わたくしは、ローレンツ殿下がエルフ領に攻め入っている期間を利用して、王都を襲撃する計画に向けて動いておりました。自領に戻って、兵や将を動かすことで。
これから、王都に向けて進軍するところ。わたくしは、少しだけ震えました。武者震いでしょうね。
「スコラ様、我々も準備が整いました。私の見立てでは、勝敗は半々でしょう」
「ただの領主が、国の中核に半々で勝てる。分の良い賭けではありませんか」
幕僚に対して、わたくしは笑顔で告げます。負ければ、すべてを失うのでしょう。これまでに積み上げてきた立場も、名誉も。そして何より、命も。
だとしても、わたくしの野望は止まったりしません。ただの凡夫として一生を終えるより、せめて一花咲かせたいのです。
つい最近までは、ローレンツ殿下を籠絡することを狙っておりました。ですが、叶わないと理解させられたのです。殿下の心は、ユフィアに捕らえられているのですから。
何度歯噛みしたか、分かりません。今でも、歯を食いしばる瞬間があります。殿下さえ応えてくれたならば、わたくしは殿下に尽くしても良かったのに。
わたくしの体を捧げることも、殿下の喜びのために駆け回ることも、わたくしは覚悟していた。その先に、実質的な王となる未来がある。そう信じていましたから。
だからわたくしは、殿下の願いを叶えるために手間を惜しまなかった。ですが、それは無駄だったのです。思わず、ため息をついてしまいます。幕僚しかいないとはいえ、軽率でしたわね。
「では、スコラ様。これより攻め入りましょう。号令を、お願いいたします」
「ええ、もちろんですわ。兵を集めなさい。わたくしの覚悟を、示してみせましょう」
そしてわたくしは、我が東ベンニーア領のしもべたちの前で宣言しました。わたくしらしく、優雅に微笑みながら。
「さて、皆さん。わたくしこそが、真にこの国を統べるべき者。天に立つものですわ」
「スコラ様、万歳!」
「ベンニーア家の未来に、いや、王家の未来に栄光あれ!」
我が兵たちは、よく調教されております。軍師も将も、見事な手並みだと言っていいでしょう。その力を、存分に発揮する機会がやってきたのです。
「誰もが誇れる戦場が、いま目の前にある! ここで立ち止まる愚か者は、いませんわよね?」
「我々が覇者だと、示してみせようぞ!」
「天下に我らの名を知らしめるのだ!」
士気は十分。ですから、後は動くだけでした。ユフィアもミリアも葬り、ローレンツ殿下をわたくしの手に。そうすることで、わたくしは真の王になる。
負けることなど、考えても無駄でしょう。死んだ後のことを心配して、何の意味があるというのでしょうか。
勝てばすべてを手に入れる。それに全身全霊をかけるのです。わたくしめは、まっすぐに前だけを見ていました。
いくらユフィアでも、完全な備えなどできるはずがないのです。わたくしの動きを察知するところまでが、限界でしょうね。
後は、時間との勝負だけ。殿下が戻る前に決着をつけるだけ。そうしてしまえば、殿下はわたくしに従うしかなくなるのですから。
もし仮に殿下が戻ったとしても、わたくしの力を見せつける良い機会でしょう。逆らうだけ無駄だと、思い知らせるだけです。
そんな決意を込めて、わたくしは自らの立場を表明したのです。
「勝てば官軍! わたくし達こそが天下を統べるにふさわしいのだと、証明してみせましょう!」
「いくらでも女を抱けるぞ! うまいものも食い放題だ!」
「俺達こそが法だ! デルフィ王国を支配するんだ!」
うまい具合に、欲を刺激されているようでした。無論、わたくしの支配を邪魔するのならば、処断するだけなのですが。
仮にただの兵卒だとしても、夢を見る権利くらいはあるのです。叶えるかは、わたくしの胸先三寸ですけれど。
熱気に包まれながら、わたくし達は王都へと足を進めていきました。
誰もが未来を夢見ています。自分の栄達を信じていました。英雄になるのだと。権力を手に入れるのだと。誉れを得るのだと。
そんな風に足を進める中で、幕僚はわたくしに告げました。
「スコラ様、知らせがあります。ローレンツ殿下が、エルフを打ち破ったそうです」
わたくしは、目を見開きました。想定していたより、ずっと早かったですから。殿下が戻るにしても、決着がついた後。それが、最も高い可能性だと思っていました。
ですが、殿下はわたくしの予想を超えた。笑みを浮かべてしまったのは、どうしてでしょうか。
わたくしは考えます。進むべきか、引くべきか。殿下の祝いのためだと言って、歓待すべきでしょうかと。
「あなたは、どう考えますか? ユフィアは、どうしているのです?」
「それですが、使者が……。自分と一緒に、殿下を労わないかと」
その言葉を聞いて、頭に浮かんだ光景がありました。わたくしとユフィアで殿下を祝い、ユフィアの方だけを見る殿下。
目の前にある光景にすら思えて、わたくしの頭から選択肢は消えていったのです。
「ユフィアなど、裏切るに決まっていますわ。信じるに値しません」
「同感です、スコラ様。あの毒婦だけは、信用できません」
「では、あなたにも力を尽くしていただきましょう。わたくしの、勝利のために」
目の前にいる幕僚の魔法は、切り札と言えるものでした。それがあったからこそ、十分な勝算を見込めた。
ですから、わたくしは命じました。勝つために、すべてをかけろと。言わずとも、伝わったのでしょうね。強く頷くのが、見えましたから。
「もちろんです。命尽きるまで、すべてを燃やし尽くしましょう」
「ええ。期待しておりますわよ。わたくしの道を阻むものは、すべて踏み潰すだけですわ」
わたくしは微笑み、幕僚は平伏します。わたくし達は、必ず勝ってみせると誓っていたのです。
それから、少しずつ王都に近づいていきます。そのたびに、わたくしの中である感情が膨らんでいきました。
誰にも近づけさせずに、ひとりになる瞬間。それを増やして、心を整理しようとしてしまうほどに。
「殿下、あなたのすべては、わたくしが奪いますわよ」
そう宣言して、自分を鼓舞します。ですがわたくしは、優雅な笑顔を浮かべていないような気がしました。
結局のところ、わたくしの感情は深まっていくばかり。
王都に足を進めるほどに、胸の穴が広がっていくような感覚があったのです。何かを取りこぼして、失ってしまったかのような。
その度に、わたくしの頭には殿下の顔が思い浮かんだのです。わたくしに、真摯に頼み込む姿が。願いを叶えた時に、笑顔を見せる姿が。
何度も首を振って、頭を整理します。そして、決意を固めました。どこまでも強く、拳を握りながら。
「わたくしは、王になるのです。デルフィ王国を、支配するのです。待っていなさい、ユフィア」
ユフィアと殿下が笑い合う。そんな姿を思い浮かべれば、わたくしの中で炎が燃え盛っていくのを感じました。この炎を、強く叩きつけてあげましょう。
何があっても、ユフィアだけは殺してみせます。例えわたくしが地獄に落ちるのだとしても。
そんな意志を秘めながら、わたくしは一度だけ振り返り、もう一度歩み始めたのです。