ひとまず、エルフの国でやるべきことは終わった。後は、これからの交流が左右していくことになるだろう。
ということで、今は引き上げているところだ。とはいえ、戦勝ムードとも言い切れない。兵たちには、不満を抱えている者もいるようだ。
なら、俺のやるべきことは、愚痴を受け止めることだろう。なるべく反論せず、兵士たちの気持ちに寄り添う形で。
そこで、兵たちと話をする時間を作った。できる限り、個別で。
「殿下は、どうして獣人やエルフなどを受け入れられるのですか……。あんなに恐ろしい存在を……」
うつむきながら話している。罪の告白かのようだ。ひとりめは、消極的反対というところか。まあ、アスカとアルスの戦いを見れば、恐れる気持ちは分からなくはない。そこは、ある程度同意できるところだ。
だが、できることならば、せめてアスカは受け入れてほしい。俺にとっては、頼れる将であり、護衛なのだから。
そんな気持ちを込めて、少しずつ言葉にしていく。
「少なくとも、アスカは俺を守るために全力を尽くしてくれた。お前たちと同じようにな。だから、俺も信じるだけ。そのつもりだ」
「俺達なんて、ただ蹴散らされるだけの存在だったじゃないですか。殿下だって、同じですよね……?」
すがるように、こちらに問いかけてくる。きっと、心が折れたか、その一歩手前くらいに居るのだろう。アスカやアルスには、凡人は何をしても勝てない。俺だって、同じだ。言う通りではある。
だが、違う。俺はアスカを信じている。もはや打算など抜きにして。それだけなんだ。
「アスカが食事をする姿を、見たことがあるか? 知らない物をおっかなびっくり食べてみたり、気に入ったものをずっと食べてみたり。あいつだって、ひとりの女の子なんだよ」
「あのアスカ様が……? ははっ、それは意外ですね……」
「だろ? 戦う姿は鬼神のようだ。だが、可愛いところもあるんだよ」
本心から、そう思う。伝わったのか、相手は笑顔を見せてくれた。とりあえず、一歩前進といったところだろうな。
「殿下は、アスカ様と心を通わされているのですね。俺にも、できるでしょうか?」
「分からないとしか言えない。俺がアスカと打ち解けられたのは、相性が良かったからだ。エルフも獣人も人間も、そこは変わらない」
「確かに、そうかもしれませんね……。ありがとうございます。少しだけ、スッキリしました」
晴れやかな顔で、1人目の相談者は去っていった。見えなくなったのを見て、軽く息をつく。そして、次の話に向けて気合いを入れ直した。
続いての相手は、入ってきた瞬間からしかめっ面をしていた。明らかに、不満が見て取れる。そんな予想通りに、勢い強く語りかけてきた。
「どうして、エルフや獣人を受け入れるのです! 害悪しかもたらさないでしょうに!」
「お前は、どうしてエルフや獣人が害悪になると思うんだ?」
「何度も何度も、我らの国を襲ったではないですか! それを蛮族と言わずに、なんと言うのです!」
つばを飛ばしそうな勢いで語っている。まあ、感情としては分かる話だ。だが、それではダメだ。何の解決にもならない。
この兵士の苦しい気持ちに寄り添うことはできる。だが、蛮族という言葉は肯定できない。そもそも、人間だって同じ穴のムジナだ。結局のところ、他者から奪い犯すのは、どんな生物だろうと変わりはしない。
とはいえ、言葉を選ぶ必要はあるだろう。そうだな。どう言うべきか。
「なら逆に聞くが、人間は飢えていても他人を襲わないというのか?」
「それは……」
言葉に詰まった。言い負かしたい訳ではないが、まあ必要な処置だろう。とにかく、エルフや獣人というだけで全否定するのなら、俺はその感情を尊重できない。
もちろん、嫌いという気持ちなら分かる。近くにいてほしくないのだとしても。だとしても、存在そのものを否定するのは問題外だ。そうし続ける限り、人間も異種族も、どちらも損をするのだから。
「飢えさえ凌げれば、少なくとも穏健派のエルフは人間を襲わないだろう。その未来さえ奪うものがある。分かるか?」
「……」
相手は目をそらした。本当は、理解しているのだろうな。エルフを蛮族とののしり続ければ、結局は平和など訪れないと。なら、可能性は十分にある。
ここは、一度相手の気持ちに寄り添うべきだな。感情さえ吐き出せれば、理屈で納得できる部分も出てくるはずだ。
「俺だって、戦争なんかに行く羽目になったのは恨んでいるさ。エルフがもっと大人しければ、王宮でぬくぬくできていただろうに」
「なら、殿下……!」
エルフや獣人を根絶しろ、とでも言うのだろうか。単純に不可能なんだよな。エルフや獣人の人口と、俺達が出せる兵力を考えれば。
なら、どこかで妥協するしかないだろう。まあ、実際のところ、根絶には反対なのだが。嫌悪感はあるし、感情を抜きにしてもだ。敵を排除するという考えを前提に置けば、エルフや獣人の代わりに人種間の違いに変わるだけだろう。だから、無駄なんだよな。
「だからこそ、俺はぬくぬくできる時間を増やしたいんだ。そのためには、エルフを恨んでいる時間がもったいない」
「なら、この恨みはどうすれば良いというのです!」
吐き出すように感情を叩きつけられる。戦友を殺されたか、あるいは身内か。そんな気持ち自体は、否定できるものではない。だが、妥協点を探ってもらう必要はある。
そうだな。こういうのはどうだろうか。
「実際に平穏な民草を傷つける賊徒にでも、叩きつけたら良いんじゃないか?」
「言いましたな。なら、どれほどむごたらしく殺しても、邪魔はしないでいただきたい」
「本当に相手が黒なら、止めはしないさ。どの道、死んでもらうんだから」
現代の倫理で言うのならば、過剰な攻撃は避けるべきなのだろう。だが、この世界は現代ではない。なら、相応の対処が必要になってくる。
ちょうど良いところに八つ当たりの対象がいるのなら、ぶつけたくなるのが人情だ。それを利用する形で抑えるのが、無難な落とし所のはずだ。
「かしこまりました。楽しみですな、賊徒が現れるのが」
そう言い残して、兵士は去っていく。それからも、何人もの話を聞いた。なんとなく差別している者、本気で嫌いな者、恨みを捨てきれない者、いろいろといた。
だが、少しずつでも納得してもらえたと思う。この調子で、平和な未来に向けて進んでいきたいところだな。自分の手を見ながら、拳を握った。