ひとまず、エルフとの戦争で俺がやるべきことは、一区切りついた。残りは、今すぐにどうにかなる問題ではない。
それでも、王都に戻るまでには時間がある。ということで、主に武将との交流をおこなうことにした。関係を深められれば、今後の役にも立つだろうからな。
今は歩きながら、ルイズやサレン、アスカと話しているところだ。後は、新しく仲間になったイリスもいる。俺の目の届くところに置いておくという意味が大きいが。まあ、仲良くする努力もしたいところだ。
「ひとまず、俺は最低限の役割は果たせただろう。とはいえ、みんなにも助けられた。ありがとう」
まずは、軽く頭を下げていく。実際、感謝しているのは事実だ。みんなが居なければ、絶対に勝つことはできなかっただろうな。
敵将を打ち破ったアスカは言わずもがな。ルイズも魔法で大いに活躍してくれた。サレンだって、用兵は安定していた。それに、毒に対する備えがあるというだけで、役割としては大きかったからな。
実際に毒の治療が必要なかったのは、良いことだったと言えるだろう。サレンみたいな魔法は、あるという事実が重要なんだ。それだけで、心に余裕が出る。
「ローレンツ様、もっと褒めて。ぎゅっとしてくれても良い」
「ふふっ、僕が霞むくらいの大活躍だったからね。強制はできないけど、応えてあげて良いと思うよ」
そう言われたので、アスカを抱きしめていく。暖かさを感じて、どうにも恥ずかしい。アスカからも強く抱きつかれて、少し痛くもあったが。功労者のものだと思うと、小さなことに思えた。
楽しそうに喉を鳴らしているので、少し希望が見えた。アスカも、戦い以外の楽しみを見いだせるのかもしれないと。そうなってくれれば、嬉しいよな。俺の気持ちも込めて、アスカをゆっくりと撫でていった。
「アスカさんもだけど、殿下もすごかったよね。食べ物を用意するのは、思いつかなかったなあ」
ルイズは穏やかな顔で微笑んでいる。きっと、平和に一歩でも近づけたと思っているのだろう。少しくらいは、認められたと判断しても良いはずだ。
実際、平和を求める気持ち自体には、とても共感できる。手段を選ばないあたりには、ちょっと引いてしまう部分もあるが。
「まあ、たまたまだ。育てやすい植物を調べていたら、エルフ領にも生えていただけ。完全に、偶然の結果だ」
「そうだとしても、調べたのは殿下の頑張りで、エルフたちは食べ物を手に入れたんだ。それが全てだよ」
ルイズの穏やかな声が、本心からの言葉だと理解させてくれた。本当に、大きな成果を得られた戦いだったな。犠牲者を悼む心は、もちろん持っている。それでも、今後につながるという思いはとても大きいと言えた。
エルフとの関係改善が見えて、アスカの心が少し成長して、ルイズにも認められた。大戦果だと言っても、過言ではないはずだ。
「ローレンツは、ほんに面白いのう。まだまだ、楽しませてくれそうじゃ」
「さて、な。楽しませる努力はするつもりだが。成果は確約できない」
イリスはくつくつと喉を鳴らしながら話しかけてきて、俺はイリスの反応を探っていく。今のところは、笑顔を崩していない。さて、どういう反応だろうな。
「配慮すれど、媚びはしない。くくっ、器じゃのう。弱っちいものじゃが、期待させよる」
おそらくは、期待に応えられなければ裏切られるのだろう。だからこそ、しっかりと対応していかなければならない。
それでも、イリスにだけ注意するのは問題外だ。俺の周囲には、警戒すべき相手はいくらでもいる。だからこそ、バランスを取り続けなければならない。面倒ではあるが、それが俺の生きる道だ。
アスカの撫で心地を確認しながら、イリスの表情を注視する。今のところは、楽しそうに見える。だが、擬態の可能性もある。その判断も含めて、イリスについて知っていかないとな。しっかりと目を合わせながら、話を続けていった。
「お前も、立ち回りには気をつけておけよ。油断すれば、簡単に食い破られる。それが王都だ」
「殿下が言うと、説得力があるね。僕としても、同感ではあるけれど」
「みんなで協力できないのは、悲しいよね。でも、殿下となら協力できる。それが、とっても嬉しいんだ」
サレンもルイズも、宮中伯として苦労しているだろうからな。頷くと、アスカは抱きつく力を強めてきた。きっと、色々と思うところがあったのだろう。
実際、王都は魔窟だからな。一瞬でも気を抜けば、簡単に地獄に落ちる。そんな中を生き抜いてきた怪物たちが、ユフィアやミリア、スコラと言った存在なんだ。まだまだ、俺には苦難が待ち受けている。それだけは確信できた。
「なるほど、のう。では、王都の人間たちも、見極めねばならんな」
イリスは楽しそうに笑った。やはり、気を抜けない。もっと魅力的な人間を見つければ、そちらになびきかねない。だからこそ、常に警戒する必要がある。
だが、同時に信頼を形に示さなければならない。本当に、難題だ。
「俺より優秀な人間も、多いだろうさ。だが、俺は生き延びてやるさ。仲間と一緒にな」
「ローレンツ様は、私が守る。何度でも、ローレンツ様との時間を過ごすために」
「くくっ、ずいぶん見事にたらしこんだものよ。うちも、同じようにするのか?」
からかうような口調で、イリスは問いかけてくる。アスカは俺を信頼してくれていると思う。たらしこむことを狙ったかと聞かれれば、否定はできない。
だが、アスカを大事に思う気持ちは本心だ。だからこそ、絆を結べた。そこを間違えるつもりはない。アスカを優しく撫でながら、俺は宣言した。
「打算があることは、否定しないさ。だが、俺がみんなを大事に思う気持ちは、誰にも否定させない」
「うん。私も、私のためにローレンツ様を守る」
「ああ、それで良い。サレンもルイズも、自分のために生きてくれれば良い。その中で道が交わることを、願っている」
俺の真剣な思いを、言葉にして告げた。サレンは明るく、ルイズは穏やかに頷く。こうして仲間が増えていくことは、嬉しい限りだ。利益の面でも、感情の面でも。
イリスは、眺めるようにこちらを見ている。俺の心を、推し量ろうとしているのだろうな。しばらく見られて、それから軽くイリスは笑う。
「お主の道は、やはり王道よの。誰かの力を借りることで、勝つ。協力したいと思わせることこそ、お主の真価というわけか」
「俺は確かに、みんなの力を借りている。アスカにサレン、そしてルイズ。もちろん、兵たちも」
根本的に、俺は凡人だからな。個人では、大層なことなどできやしない。自分の分をわきまえていることこそ、俺の最大の強みかもな。
ユフィアを上回ろうとしていたら、確実に俺は死んでいた。ミリアを支配しようとしていても、同様だろう。スコラを裏切ることなど、実現できない。
そんな俺だからこそ、始めから誰かの手を借りることを前提としていた。それこそが、俺の生存戦略だった。
「くくっ、面白い。うちがお主にたぶらかされるのか、今から楽しみよ」
そう言って、イリスは深く笑った。これからも、俺は駆け引きを続けるのだろう。誰かの手を借り続けるのだろう。その先に、きっと理想の未来があるはずだ。
俺は未来を夢見て、イリスに笑顔を向けた。