なく戦えるか?」
「大丈夫。いつも通りに戦える。ローレンツ様の敵は、私が殺す」
アスカの声や表情からして、本当に無理はしていないように思える。完全に、普段通りの無表情だからな。なら、戦力として数えられるだろう。
ただ、いくらなんでも、アスカだけでは足りないどころではない。軍勢として協力してくれる相手を、探すしかない。
それに、できれば手伝ってもらいたい相手もいる。さて、忙しくなってきそうだ。
「さて、話を通すべき相手か。バーバラとミリアになるだろうな。そういえば、後で紹介したい相手がいるんだ」
「ふふっ、エルフ領でも、何かを手に入れたんですか? いいですね、ローレンツさん。褒めてあげます」
にこやかに微笑みながら、俺の頭を撫でてくる。スコラに勝たなければ、今みたいな時間も失われてしまう。なら、勝つしかないよな。拳に力が入るのが分かった。
とはいえ、ため息をつきたい気分でもある。本当は、スコラにも祝ってほしかった。それが本心だと、正しく理解できていたんだ。
せめて、会話で解決できないか。そんな考えも浮かんでしまう。命取りになる類の考えだと分かっていても。
「さて、方針を決めないとな。スコラに勝つためには、魔法への対策が必須だ。殺そうとするよりも、いっそ捕らえることを目指した方が良いかもな」
自分で言いながら、言い訳だと分かっていた。スコラを殺すことを避けたいだけだと。まあ、スコラの回復魔法なら、そう簡単に殺せはしないのだろうが。アスカに真っ二つにされてすら、平然と立っていたくらいなのだから。
だから、対策として拘束が有効なのは間違いない。下手に殺すために全力を尽くすよりも、勝率は上がるかもしれない。
ユフィアは笑顔で俺を見ている。ワクワクを隠せないという様子で。俺の悩みなど、当然見透かされているだろう。その上で、俺がどんな道を選ぶのかを楽しんでいる。やはり、とんでもない毒婦だよな。
だが、期待に応えたいと思ってしまう。本気で認められたいと願ってしまう。本当に、ユフィアに溺れている。まったく、情けないことだ。
「ローレンツさんが望むように動いてくださいね。きっと、それが一番ですから」
ユフィアは俺の頬に触れながら、妖艶に微笑む。背中を押してくれている。そう感じる俺もいる。同時に、くさびを打たれていると感じる俺もいる。きっと、どちらも正解なのだろうな。
なんとなく、分かってきた。ユフィアにとって、これは試練なんだ。俺がどうやって乗り越えるかを楽しむための。
「とにかく、勝たなきゃ何も始まらない。それだけは、確かなんだ。ユフィア、俺は勝つぞ」
「ふふっ、スコラを殺すとは、言わないんですね。また裏切られないと、良いですね?」
今度は手を繋いで、ユフィアは笑う。どこか、あざけるように。俺にスコラを殺せと言っているのだろうか。あるいは、ただ俺を揺さぶっているだけなのだろうか。
ユフィアの手を、俺は離せないでいた。スコラを殺す踏ん切りがつかないからだろうか。それとも、ユフィアにまで見捨てられることを恐れているのだろうか。
目の前にいるユフィアに弱音を吐き出せれば、どれだけ楽だろうか。スコラは、何度も俺を支えてくれていた。ずっと、俺に寄り添ってくれていた。分かっているさ。単なる打算だって。
それでも、スコラの期待を裏切りさえしなければ、今も仲良くできていたのではないだろうか。そんな考えが、どうしても消えてくれない。俺はスコラといる時間を、心地よく感じていたんだ。その気持ちを伝えてさえいれば良かったのではないかと。
なんて、後悔しても遅いのだがな。もう、スコラは動き出してしまった。そして、きっと止まらないだろう。
そんな事を考えていると、ユフィアは優しく俺の手を握ってきた。そして、柔らかく微笑む。
「私が、慰めてあげましょうか? 抱きしめてあげましょうか? 良いんですよ。私に全部任せてくれても」
ユフィアの笑顔はとても透き通っていて、目が引き寄せられた。そして、胸元をじっと見てしまう。抱きしめられたら、どれほど心地よいのだろうかと。
だがきっと、乗ってしまえばユフィアは失望する。そんな考えがよぎった。ユフィアなら、スコラにも勝てるのだろう。そして、当たり前のようにデルフィ王国の支配を続けるのだろう。その隣に、俺は居ない。
そこまで考えて、俺はユフィアをじっと見つめながら返した。あったのは覚悟だろうか。恐怖だろうか。それとも、逃避だろうか。自分では、何も分からなかった。
「いや、俺が戦う。スコラとの決着は、俺が付ける。どんな未来になるとしても、立ち止まったりしない」
「そうですか。少し、残念ですね。私に甘えるローレンツさんも、可愛かったでしょうに」
名残惜しそうに、ユフィアは俺の手を離した。そして、軽く俺の肩を叩く。
「頑張ってくださいね、ローレンツさん。私は、あなたをずっと見ていますよ」
そう微笑むユフィアは、まるで聖母のようにすら見えた。
「分かった。まずは、バーバラに話を通してくるよ。きっと、勝ってみせるさ」
俺は自室から出ていって、バーバラのもとへと向かう。振り返りたいという気持ちが湧き上がって止まらず、俺は歯を食いしばりながら抑えていた。