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第75話 スコラの決意

 わたくしは、ローレンツ殿下がエルフ領に攻め入っている期間を利用して、王都を襲撃する計画に向けて動いておりました。自領に戻って、兵や将を動かすことで。


 これから、王都に向けて進軍するところ。わたくしは、少しだけ震えました。武者震いでしょうね。


「スコラ様、我々も準備が整いました。私の見立てでは、勝敗は半々でしょう」

「ただの領主が、国の中核に半々で勝てる。分の良い賭けではありませんか」


 幕僚に対して、わたくしは笑顔で告げます。負ければ、すべてを失うのでしょう。これまでに積み上げてきた立場も、名誉も。そして何より、命も。


 だとしても、わたくしの野望は止まったりしません。ただの凡夫として一生を終えるより、せめて一花咲かせたいのです。


 つい最近までは、ローレンツ殿下を籠絡することを狙っておりました。ですが、叶わないと理解させられたのです。殿下の心は、ユフィアに捕らえられているのですから。


 何度歯噛みしたか、分かりません。今でも、歯を食いしばる瞬間があります。殿下さえ応えてくれたならば、わたくしは殿下に尽くしても良かったのに。


 わたくしの体を捧げることも、殿下の喜びのために駆け回ることも、わたくしは覚悟していた。その先に、実質的な王となる未来がある。そう信じていましたから。


 だからわたくしは、殿下の願いを叶えるために手間を惜しまなかった。ですが、それは無駄だったのです。思わず、ため息をついてしまいます。幕僚しかいないとはいえ、軽率でしたわね。


「では、スコラ様。これより攻め入りましょう。号令を、お願いいたします」

「ええ、もちろんですわ。兵を集めなさい。わたくしの覚悟を、示してみせましょう」


 そしてわたくしは、我が東ベンニーア領のしもべたちの前で宣言しました。わたくしらしく、優雅に微笑みながら。


「さて、皆さん。わたくしこそが、真にこの国を統べるべき者。天に立つものですわ」

「スコラ様、万歳!」

「ベンニーア家の未来に、いや、王家の未来に栄光あれ!」


 我が兵たちは、よく調教されております。軍師も将も、見事な手並みだと言っていいでしょう。その力を、存分に発揮する機会がやってきたのです。


「誰もが誇れる戦場が、いま目の前にある! ここで立ち止まる愚か者は、いませんわよね?」

「我々が覇者だと、示してみせようぞ!」

「天下に我らの名を知らしめるのだ!」


 士気は十分。ですから、後は動くだけでした。ユフィアもミリアも葬り、ローレンツ殿下をわたくしの手に。そうすることで、わたくしは真の王になる。


 負けることなど、考えても無駄でしょう。死んだ後のことを心配して、何の意味があるというのでしょうか。


 勝てばすべてを手に入れる。それに全身全霊をかけるのです。わたくしめは、まっすぐに前だけを見ていました。


 いくらユフィアでも、完全な備えなどできるはずがないのです。わたくしの動きを察知するところまでが、限界でしょうね。


 後は、時間との勝負だけ。殿下が戻る前に決着をつけるだけ。そうしてしまえば、殿下はわたくしに従うしかなくなるのですから。


 もし仮に殿下が戻ったとしても、わたくしの力を見せつける良い機会でしょう。逆らうだけ無駄だと、思い知らせるだけです。


 そんな決意を込めて、わたくしは自らの立場を表明したのです。


「勝てば官軍! わたくし達こそが天下を統べるにふさわしいのだと、証明してみせましょう!」

「いくらでも女を抱けるぞ! うまいものも食い放題だ!」

「俺達こそが法だ! デルフィ王国を支配するんだ!」


 うまい具合に、欲を刺激されているようでした。無論、わたくしの支配を邪魔するのならば、処断するだけなのですが。


 仮にただの兵卒だとしても、夢を見る権利くらいはあるのです。叶えるかは、わたくしの胸先三寸ですけれど。


 熱気に包まれながら、わたくし達は王都へと足を進めていきました。


 誰もが未来を夢見ています。自分の栄達を信じていました。英雄になるのだと。権力を手に入れるのだと。誉れを得るのだと。


 そんな風に足を進める中で、幕僚はわたくしに告げました。


「スコラ様、知らせがあります。ローレンツ殿下が、エルフを打ち破ったそうです」


 わたくしは、目を見開きました。想定していたより、ずっと早かったですから。殿下が戻るにしても、決着がついた後。それが、最も高い可能性だと思っていました。


 ですが、殿下はわたくしの予想を超えた。笑みを浮かべてしまったのは、どうしてでしょうか。


 わたくしは考えます。進むべきか、引くべきか。殿下の祝いのためだと言って、歓待すべきでしょうかと。


「あなたは、どう考えますか? ユフィアは、どうしているのです?」

「それですが、使者が……。自分と一緒に、殿下を労わないかと」


 その言葉を聞いて、頭に浮かんだ光景がありました。わたくしとユフィアで殿下を祝い、ユフィアの方だけを見る殿下。


 目の前にある光景にすら思えて、わたくしの頭から選択肢は消えていったのです。


「ユフィアなど、裏切るに決まっていますわ。信じるに値しません」

「同感です、スコラ様。あの毒婦だけは、信用できません」

「では、あなたにも力を尽くしていただきましょう。わたくしの、勝利のために」


 目の前にいる幕僚の魔法は、切り札と言えるものでした。それがあったからこそ、十分な勝算を見込めた。


 ですから、わたくしは命じました。勝つために、すべてをかけろと。言わずとも、伝わったのでしょうね。強く頷くのが、見えましたから。


「もちろんです。命尽きるまで、すべてを燃やし尽くしましょう」

「ええ。期待しておりますわよ。わたくしの道を阻むものは、すべて踏み潰すだけですわ」


 わたくしは微笑み、幕僚は平伏します。わたくし達は、必ず勝ってみせると誓っていたのです。


 それから、少しずつ王都に近づいていきます。そのたびに、わたくしの中である感情が膨らんでいきました。


 誰にも近づけさせずに、ひとりになる瞬間。それを増やして、心を整理しようとしてしまうほどに。


「殿下、あなたのすべては、わたくしが奪いますわよ」


 そう宣言して、自分を鼓舞します。ですがわたくしは、優雅な笑顔を浮かべていないような気がしました。


 結局のところ、わたくしの感情は深まっていくばかり。


 王都に足を進めるほどに、胸の穴が広がっていくような感覚があったのです。何かを取りこぼして、失ってしまったかのような。


 その度に、わたくしの頭には殿下の顔が思い浮かんだのです。わたくしに、真摯に頼み込む姿が。願いを叶えた時に、笑顔を見せる姿が。


 何度も首を振って、頭を整理します。そして、決意を固めました。どこまでも強く、拳を握りながら。


「わたくしは、王になるのです。デルフィ王国を、支配するのです。待っていなさい、ユフィア」


 ユフィアと殿下が笑い合う。そんな姿を思い浮かべれば、わたくしの中で炎が燃え盛っていくのを感じました。この炎を、強く叩きつけてあげましょう。


 何があっても、ユフィアだけは殺してみせます。例えわたくしが地獄に落ちるのだとしても。


 そんな意志を秘めながら、わたくしは一度だけ振り返り、もう一度歩み始めたのです。

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